15.悪魔召喚

 勿論、悪魔の召喚にリラーティナの屋敷は使えない。危ないし魔力が出て目立つし、魔法陣を床に書いたら怒られるどころじゃない。

 だから悪魔の召喚は目立たない辺境の地で行う必要があった。そういうわけで都合の良い場所を探さなくちゃいけなかったわけだが、そう簡単にそんな場所は見つからない。

 ノストラにも聞いてみたのだが、リラーティナ家にそんな余裕のある土地はないとの事だ。都市開発が進み過ぎたが故の弊害である。


 そこで頼る事にしたのがティルーナの実家、つまりアラヴティナ子爵家である。

 アラヴティナ領の辺境部には今は使われていない倉庫があり、そこを使わせてもらえる事になった。自分の領地で悪魔が召喚されるというのに、快くアラヴティナ子爵は了承してくれた。


「ここが倉庫だ。壊しても構わないし、自由に使ってくれ。」


 アラヴティナ子爵は倉庫の扉を開けながらそう言った。ディーベル・フォン・アラヴティナ、ティルーナの実の母親でありアラヴティナ家現当主でもある。


「ありがとうございます、お母様。」

「感謝はいらないよ。可愛い一人娘の頼みだ、断るはずがない。」


 ディーベルは高らかに笑う。長髪で背が高く、口調は貴族にしては荒々しい。どれもティルーナとは対極的な要素だ。初めて会った時、反射的に本当にティルーナの母親かと疑うぐらいには。

 しかしそんな疑問も最初だけで、この倉庫につく頃にはそう思わなくなった。右目だけ少し髪で隠すのは同じで、何より人柄が似ていた。

 多分、家族というものはそういうものなんだろう。一見似ているように見えなくても、どこかに共通点や似通った部分が見えてくるような。


「私は仕事で忙しいから先に帰らせてもらう。あと、召喚が失敗しようが成功しようが、ティルーナは後で家に来るように。」

「どうしてですか?」

「お前が旅に行ってしまうから、アラヴティナ家は私で最後だ。それ自体はどうでもいいが、伝えなきゃいけない事が色々ある。次、いつ会えるかも分からないんだろう?」


 ティルーナはばつが悪そうだった。俺達の前では口にしていなかったが、きっと負い目はあったのだろう。貴族としての責任を放り出す、という見方もできるのだから。

 法律的には問題はないし、昔と違って貴族をやめるハードルも低い。ただあまり良い印象を持たれないのは確かである。


「……わかりました。」

「それなら良し、十分に気をつけてくれよ。冠位様がいるなら問題ないだろうけどな。」


 そう言ってディーベルは倉庫から出て行った。行きに使った馬車に乗って、自分の屋敷に帰るのだろう。


「それじゃあ、早速準備するか。」


 時間に余裕があるわけではない。俺達は早速、悪魔召喚の準備に取り掛かった。






 魔法陣は白いチョークだったり、地面を掘ったり、そのまま魔力で書いたりと色々な作り方がある。しかし最終的な工程は同じだ。魔法陣の形になるように魔力を動かし、十分な魔力で満たすというだけ。

 地面に書いたりするのはそれをガイドとして魔力を流すためだ。ミスを減らせるし、何度も魔法陣を作る手間も省ける。要は設計図のようなものだ。

 むしろそれを介さずに異常な量の魔法陣を正確に形成できるハデスがおかしいのだが、まあ、これは置いておこう。


 悪魔の召喚にミスはできない。変なのが出てくるかもしれないし。だから俺は極力安全な魔法陣を選んだ。

 まず適当にインクやら何やらを使って下書きをする。その後に形に沿って地面を削る。そして金貨5枚ぐらいした特別な液体をさっき掘った溝に流し込んでいく。液体は放っておくと固まり、これで魔法陣は完成だ。

