40.賢き神なれど
「賢者の塔の12階から18階にかけて大穴が開いて、第2魔力炉が一時停止中で復旧時刻は未定。」
坦々と被害を読み上げるヴィリデニアの声が響く。円卓の周りには十の席があるが、埋まっているのは半分だけだった。普通、この人数で賢神議会は開かれない。それでも開かれたのは緊急性が高い為である。
「7階から52階にまで魔物が侵入、損傷は重大。死者数は確認が取れただけで3人、負傷者数は数え切れないから不明。現在は魔物の駆除が終了し、その死体の処理を実行中。そして――」
こんな事は賢者の塔が創設されてから初めての事だ。
ただ、この程度ならまだ良かった。怪我人は多いし、賢者の塔もボロボロだが再現する事はできる。最大の問題はこの程度で済まなかったこと。
「――術式科のハデスが裏切り、化学科のレイ・アルカッセルが封印状態。属性科のオーディン・ウァクラートは瀕死の重症を負う。」
ヴィリデニアは以上、と言って言葉を締め括る。それに対して言葉を発する者はいない。
今回の一件が始まってからおよそ5時間が経過した。取り敢えずは落ち着きを見せたが、まだ状況を飲み込むには十分な時間が経っていない。それぞれが自分の事に手一杯で、それは冠位だって変わりないのだ。
「……アローニアちゃんはどうなの。何か分かった事はあった?」
「はぁ……そうだね。確かに知っている事はある。私はそれを伝える為だけに、わざわざここまでやって来たんだ。」
アローニアは話したくなさそうに言った。
貴重な死刑囚を皆殺しにしたのはつい先刻、壊れた機械の数も大量だ。補充の目処も立たないし、優秀な労働力であるイーグルは治療を受けている最中である。
本人は無傷であっても憂鬱になるのには十分な要素が揃っていた。それでもここに足を伸ばしたのは、彼女であっても見過ごせない情報があったからだ。
「あの魔物どもはデルタ大陸の方角からやって来た。デルタ大陸に敵の拠点があるのはまず間違いない。本当に魔王が生まれたんだったら、そこに拠点があってむしろ当然だ。」
デルタ大陸、それは人が住むのを諦めた大陸だ。
北の果てにあるその地は通常の百倍の魔力濃度を有しており、魔力による異常現象が絶えず起こり続ける地である。当然、その地に適応した魔物はより強力な能力を手に入れる。人が足を踏み入れるなら、厳しい環境と強力な魔物を同時に相手しなくてはならない。
故にこの世の誰も権利を主張できない地、永遠の未開の地とデルタ大陸は呼ばれるようになった。そしてデルタ大陸とは、最も多くの魔王が生まれた地でもある。
「賢者の塔に穴をあけた犯人は
「……それなら納得だわ。あのデカブツ、デルタ大陸から出たのね。」
はあ、とヴィリデニアは大きな溜息を吐いた。
「敵をデルタ大陸にいる魔王軍と仮定するなら、目的も透けて見える。賢者の塔を狙ったのは最も近かったからだ。賢者の塔だけを狙ったのも、戦力を落とすことが最優先だったからだろう。」
アルドールの言葉にヴィリデニアは頷く。まず間違いなく、二度目の侵攻が来る。それがいつかは分からないが、賢者の塔はそれに備えなくてはならない。
「それに加えて名も無き組織が協力している様子もあった。そちら側の警戒もすべきだろう。」
「そうは言うけどねアルドールちゃん、レイさんもいなくなったのにそれは無茶よ。そもそも戦力が足りないわ。」
「グレゼリオン王国に協力してもらうように私が頼んでおく。魔王軍であれば、もはやロギアだけの問題ではない。」
確かに、グレゼリオンの協力があれば安全性は上がるだろう。特に王国最強の騎士であるオルグラーの協力があるならば、むしろ返り討ちにだってできるだろう。
しかし、その考えはあまりにも楽観的だ。つい先日にグレゼリオンは国内の王選で大事件が起きた後である。国内の騎士を他国に回す余裕があるとは思えない。
アルドールもそれが分かっているはずである。分かった上で、これしかないと判断して言っていた。
「いや、その必要もない。解決策ならある。」
アローニアは立ち上がりながらそう言った。
「ハーヴァーンと私がやれば数日で完成する。キミたちは賢者の塔の建て直しだけを考えていればいい。」
「……聞いていないが、アローニア。」
「キミに断る理由はないだろ。私という天才に協力できるんだ、むしろ光栄に思い給え。」
この場を去っていくアローニアの背中を見て、ハーヴァーンは舌打ちをした。承諾を取らずに仕事を入れられたのもそうだが、この場で詳細を説明していかない事もハーヴァーンは気に入らなかった。
席に残るのは四人。そこで今まで口を閉じていたミステアが口を開く。
「修復作業には全面的に協力しよう。ただ、私はあくまで冠位代理だ。主導するのは別の者に頼みたい。」
ヴィリデニアは視線をアルドールとハーヴァーンへ向ける。
「私は数日で帰る。仮にも公爵家の一員が他国に長居はできない。」
「さっきアローニアが言った通り、仕事ができた。非常に不愉快ではあるが、俺はできん。」
三人ができないと言うなら、この場に残るのは一人だけ。いつも通り、面倒ごとはヴィリデニアへとやって来た。
「……分かったわ。それじゃあ私が修復作業の指揮をやればいいんでしょう。各自、いるだけの人員を15階層に集めて頂戴。来ないなら賢神の称号を剥奪する、とまで言っていいわ。」
これからやる仕事の量を想像するだけでヴィリデニアは眩暈がした。
まず異常を点検して、材料費を見積もって予算を出して、そこから業者へと交渉して予定を立てる。ちょっと考えただけでこの量だ。実際にはもっと細かい仕事も含めれば倍以上になるだろう。
「せめて、オーディンちゃんが無事だったらね。」
思わずそんな弱音をヴィリデニアはこぼす。オーディンが万全ならば戦力的にも不足はなかったし、賢者の塔の指揮もこなしてくれたはずだ。
やはり、失ったものは大きかった。今になってそれがヴィリデニアの心をつつく。
「本当に、その通りだ。今日ほど自分を恨んだ時はない。」
「しょうがない事よ。こんな事になるなんて、誰も予想できなかったわ。」
アルドールとヴィリデニアはオーディンと関わりが深かった。悔やむ思いは人一倍だ。
――議会は幕を下ろす。
魔法使いは不可能を可能とするもの。しかし、その頂点に立つ冠位ですら万能ではない。負った傷を癒すには代償と時間がかかり、完全に失った物は取り戻せない。
レイ・アルカッセルは長い眠りに落ち、オーディン・ウァクラートは心臓を壊された事によって
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