幕間〜王選の幕は落ちる〜
王選の勝者
7日間に渡る激動の王選は終わった。更にそこから7日間経った後の事である。王選の熱狂も収まり始めて、名も無き組織が残した傷も癒えつつある頃だ。
ほとんどの国民は元の生活に戻り、今までと同じように暮らしていた。細部で見ればまだ問題は残っているが、国家の目線とすれば十分に復興したと言える範囲だろう。
そうなれば、気になるのは王選の結果である。
王選の演説から一週間経った今日、やっとその結果が公表されるのだ。
王選の結果は平民全員が投票権を持つ国民投票、そして全貴族の当主による意見書。この二つを統括して最後に国王であるロードが次の国王を決める。これをこの一週間の間に行っていた。
投票の結果も、意見書の内容も結果と同時に張り出される予定だ。誰であっても、この日は落ち着かない様子を見せていた。
「兄上、兄上。一緒に結果を見に行こうよ。」
それは当事者であるスカイも同じのようで、ソワソワとした様子でアースの部屋へと来ていた。
王選の結果は、王子にすら事前に知らされはしない。同じ時間で国中の掲示板に張り出され、最も早く結果を知るためにはその掲示板の所へと向かう必要がある。
王城であれば一階に掲示される予定であった。
時間としてはもう数十分後だ。というのにアースは椅子にゆっくりと腰掛け、テーブルには淹れたばかりの紅茶があった。
まるで結果には興味がないと言いたげである。
「……スカイ、結果はもう決まってるんだ。早く見たって遅く見たって、どーせ変わらねーよ。」
「そうだけどさ……人から聞くのは味気ないだろ?」
「落ち着きを持て。どっちにしろまだ時間はある。」
そう言ってアースは紅茶の入った白いティーカップを手にする。
「異世界には人事を尽くして天命を待つという諺がある。慌てる必要は――」
「手、震えてるよ。」
スカイの指摘通り、スカイのカップを持つ手は震えていた。中の紅茶が溢れていないのが奇跡と思えるぐらいには。
口を閉じ、アースはカップをソーサーの上に戻した。
「よく分かったな。お前を試したんだ。」
「いや、嘘つきなよ。どう見ても怖がっているじゃないか。」
アースは深く口を閉ざした。それはもう、肯定しているのとほぼ同義だ。
あからさまにスカイから目線をそらしたので、スカイは移動して無理やり目を合わそうとする。アースは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……うっとうしい、離れろ。俺様は怖がってなんかいない。」
「そうかい。僕はてっきり王選の結果に自信がなくて、だから心を落ち着かせようとしていたように見えたけど、違ったのかい?」
「ああ、違うな。何度も言った通り、俺様は既に勝っている。」
そう言って、今度は手の震えもなく紅茶を飲み始めた。
「それならやっぱり、一緒に結果を見に行こうよ。今日は大した用事もないじゃないか。」
「お前1人で見ても結果は変わらねーだろ。」
「結果は変わらないかもしれないけど、気持ちは変わるだろ?」
アースは頭をかいて、そして大きく溜息を吐いた後に紅茶を胃の中へ流し込んだ。そして憂鬱そうではあるものの立ち上がる。
「……お前、図々しくなったな。」
「さて、誰のせいだろうね。」
二人は揃って部屋を出た。
王城の中でも最上階には、一部の人しか入室すら許されない特別な部屋がある。
その部屋は国家機密を取り扱う際に使われる部屋で、円卓と椅子だけが置かれた簡素な会議室だ。この部屋は結界によって完全に外と遮断されており、あらゆる情報がこの部屋から漏れることはない。
ここにいるのは五人。国王であるロードと四大公爵家の当主達であった。
「それでは、次代の王を決める為の会議を始めよう。」
まず最初に、ロードがそう言った。
この会議は明後日に発表を控える王選の結果についての会議である。当然、参加するのは国家の重鎮と言えるような人だけだ。
「投票結果と全ての意見書は資料にある通りだ。」
数枚の紙をまとめた資料がそれぞれの目の前に置かれていた。ロードの言った通り、そこには王選の集計結果が書かれている。
「当初の予想通り、という結果だったねえ。平民人気のスカイ殿下、貴族人気のアース殿下だ。」
口火を切ったのはヴェルザード家の当主であるオーロラだった。資料を眺めながら話を続ける。
「だけど圧倒的な差じゃない。アース殿下を応援する平民もいるし、逆もまた然りだ。」
「貴族の意見が割れたのは、少し驚いたがな。」
「リラーティナ公爵がかい?」
リラーティナ家当主シェリルは頷く。