 これはミスリルという物質だ。魔力伝導率が高いから綺麗に魔力を流しやすく、瞬時に魔法陣を起動できるという利点がある。

 ミスリル魔法陣は最も安全な魔法陣と呼ばれており、大掛かりで何度も使用するような魔法陣によく採用されている。その分高いがそれは仕方ない事だ。


「――それじゃあ、始めるか。」


 約1時間で準備は整った。後は悪魔を呼び出すだけだ。

 魔法陣の中心に魔石、霊草、そして草餅みたいなものが置いてある。見た目は草餅みたいだが、味は全然違うものだ。流石に地べたに置けないから、お菓子だけ皿の上にある。


「あれ、本当に大丈夫なの?」


 ガレウはそのお菓子を指差してそう言った。


「いや、でも、流石に悪魔でも落ちたお菓子は食いたくないんじゃないか?」

「え、あれって悪魔が食べるの?」


 そうなんじゃない、のか? ずっとそう思っていたんだけど、確かによくよく考えたら悪魔はお菓子なんか食わないような……


「どっちでもいいです、そんな事。ちょっと余計な物があったから悪魔が呼び出せなかった、なんて聞いた事ないですよ。早く召喚しましょう。」


 まあ、ティルーナの言う通りだ。俺は地面に片膝をついて魔法陣に手のひらをつける。

 悪魔召喚は莫大な魔力を必要とする。普通なら魔法使いが10人ぐらい集まってやるのが安定するんだけど、俺なら一人でも問題ない。

 魔力が直ぐに魔法陣を満たしていく。付近の魔力濃度が高まり、大気は青い光の玉が飛び回り始めた。


「――来るぞ、もう少しだ。」


 想像するよりも遥かに簡単に、悪魔を呼び出せそうだった。それこそ一回やめておこうか、と一瞬思うぐらいには。

 魔力が入れ終わる頃、急に腕を掴まれたような感覚がした。何だと思って自分の腕を見ても当然そこには何もない。魔力が持って行かれているのに気付いたのはほんの少し後になる。


「……アルスさん、どうかしましたか?」

「ちょっとヤバい。向こう側から魔力を引っ張り出されてる。魔法陣越しに俺に干渉して来てやがるんだ!」


 どんな化け物だ。転移魔法陣越しに干渉して来るなんて師匠ぐらいしか聞いた事がない。これは、ただの七十二柱じゃない。俺が聞いていた七十二柱はここまでの事はできない。きっとその中でも更に上位の悪魔に違いない。


「召喚を中止した方がいいかい!? 今なら魔法陣を削れば取り消せなくはないけど!」

「いや駄目だ! この魔力量の魔法陣を無理矢理壊せば爆発しかねない!」


 ああ、こうなるんだったら非常停止できるような構造で作るんだった! 魔法には成功したのに命が危ないだなんて思いもしなかった!


「それよりも備えろ! もう悪魔がやって来る!」


 青い光は更に力を増して、この倉庫の中を覆い尽くす。もう魔力が取られていく感覚はなかったが、想像より何割増しか多く魔力を持って行かれた。召喚が無事にとは言えないが終わった証拠である。

 俺は薄く光る青の中を見た。魔法陣の上には青い全身鎧に身を覆った悪魔がいた。しかしその鎧を身につけるものが華奢であるためか、少し不恰好なように俺は感じた。細く重い足は魔法陣の上に置いてある魔石やお菓子をまたぎ、一歩一歩ティルーナの下へと足を進める。

 しかし魔法陣の中心部から出ようとしたところで、その体は結界に阻まれる。悪魔召喚と悪魔封印は基本的にセットだ。契約が上手く行かなそうなら閉じ込めて帰ってもらう必要があるからな。


「――ようやく、か。」


 ハッキリと人の言葉を悪魔は話した。


「七十二柱の悪魔、序列第43位『悪魔騎士』サブナック。ただ今、参上した。」


 低く、それでいてどこか魅力を感じるような声が倉庫の中に響き渡る。悪魔はその場に片膝を立てて跪き、その視線をティルーナの方に向けた。


「この命は再び、我が主人あるじのものに。」


 倉庫の中に沈黙が響く。俺とガレウは何も言わずにティルーナへ視線を向けた。しかし当人も困惑しているようであり、当然ながらこの悪魔と知り合いという様子でもない。


「……え?」


 ティルーナはそんな、困惑の声を一つ漏らすのが限界だった。

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