13.手がかり

「アルスさん、何か分かりましたか?」

「……いや、何も。」


 夜、俺とティルーナはお嬢様がいなくなった場所に足を運んでいた。もしかしたら何か痕跡があるかもしれないからだ。

 しかし日数が経っていたのもあって、魔力的な痕跡はほとんどなくなっていた。ここで大きな魔法が使われたんだな、という程度しか俺には分からない。


「先程は申し訳ありませんでした。ついカッとなってしまって。」


 少し気まずそうにティルーナはそう言った。恐らくリラーティナ公爵の書斎での話し合いの事について言っているのだろう。


「あれは俺も悪い。言ってることは正しかった。公爵が止めたのは生産的な会話じゃなかったからであって、ティルーナの言うことが間違っていたからじゃない。」

「それでもです。人に完璧を求めてはいけません。フィルラーナ様だってミスをするのですから、アルスさんだってミスはあります。」


 ……そうか? お嬢様がミスをするなんて想像つかない。今回のも計画の内と言われた方が納得するし、そうであってほしいぐらいだ。

 お嬢様は秘密主義だから、どこからどこまで考えているのかは誰も分からない。教えてくれと言っても適当にはぐらかされて終わるだけだ。

 きっとお嬢様の事だから深い理由があるのだろう。そりゃあ教えてもらえるなら教えてほしいが、こればかり仕方ない。


「それに、今回ばかりは相手が悪かったと言う他ないでしょうし。」


 それは同感だ。その場にいた騎士の話が本当なら、その敵が放った銃弾はヒカリの障壁をすり抜けたらしい。

 アレは聖剣による万能の障壁だ。魔力消費はなく体力が持続する限り永続し、害あるものを遮断して害なきものを通過させる。単に壁を作るだけの魔法の結界とは次元が違う。

 それをどういうわけか無効にしたわけだから、その悪魔がどれだけ異様なのかは論ずるまでもない。むしろ殺されなかっただけ幸運と思うしかないだろう。


「この街にオリュンポスがいる事が幸運でしたね。だから時間をかけられなかったのでしょう。」

「だろうな。ヘルメスがいなかったのは残念だが。」


 一応、ここに来る前にオリュンポスのクランハウスに寄っていた。しかしいるのはアテナさんとヘスティアさんだけで、それ以外はいなかった。

 ヘルメスなら魔界の行き方を知ってそうだと思ったんだが、今は遠出していて当分は帰ってこないそうだ。


「……最悪、一度賢者の塔に戻って調べる事まで視野に入れないとな。」

「そうですね。悪魔に関する本は一般には出回っていませんし。」


 魔界に行くのは早ければ早いほどいい。それこそ、お嬢様を襲った悪魔が向こうで追撃をしてくる可能性は大いにある。悪魔は無事を保証したらしいが、それを信じ切るのはあまりに楽観的だろう。


「ねえ、何をしてるの?」


 路上で話し合う俺たちの後ろから突然声がした。俺もティルーナもびっくりして思わずそこを飛び退いた。

 そこにいたのはローブを羽織ってフードを目深に被った、俺より少し背の低い人だった。声は少し高く男か女か直ぐに判断できない。


「……ああ、そうだ。魔力遮断の魔道具をつけたままだったね。」


 そいつが指輪を外すと、さっきまでなかった存在感がそこに現れる。その魔力は俺のよく知っているもので、俺は直ぐに警戒態勢を解いた。


「久しぶりだね、アルス、ティルーナ。大体5年ぶりぐらいかな?」


 フードを脱ぐと、灰色の髪とその中性的な顔が現れる。何年経っても変わらないその顔立ちは、共に学園に通ったガレウ・クローバーに違いになかった。


「ガレウじゃないか、帰ってきてたのか!」

「へへ、ついさっきだけどね。」


 確か最後に会ったのは俺が賢神になった時か。そう考えると本当に久しぶりだ。今の状況は良いとは言えないが、それでも友人と再会できたのは嬉しい。

 フランは噂で話を聞いたりするが、ガレウは本当に何をやっているか知らなかった。携帯電話なんてないから連絡も取りづらいしな。だから、こうやって元気な姿を見れたのは喜ぶべき事である。


「お久しぶりです、ガレウさん。」

「ティルーナも久しぶり。デメテルと旅をしているって聞いてたけど、もうそれは終わったのかい?」

「ええ、取り敢えず免許皆伝ということで。それでここに戻ってきたのですが……」


 そこでティルーナは言い淀む。どこから説明したものか、と悩んでいるのだろう。


「うん? どうかしたの?」


 ティルーナは一度俺を見た後、ガレウに説明をし始めた。この数日の間に何があったのか、今どういう状況なのかを。






 一通り話し終えると、ガレウは俺たちと同じように悩み始めた。

 この一件には謎が多い。本当にお嬢様は魔界にいるのか、お嬢様を襲った悪魔の正体は何か、誰がこれを計画したのか。答えの出ない疑問が頭の上をグルグルと回っている。


「……なるほど。まさか、フィルラーナがそんな事になるなんてね。」


 ガレウはそう言った。驚く気持ちは大いに分かる。俺だってそうだったし。


「最近の出来事を色々と話したかったんだけど、そんな時間はなさそうだね。」

「ああ、悪いな。」

「いやいや、アルスのせいじゃないだろ。謝る必要はないよ。」


 俺だって話したい事は山程ある。ただそれは後でもできるし、今は直近の問題に目を向けなくてはならない。

 それこそ、解決策が見つからなければ明日にも賢者の塔に向かう可能性もある。


「それに、魔界に行く方法を知りたいんだろ? それなら僕も手助けできるかもしれない。」


 その言葉は正に寝耳に水だった。俺は思わずガレウの両肩を掴んで問い詰めるように口を開く。


「本当か!? 知ってるのか!?」

「落ち着いて。かも、っていう話だ。最近、色々あって悪魔について調べていたから、それが役立つかもっていうだけだよ。」


 それでも十分だ。今はとにかく多くの情報がある事が重要なのだ。


「取り敢えず、場所を移しましょう。それからじっくり聞かせてください。」


 ティルーナは一見落ち着いているように見えたが、手元を見ると強く手を握りしめていた。今直ぐに聞き出したいのを我慢しているのだろう。

 きっと俺に強く言ったのを反省しているのだろう。それなら俺も焦るわけにはいかない。ガレウの肩から俺は手を離す。


「当分はリラーティナ公爵が部屋を貸してくれるそうです。ですので、取り敢えずはリラーティナの屋敷に向かいましょうか。」


 俺たちはガレウを連れて、ここを後にしてリラーティナの屋敷へ急いだ。

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