54.王子は誇りを胸へ
スカイに比べて、アースは国民からの人気は低い。国民の生活に直結するような活動はしていないし、どんな人柄であるかもハッキリしていない。
国民の第一王子に抱くイメージと言えば、やはり数年前に起きた冤罪による裁判である。だからこそ彼に対する印象は非常に複雑な状態で留まっているのが現状である。
未だに無能王子のイメージを引きずる者もいれば、無関心の者、新たな王として期待する人もいる。その点においても民衆でのイメージが固まっているスカイとは対照的だった。
お立ち台の上にアースは立ち、広場に集まる民衆を眺める。マイクを手にしながら、アースは深く、深く息を吐いた。
「――俺は、王となる。」
第一声は誰も予想していなかった一言から始まった。
名を名乗る事もなく、余計な言葉を一切挟むことなく最初にそう言った。今までのような行儀の良い演説とはまったく違うものだ。
「これは決まり切った事だ。全てが始まった七年前から既に、俺にとっての王選は終わっていた。」
民衆が理解をする時間を待たずに、次の言葉を紡ぐ。
「……ペンドラゴン領へ行った事はあるか?」
王選二日目にアース達一行が訪れた領地だ。王都から近い事もあって、きっと民衆の中でも行った事がある人も多いだろう。
「自分の領地の騎士と酒を飲むような変人貴族が運営する領地だ。あの領地は別に特段良いものがあるわけじゃないし、広いわけでもないが、どこよりも安心できる領地だ。ペンドラゴン領には他のどの領地にもない人の温かさがある。」
アースは思い出していた。この七日間の、短いようで長い旅を。
「ヴェルザードには色んな人が集まる。あそこは王国の玄関と言ってもいい。あらゆる人種が集まり、そして誰もがキュアノス湖と大聖堂を見て心を奪われる。」
三日目はヴェルザード、四日目はファルクラム、五日目はリラーティナ、六日目はアグラードル。それぞれ一日しか滞在できなかったのが勿体なく感じるほどの良い都市だ。
「世界最大の時計塔がファルクラムにはある。学生の頃に何度も聞いたからこそ、その鐘の音は今でもハッキリと覚えてる。昔は何とも思わなかったが、離れた今だからこそ恋しく感じるものがある。」
名も無き組織の襲撃によって本来の予定とは違うものになったし、楽しい思い出だけが残ったわけじゃない。苦しい思い出だって沢山ある。
それでも、全ての街が等しく美しかったという事には変わりない。
「リラーティナと言えば、冒険都市にして産業都市だ。世界でも有数の冒険者と、ドワーフに勝るとも劣らない腕利きの職人が揃っている。これを誇れずしてどうして王国民を名乗れる。アグラードルからは優秀な騎士がよく輩出される。王国の屈強さを証明する王国騎士の強さは、アグラードル領によるものに違いない。」
王国を誇る言葉なんてあげればキリがない。アースはこのまま一時間だって、半日だって王国の良い所を言っていられる自信があった。
だが、アースは王国を自慢しに来たのではない。より自分の方が王に優れる事を証明するための演説に来たのだ。
「この国に、一つでも恥じるものなどありはしない。この国の全てが、俺の誇りだ。」
その言葉が持つ迫力は異様なものがあった。姿勢を正されるような、眠気が覚めるような、本来存在しないはずの『重み』を持った言葉だった。
「――だが、この国を土足で踏み入る輩もいる。名も無き組織と呼称される不届き者どもだ。」
アグラードル領が壊滅しかけた事件はつい昨日のことだ。何が起きたのかを正確に把握している人は少ないが、それでも民衆に恐怖を植え付けるには十分な情報だった。
人は未知を恐れる。構成員も目的も、その何もかもが不明だからこそ過剰なまでの恐怖を人に与えるのだ。
「今回の王選期間中、奴らによって百人近い死者が出た。撃退にこそ成功はしたが、王国が負った傷は浅くない。きっとこれから先、何度も奴らは王国を襲い来るだろう。しかしこちらから攻め立てようにも、奴らは移動を繰り返していて所在が分からない。分かったとしても、並大抵の騎士ならば相手にもならないような戦力を保有している。このままいけば、王国が滅ぼされてもおかしくない火急の事態である。」
アースはそう言い切った。当然、そう言われれば楽観視していた人たちも不安になってくる。王国の中枢、王都であっても安全でないかもしれない。一度そう考えてしまえば恐怖は強くなる。
演説中であるのにも関わらず人々はひそひそと、心配そうに話し始めるのがアースには分かった。
「ならば、我々はこのまま奴らを好きなようにさせて、生まれ育ったこの王国を、文化を、土地を捨てて逃げるのが最良の選択であると、そう思うか?」
アースの中で、ずっと前から答えは決まっている。
「――断じて否だ!」
大きな声でアースはそう叫ぶ。
その黄金の眼は民衆を見渡す。当然の話ではあるが、人にはそれぞれ考えがある。アースの言葉を聞いて抱く印象は人によって大きく異なる。
アースはここにいる千差万別の人の考えを、一つにまとめあげなくてはならなかった。
「小国が滅ばされ、いくつかの街が落とされ、そして今回、王国にすら攻め入った。肉親だって失った民もいる。俺は恐れる事を罪だとは思わない。逃げたっていい。決してそれを引き留める事はしない。」
アースだって、恐ろしいのだ。他人を責められるはずがない。
「だが、俺は逃げないぞ。例え全ての王国民が他国へと逃げ、この国に残るのが俺一人になったとしても絶対に戦い続ける。そのために俺は、いくつもの屍を越えてここに立っている。」
アースの為に死んだ騎士がいる。それはアースが、より多くの命を救う存在であると騎士たちが疑わなかったからだ。だからアースも疑わない。それこそが最大の供養である。
「ここに誓おう。俺はこの命あり続ける限り王国を守り続け、必ず名も無き組織を倒せる国を作ってみせる。だから、力を貸してくれ。雄大なる大地を、美しき文化を、華々しい街並みを、誇りある民を守る為の力をだ。」
そこで目を閉じて息を大きく吐き、一度話を切る。
「俺は王となる。王となって、この国を守る。必ずだ。」
それらの言葉に嘘偽りはない。アースが抱き続けて来たその本心が、言葉という形で民衆へとぶつけられたのだ。
これを聞いてどう思うかは、全て国民に委ねられていた。
「これにて、第一王子アース・フォン・グレゼリオンの演説を終了とする。」
王選の幕引きは、あまりにも短く、そして色濃いものだった。
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