四大公爵の中でもリラーティナ家は貴族を束ね、管理するという役割を担っている。その為、他の家よりも貴族の動向に関しては鋭敏だ。
そんなリラーティナ家ですら今回の結果は驚くようなものだった。これだけで今回の王選が通常と違うことが分かる。
「貴族は当然、王に気に入られたい。ともなれば王子の時代から取り入ろうとするものだ。だからこそ結託して、恩を売っていた王子が王となるように工夫しようとする。それがいつもの王選だ。」
しかし今回は違った。どちらが王に相応しいか、貴族の間ですり合わせる事ができない程に判断しづらいものだったのだ。
スカイとアースの王としてのタイプは違う。むしろ対極に位置すると言っても良い。
更に言えば、アースの手によって腐敗していた貴族が一掃されたのもあって、扇動するような人物が減っていたのも大きな要因の一つだろう。
「私は貴族の代表としても、アース殿下を推そう。人の意思を汲み取り、大局を見据える能力が彼にはある。」
シェリルはそう最初に宣言した。ロードはその言葉に頷き、そして他の三人へと視線を飛ばす。
対抗するようにしてファルクラム家が当主、ウォーロイドが誰よりも先に口を開く。
「ええ、まあ、リラーティナ公爵の言うことも分かる。だけど私はスカイ殿下を推薦する。彼は決断力とカリスマ性がある。知識や策略なら部下に任せればいいけど、こればっかりは本人が持っていなくちゃ意味がない。」
これにもまた、ロードは頷いた。
「私はアース殿下派だね。名も無き組織を潰すのにおいて、アース殿下以上の適任はいないと思うから。」
「……確か、前の事件で娘が被害を受けたのだったな。」
「ええ、陛下。借りは返さなくてはなりません。ヴェルザード家はその為なら、全面的な支援を惜しみません。」
オーロラは笑っていたが、目は底冷えするような恐ろしさがあった。
温和で優しい性格としてオーロラはよく知られている。オーロラとの付き合いが長い国王のロードでさえ、こんなに恐ろしい目つきをしている姿を見たことがなかった。
今回の一件はそれ程までにオーロラにとっては腹立たしい出来事であった。アースを推すのも最終演説の言葉を聞いてのことだろう。
「して、アグラードル公爵。そなたはどうだ?」
これまでずっと口を閉ざしていたユリウスに声が飛ぶ。気怠そうにユリウスは口を開いた。
「……ぼかぁ、本音を言うとどっちでもいいんだけどね。だけど強いて言うなら、スカイだ。」
「理由は?」
「そりゃあ、この七日間ずっと一緒だったわけだからね。情が湧いたのさ。」
非常に私的な発言だ。しかしそれが咎められる事はない。アグラードル家の役割は王国の剣であり、内政面を期待したものではない。むしろこうやった、損得が絡まない意見を出すのが役割と言えた。
だが、こうなると2対2だ。この会議の中でも意見は半分に割れた。最後の判断は当然、国王であるロードに委ねられる。
どちらを選んでもメリット、デメリットがある。最適解は未来を見ることでしかわからない。どちらがより良い国を作れるか、ロードはそれを感覚で判断しなくてはならなかった。
「……余は、息子である二人の事を詳しくは知らない。使用人から間接的に聞くだけだ。それでも、聞いた話は全て覚えている。父親としては失格である余ではあるが、それでも、真摯に向き合う事ならばできる。」
早くに母親を亡くし、父親は国王としての職務に追われ忙しい。二人の王子は親に育てられた記憶を持たない。そのせいで何度後悔したか、もはやロードはその数を覚えていない。
それでも、知ろうとはしてきた。どんな風な性格で、何を夢見て、そしてどんな王を目指すのか。
父親としては、一人を切り捨てなければならないのは心苦しい。しかし王として、ここは決断をしなくてはならなかった。
「――答えは、決まった。」
国中が騒がしくなる。張り出された紙切れに書かれている言葉を見て、泣くほど悲しむ人もいれば、叫ぶほど喜んでいる人もいた。
兎に角、人々はそれに夢中だった。次代の王が決まった。興奮を抑えられずにはいられない。
それは王城でも一緒だった。使用人や騎士は、職務を忘れてその張り紙に夢中になっていた。近くに当人がいるといるというのに構わず声を漏らしていた。
「……ねえ、兄上。」
呼びがけられてもアースは答えない。顔をスカイの方へ向けることもしない。
「結局、兄上の言った通りだったね。」
「ああ――」
アースは上を向く。その目線の先には何もないが、それでも上を向く。
「俺の勝ちだ。」
何も飾る事はなく、堂々ともせず、ただありのままの言葉でそう言った。
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