25.思惑を伺う

「このまま三人で森をさまよい、そして方角もわからない悪魔王の城を目指すか、それとも私の考えに乗って皆を助けるために魔界を出るか。どっちがいい?」


 話を聞く限りでは、悪くないように感じた。心残りがあるとするなら2人を置いていくという形になることだけだ。

 考えれば考えるほど魅力的な提案であるようにヒカリは感じた。サバイバルの知識と食料などを持っているプラジュや、三人をまとめ上げて旗振り役になってくれているフィルラーナに比べてヒカリは自分の貢献度が薄いと考えていた。アスモデウスの言う通り、このまま自分が一緒にいっても意味がないかもしれない。

 それなら魔界の外に出て今の状況を正確に伝え、そして救助を頼むというのは良策に思える。そもそも自分たちが魔界にいることすら、外の人はわかっていないのかもしれないのだから。


「それは、信用できるんですか?」

「悪魔は嘘をつけない。大いなる神がそう決めたからね。私だって例外じゃないよ。」


 そう言われて、更に考え込む。アスモデウスが言うことの全てが本当だったのなら、それは全く悪くない提案だ。何とも都合の良い提案である。

 ああ、。今までの異世界での生活はここまで都合よく物事が進む事なんてなかった。だからこそヒカリは違和感を感じた。


「……こんな事をして、アスモデウスさんに何の得があるんですか?」

「私はちょっとだけ気になるだけ。あなたがどんな選択をするか、ね。」


 趣味、遊戯、道楽。その可能性も確かにある。何百、何千年も生きる悪魔にとってそういう暇つぶしは必要だろうから。


「――さあ、決めて。あなたはどっちを選ぶの?」


 アスモデウスは決断を迫る。熟考させる時間を与える気はない。

 ただもうヒカリの答えは決まっていた。


「私は魔界から出ません。このまま2人と悪魔王の住まう地を目指します。」


 その返答にアスモデウスは顔色一つ変えない。


「……どうして?」

「私は、私が役に立たないとは思わないんです。他ならぬフィルラーナさんが私に期待してくれてますから。」


 初対面のアスモデウスを信用し切れないのもあるが、それは他の理由に比べれば大した事ではない。

 自分を信じられなくても、自分を信じてくれる人なら信じられる。いてもいなくても変わらないなんて、フィルラーナが言うはずがない。フィルラーナはヒカリをうまく活用できないほど愚かではない。


「それと、そもそも前提が違いますよ。この契約は破綻しています。」


 アスモデウスは首を傾げる。思い当たる節がなかったからだ。


「私が外に行って助けを求めなくても、助けは来ます。私が想像するよりずっと早く。」


 そうヒカリが言うと、アスモデウスは大きな声をあげて笑い始めた。


「あはははは! あーはっはっは!」

「……何がおかしいんですか?」

「いや、そんな真剣な顔で言うんだから面白くて……確かにそうね。助けが来るんだったら魔界を出る必要はなくなるわ。」


 笑い泣きするぐらいにアスモデウスは大笑いし、目に浮かぶ涙を指先で拭う。

 アスモデウスは一番ありえないような事をヒカリが大真面目に言うものだから笑ってしまったのだ。ヒカリはそれに気付いていないが。


「だけど、本当に理解している? そもそもあなた達が魔界にいることがあっちはわかっていないかもしれない。その上で魔界に行くのも手段が限られていて、本当に難しいことなのよ。」


 そう言われてもヒカリの心が揺れ動くことはない。ヒカリは心の底から仲間を信じていた。だから自分が余計な事をするよりも、アルスの代わりにヒカリを守る方が大事だと信じた。


「アスモデウスさんこそ先輩を舐めてますよ。アルスさんは史上最高の魔法使いなんですから。」

「ふーん……やっぱり勇者ってそういうものなのね。時代が変わってもそれだけは変わらないわ。」


 アスモデウスは灰皿に煙管の灰を落とし、立ち上がった。


「もし、私が他の2人に同じ質問をしていたとして、2人だけが魔界を出たとしたらどう思う?」

「別にどうとも思わないですよ。むしろ嬉しいぐらいです。私、1年以上ご飯を食べなくても死ななかったらしいので、1人でも大丈夫ですから。」


 ヒカリは冗談めかしてそう言った。

 これを本心で言っているのだから、アスモデウスは更に笑ってしまう。このような人は前にも会った事があった。その人物もまた勇者であったのだ。


「神があなたに『勇者』のスキルを与えた理由がわかったわ。あなたには勇者が似合ってる。どれだけ残酷な運命が待っていても、あなたはこの道を進むでしょう。」


 ぐらり、思考が揺れる。疲労困憊でベッドの上に寝転んだ時のように、心地よくヒカリの意識は薄れていく。


「ああ、そうだ。契約の話、嘘だから。私は厳密には悪魔じゃないから嘘がつけないってわけじゃないの。」


 何か衝撃的な事を言われている気がするが、その言葉を内容を理解する事はできない。それをアスモデウスも承知しているのか、構わず話し続ける。


「受け継がれる聖剣を持たない新しい勇者、それが気になっただけ。それとあなたの顔と性格も気に入ったわ。私の物にならないのは残念だけど、手に入らないこその良さがある。」


 既に瞼は重く閉じ、吸い込まれるようにヒカリの頭はテーブルに落ちる。それなのにヒカリはとても安心していた。


「この事は全て夢だと思って、忘れて。目が覚めたら森の外にいるはず。そこから手伝う事はできないけど、きっとあなたなら辿り着くわ。」


 でも、最後に言いたいことがあった。もう瞼は開かないけれど、口先で話すぐらいならできる。


「忘れない、ッスよ。アスモデウスさん、悪い人じゃない、みたい、ッスし……」


 ヒカリは机の上で眠りについた。アスモデウスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから穏やかに笑みを浮かべた。

 勇者とはこういうものだ。歴代の勇者全員は人を惹きつける何かがあった。ヒカリもそれを持っている。最も新しく、今までは違うがその意思を受け継いでいる。本人の自覚がなくとも、この世に支配神が君臨する前から存在するアスモデウスはよく知っている。


「それなら私も忘れない。あなたが地球に戻ったとしても、永遠に記憶に留めておくわ。だから今回はこれでお別れね。」


 ヒカリは魔力に包まれてその姿を消す。アスモデウスはまた椅子に座って、煙管を使って煙を吸った。

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