14.条件は三つ

 ガレウを屋敷にいれる許可をもらい、屋敷の一室に三人で集まっていた。無論、魔界に行けるかもしれない、という話を聞くためにだ。


「結論から言うと、最適なのは悪魔に連れて行ってもらう、だ。」


 ガレウの口から出たのは、誰もが最初に頭に思い浮かんで否定した選択肢だった。


「魔界へ行った人は歴史上でもかなり少ない。その行き方は二種類だけだ。一つ目はスキルを使う、二つ目は悪魔に協力してもらう。前者が不可能だから残るのは後者だけになるってこと。」


 その論理は理解できる。スキルというのは得られる原理も何も分かっていない神様からの贈り物だ。それなら悪魔と交渉する方が現実的なのは間違いない。

 問題なのは、比較的に簡単なだけで悪魔と協力する方も困難であるという点だ。


「無茶じゃないか?」

「分かってる。その上で現状これが一番のはずだ。手段を選んでいる時間もないし。」


 俺の質問にガレウはそう答えた。確かにそうだ。あるかも分からない別の手段を探す方が時間の無駄だろう。


「……じゃあガレウの言うできるかもっていうのは、安全に悪魔を呼び出す準備があるって事か?」

「そうだね。試した事はないし一か八かだけど。」


 悪魔を呼び出す方法はいくつか存在する。しかしどの悪魔もそれぞれ指定している条件があり、その条件を満たしている悪魔の中でランダムに呼び出されるというルールがあるのだ。だから必死に準備を整えても、条件を一つも満たしていないなら悪魔は来ない可能性がある。

 呼び出せたとしても、その悪魔を縛り付ける方法がないのなら召喚者は殺される可能性が高い。悪魔が召喚に応じるのは基本的に魂を求めるからだ。労せずそれが手に入るのなら、わざわざ契約を結ぶ必要もない。


「かつて四代目勇者に手を貸したと言われる悪魔、その召喚条件を僕は見つけた。名前は分からないんだけど恐らく七十二柱の一つだろうね。」


 普通、その悪魔を如何に制御し操るかを考えるわけだが、ガレウは逆の発想をしたらしい。かつて英雄に手を貸したと言われる悪魔ならば、人に友好的であるはずというのがガレウの主張だ。

 理には適っている。少なくともランダムに選ぶよりかは安全性が高いと言えるだろう。


「だけど問題もある。別の条件も偶然満たしていたら他の悪魔が来るかもしれないし、狙った悪魔を呼び出しても簡単に協力してくれるのかも分からない。だから絶対に行けるとは限らないよ。」

「それでも問題ありません。こっちにはアルスさんがいますから。」


 流石に七十二柱と戦えと言われれば自信がないけどな。ティルーナは俺のどこを見て大丈夫だと判断しているのだろう。


「それで、その条件とは何ですか?」

「えーと……魔力を含んだ霊草、厄災級の魔物の魔石、そして美味しいお菓子を用意すればいいらしい。」

「ちょっと待て、最後何かおかしかったぞ。」


 悪魔を呼び出すアイテムがお菓子なのは変じゃないか? なんか途端に嘘くさく感じてきたんだが。


「いや、だってそう書いてあるんだもん。高名なドワーフから写本を譲ってもらったんだから間違いないはずだ。」


 そう言いながら腰にぶら下げてある袋から本を取り出して机の上に置く。そして本を開き、ページのとある部分を指さした。そこには確かに、洋菓子が必要と書いてある。

 ディーテもそうだったし、魔力生命体は甘味に飢えているのだろうか。いや、きっと偶然だろう。流石にそんなわけがない。


「……魔石は研究に使った余りがあるけど、他はないぞ。」


 特にお菓子は知らん。適当に街で買ってくればいいのだろうか。


「私が霊草を持っています。フィルラーナ様のためなら出し惜しみしません。」

「じゃあ後は美味しいお菓子か。一応、良い物を探してみる?」


 そうだな。これがもし失敗すると、最悪魔物を狩るところから始めなくちゃいけない。時間に余裕がないからそれは避けたいところだ。

 となると、リラーティナ領のお菓子に詳しい人を探す必要があるわけだ。またオリュンポスに行ってもいいんだが、そうなると明日以降になってしまうな。

 それなら屋敷の人に頼んだ方がいいかもしれない。


「今からノストラに頼んで探してもらおう。リラーティナ公爵は王都へ報告に行っているからいないし。」


 二人は頷く。俺は了承を得て、現在領主代理として仕事をしているノストラの下へと向かった。






「お前、ふざけているのか。平民の小僧を連れてきて何をするかと思えば、菓子を探せだと。そんな条件で呼び出せる悪魔などいるものか。」


 書類をさばきながらノストラは冷たい視線を俺に向ける。


「いやそれは俺も思うけど、実際にそう書いてあるんだから仕方ない。」

「その本は間違いなく正しいのか? 暇なわけではないのだ、無駄な事に時間はかけられん。」

「可能性があるならやるべきだ。あり得ない事をやるわけじゃない。」


 ノストラは舌打ちをして、わかったと、そう言った。


「リラーティナ家がよく使う菓子屋がある。俺が手紙を書いて取りに行かせよう。それで構わんか?」

「ああ、助かる。」

「しくじるなよ。菓子を取りに行く使用人も別の仕事があるのだからな。分かったら出て行け、俺は忙しい。」


 承諾してもらえたので、俺はそそくさと部屋を後にする。

 ノストラは言い方や顔つきで怖く感じるが、本質的には良い人だ。きっと最初に少し渋ったのも、他の人に迷惑をかける事を嫌がったからだろう。

 それでも素早く決断する辺りはお嬢様とよく似ている。リラーティナ家は天才肌、というのは間違いないな。


 俺もその苦労に見合うだけの活躍をしなくちゃいけない。魔界に行くのは俺一人だけだし、流石に無策で行くのは危険だ。

 今日の内に魔界に行く準備をしなくちゃな。

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