第3話


 ――一花は、同級生に恋をしていた。

 名前は、門戸もんとゆき

 雪は他の男子たちに比べて男臭くなく、物静かで優しい子だった。

 女の人みたいに身体は華奢で、色白で、目元のほくろが色っぽくて。

 中性的で少し頼りなくすら見える雪のことを、一花は入学当初からきれいだな、と思っていた。


 そして、二年生のときに同じクラスになって、三年で席が隣同士になって、少しずつ会話をするようになった。

 雪の柔らかい話し方だとか、笑うと垂れる目元だとか、優雅な横顔だとか、知れば知るほどどんどん惹かれた。


 三年の梅雨前頃には、寝る前に毎日雪を思い出すようになった。

 明日はどんな話をしよう、と考えながら、毎日その明日を待った。


 目が合うと、どきどきした。

 雪と話をした日は、それだけで心が浮わついた。


 雪は、あまり男子と群れるタイプではなかったけれど、そんな彼にも仲のいい男子が一人だけいた。

 同じバスケ部の学生で、名前は青山あおやまあかね


 ふたりがただの友達ではないということに気付いたのは、梅雨が明けた七月のはじめ。

 文化祭のときだ。

 二日間に渡って行われた文化祭が幕を閉じ、これから後夜祭が始まるというところだった。

 学生も教師もみんな校庭や体育館に出払っていて、校舎内は閑散としていた。


 一花も体育館で同級生のバンドのライブを観劇していたのだが、日が落ちるにつれて少し肌寒さを感じ始めた。

 クラスティーシャツ一枚しか着ていなかった一花は、パーカーを取りに教室へ向かうことにした。


 西陽が差し込んだ教室には、雪と茜がいた。

 教室の中にふたりきり。

 音はない。

 一花はなぜだかその空気の中に飛び込むことができず、ドアの近くで息をひそめるようにしてふたりの様子をうかがった。


 ふと、校庭を眺めていた雪に、茜が近付いた。

 

『なぁ、雪』

 優しい声で、茜が雪を呼ぶ。

 自分が名前を呼ばれたわけでもないのに、一花はどきどきしていた。


 雪は目元をほんのりと赤く染めて、戸惑うように茜を見上げていた。茜も雪を見つめてどこか苦しげな顔をしていて、困惑しているようだった。


 ふたりは触れ合うこともなければ、なにかを話すこともなかった。

 ただお互い、自分の想いに戸惑っているように見えた。

 一花にとってその光景は、絶望だった。

 その日一花は、自分は失恋したのだと思った。

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