26.怪しげな二人

 ヴァルバーン連合王国とは、三つの国が所属する連盟のようなものだ。地図上では世界の最北端に位置し、強力な魔物が多く気温も年間を通して低い。建国の発端はその厳しい環境を協力して乗り越えようというものだ。

 そのため三国の間では関税がなかったり、出入りするのにパスポートが必要なかったりする。

 しかし忘れてはいけないのは、連合王国とは言うが三国にはそれぞれ国家元首が存在する。それぞれの国が独立して動く中で、協力の決め事があるというだけだ。


 その中でもヴァルトニアは過激派で有名だ。ヴァルバーン連合王国の中でも最も強大な軍隊を持ち、隙があればその軍隊によって利益を得ようとする。

 だからこそ、この暴挙を簡単に鎮める事はできない。強い国が悪を為しても、それを咎めることは簡単ではないのだ。世界はそう単純ではないから。


「グレゼリオンは最低限の支援だけ、ですか。」


 新聞を読みながらティルーナはオルゼイの地を進む。

 グレゼリオン王国からオルゼイ国までは船が最短経路となる。魔術によって高速化された船であれば、一日ぐらい乗っているとオルゼイに到着できる。金はかかるし揺れは凄いし部屋は狭いし沈む可能性もあるしで、決して楽とは言えないが到着だけは早い。

 到着した港町で馬を借りて新聞を買い、王都へとティルーナは向かっていた。オルゼイはそう大きな国ではない。一日もかければ王都にはつくだろう。


 新聞には自国と他国の状況が事細かに書かれていた。宣戦布告をされたからこそか、その新聞には力が入っており、それがティルーナにとっては助かった。

 グレゼリオン王国は後方支援の部隊を派遣し、食料や武器などの物資を送る事を決定した。逆に言えば、それ以上の事を直ぐに行う事はできない。

 また、オルゼイ王は協力者を募集している。義勇兵でも何でも、とにかく王都に来てくれという風に新聞には書いてあった。だからこそティルーナは王都を目指している。


『幸運だな、まだ戦争は始まっていない。』


 影の中から悪魔の声が響く。


「そうですね。降伏してくれるかもしれない、という期待があったのでしょう。」

『しかし、そうはならなかった。』

「ええ。この程度で降伏するのなら前の内乱で降伏していたでしょう。最近、魔法部隊を結成してかなり兵を強化していますし、迎え撃つのは間違いありません。」


 だからこそ、ティルーナは大急ぎで来た。戦争がほぼ確実なら死傷者が出る前に行くべきだ。遅れた治療はその分だけ後遺症を生む可能性が増える。そもそも直ぐに死んでしまう可能性もあるのだ。


『……主人、やはり皇帝にならないか? 主人にはその素質がある。』

「いえ、結構です。」

『やはりそうか、残念だ。』


 一人旅の話し相手としては悪くないサブナックだが、こうやって時折皇帝にさせようとしてくるのが欠点である。


 道を進めば人と会うこともある。ティルーナが見る人達のほとんどは大荷物を持って、ティルーナの向かう方の逆へ進んでいた。つまりは最も戦地から遠い最南端だ。

 ここですらこの調子だ。きっと最前線ではもっと大きな移動が起こっているだろう。最前線の街などもう人はいないのではないだろうか。


「オルゼイはこれから、という時期だったのに。この戦争を乗り切れてもきっと――」


 その先の言葉は口にできなかった。

 戦争は残酷だ。仕掛た方も仕掛けられた方も、必ず元の状態には戻れない。それが誰にとっても望まない結末になったとしても、誰もそれを救ってはくれない。

 それでも人は戦争を繰り返してしまう。それは一体、どうしてなのだろうか。






 王都に着く頃には日は傾きかけていた。借りた馬を返して、ティルーナは王城に向かっていた。そこで審査と具体的な仕事の振り分けをしてくれるらしい。

 この準備の良さを見るに、きっとオルゼイ王はこうなる事を予測していたのだろう。


「これは……かなり待たされそうですね。」


 城門の前にはかなりの人集りがあった。それぞれの思惑はあれど、全ての人が戦争の為にここに集まっていた。向こう側で騎士が案内しているのが見えるが、人の進む速度から察するに数時間は並ぶ必要がありそうだ。


『私が出て、歩くだけで道は開くぞ。そうすれば待つ必要もない。』

「もう戦争が始まっているならその選択肢もありますけど、そうではないなら目立つだけです。ゆっくり並んで待ちましょう。」


 サブナックは不満げだが、ティルーナはそれを無視する。ティルーナはオルゼイの王に会ったことがない。いきなり目立つ事をして悪印象を植え付けるのを恐れた。


『……主人、右の方を見ろ。』

「何ですか、さっきからうるさいですよ。」

『そこの路地に女と、それを追いかける男が入っていったぞ。見過ごしていいのか?』


 ティルーナの影の形が変わり、それが家の間にある細い路地裏の方角を示す。目の前の人集りを見て、それから路地裏の方を見てティルーナは溜息を吐いた。

 サブナックは楽しげで、もしかしたら嘘をつかれているかもしれない。ただ本当の可能性もある。どうせここに並んでいても時間がかかる。ちょっと確認してきて、違うなら戻って来るぐらいの余裕はある。


「嘘だったら怒りますからね。」

『私は主人に嘘はつかない。』


 ティルーナが路地裏まで辿り着くと、確かにその路地裏を駆ける2つの人影があった。

 奥の行き止まりで男が少女が追い詰めている。ティルーナは走る足を早める。まだ16歳程度の女の子に30近い男が迫っているのに犯罪性を感じない者はいない。

 走っていくとティルーナは直ぐにそこまで辿り着いた。どうやら何かを言い合っているようである事を、ここまで来てやっと理解した。


「――ですので、今離れられるのは困るのです!」

「うるっせえな! 今日だけって言ってるのが聞こえねえのか!?」


 前者が男、後者が女の子の言葉だ。ティルーナにはその構図に違和感を感じながらも、その言い争いを止めるために前へ出る。


「失礼、何か揉め事ですか?」


 そうティルーナが尋ねると2人は言い争いを止める。そこで女の子の方がニヤリと笑い、男の隣を通ってティルーナの後ろに回る。男は困ったように頬をかいた。


「ああ、いえ、少し誤解があります。これは、なんというかですね……」

「追われてるんだ、助けてくれ!」


 言葉に詰まる男の声を遮るように、大きな声で女の子は言う。ティルーナが少し警戒度をあげて男の方を見ると、それが分かったのか男は慌て始めた。


「本当に誤解です! 今は私服ですが私は――」


 言い訳をすればするほど怪しく見える。だからティルーナは一度、わかりやすい手段に頼ることにした。

 師匠デメテル直伝、肉体言語である。

 武芸百般を使いこなすグローリー流はあらゆる物を武器として活用する。その中でもティルーナが好むのは棒術だ。懐にある直径2センチ、長さは20センチ程の棒を取り出す。それは軽く魔力を流すだけで1メートル以上に伸びた。


「危ないっ!」


 鋭く放たれた突きを男は間一髪でかわす。どうやら武術の心得があることはこれだけでわかった。ティルーナは続け様に棒を男へと振り下ろす。

 対して男は腰にぶら下げる剣を抜き、またもや間一髪でそれを防いだ。


「ありがと! そいつ、悪い奴じゃないからやり過ぎないようにしてくれよ!」


 ティルーナはそう言って逃げ出そうとする女の子の後ろ襟を掴む。首がしまってグエ、と汚い声が鳴る。

 何故掴まれたのか理解できないのか女の子は恨めしそうな顔をして振り向く。


「何すんだよ!」

「私は仲裁に来たんです。双方の意見を聞かずに仲裁はできません。まず名前を教えてください。」


 女の子は露骨に嫌そうな顔をして、それから口を開いた。


「……私はテルム、そっちはヴァダーだ。」


 悪事がバレた子供のように落ち込み、服が汚れることを構わずテルムは地べたに座り込んだ。

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