39.ニレアのもとへと
アグラードル領は広い。その中でより効果的に相手を撹乱するには、より広範囲で囮を生み出す必要があった。
例えばそう、不出来であってもアースの偽物が百体ぐらい街中を走り回れば、きっと困るだろう。俺の魔法である
だが決して、全てが偽物というわけではない。エルディナは必ずそれが偽物か本物かを瞬時に理解できる。元々、人を騙すようには作っていないからだ。
つまり今回の作戦は、アースを囮にしてエルディナを引っ張り出して、手薄になったニレアを倒すことにある。
この無数の偽物の中から本物を探すのはエルディナぐらいにしかできないはずだ。加えて、エルディナがどこからやって来たかでニレアの位置も割れる。
そこを本隊で叩く。人員としては俺、ユリウス、スカイの三人だけで物足りないが、今回はこれでやるしかない。
囮側にはアース、ヒカリ、ディーテがいる。アースが死んだら問答無用でこっちの負けだ。必ずディーテを護衛として置かなくてはならなかった。
「……エルディナが出た、行くぞ。」
俺はそう言って歩き始めた。後ろからユリウスとスカイが続く。
まず、最初の関門はクリア。これで慎重を期して、守りを固める為にエルディナを手元に残されていたら困っていた。あいつ一人いるだけで奇襲も不意打ちも難易度が跳ね上がる。
次の関門は、まずディーテがエルディナを抑え切れるか。そして俺達がこの戦力でニレアを倒し切れるかにある。
「雑魚はぼくに任せてくれ。フランとの戦いに集中できるぐらいには、何とかしてみせるよ。」
ユリウスはいつもの調子である。緊迫感があるようには見えない。だがまあ、助かるのも事実だ。フランと戦いながら周囲の人を殺さない程度の魔法を使い続けるのは、相当にやりづらいだろうしな。
「武器は持たないのか?」
「……まあね。」
ユリウスは多分だが魔法使いではない。魔力を感じないのもそうだが、俺の魔法を素手で止めた事からそうなんじゃないかと思っている。
ただ武器を必要としない様子であるし、格闘家なのだろうか。てっきり俺はフランやスカイと同じように剣を修めているのだと思っていた。実際、この世界で最もメジャーな武器は剣であるし。
「……あ、そう言えば言おうかどうか悩んでたんだが。」
剣の話になって少し思い出したことがあった。スカイが持っている剣についてである。
最初見た時からほんの少し違和感があったのだが、最初からあんな空気になってしまって聞きづらかったのだ。この戦いが終われば話す機会もないだろうし、今聞いておかねばならない。
「スカイが持ってるその剣、フランのだよな。鞘に見覚えがある。」
そう言われてスカイは歩きながら剣へと視線を向ける。
「……そうだね。フランが洗脳される直前に、僕に預けてくれたんだ。」
「なるほどな。あいつも、ただでやられはしなかったわけだ。」
フランの持つ剣は魔剣や妖刀の類ではない。それでも異常なまでの頑丈さがあって、それだけで十二分に厄介な要素と言えた。使い慣れた剣でないというのも、ほんの少しぐらいならフランを弱くしてくれているかもしれない。あまり期待はできないが。
「フランが洗脳されてしまったのには、僕に責任がある。それは成果で必ず返してみせるよ。」
「なら、任せたぜ。その役割はお前にしかできない。」
ニレアの洗脳条件には不確定な要素が多い。しかし少なくとも、フランとエルディナは腕を掴まれて洗脳されていた。つまりニレアに近付く時にはリスクがどうしてもつきまとう。何か隠している手札があるかもしれないしな。
そこで、洗脳できない可能性が高いスカイがニレアを倒すというのが今のところ現実的な案なのだ。ニレアは戦闘に参加していた様子もないから、直接的な戦闘力は低いだろうし。
「ぼくとしては心配だけどね。かわいいかわいい弟分を、まだ何を隠し持っているかわからないニレアと戦わせるなんてさ。」
「だけどユリウス兄、これは僕がやらなきゃ。」
「それはわかるけどね。アースもスカイも、自分を軽視し過ぎなのさ。もっと肩の力を抜くべきだよ。」
そうは言うが、ユリウスほど力を抜かれては困る。適度な緊張感はあった方がいい。死ぬかもしれないこの状況でここまで力が抜けるユリウスがおかしいのもあるが。
そうこう話しているうちに、ニレアの居場所の直前に大勢の人の姿が見えてきた。パッと見ではあるが、かなりの実力者揃いだ。今更ながら、ユリウスにこの数を相手どらせるのが心配になってきた。
それでも今回は信じるしかない。ここで止まっていては、この大群とフランを同時に相手することになる。
「任せたぞ、ユリウス。」
「ああ、任された。」
ユリウスは一人、その人々の前に体を晒す。歩いていくその後姿を確認した後に、俺とスカイは裏路地を走って行った。
ユリウスの役割は、フラン以外の敵を一手に引き受けて、本陣への守りを浅くさせるというものだ。それは最低でも、ここにいる人数では対応が追い付かないと思わせる必要があった。
「うーん、まずいな。」
ユリウスはそう言いながら、裏拳を背後から襲いかかろうとしていた男の顔面にぶつけた。そのまま鋭く蹴りを腹へ叩き込む。
既に足元には何人もの人が転がっていた。ユリウスには傷一つない。
「うちの騎士もいるじゃないか。これは、この一件が終われば一から鍛え直さないとね。いやあ、困ったものだよ。」
そう話しながらも、迫りくる敵を次々といなし、返り討ちににしていく。
四方八方を囲まれ、何人も同時に襲い掛かられていても、ユリウスは全く意に介さない。いつも通りの表情で、それを潰していくだけだ。
「思ったより歯ごたえはなさそうだ。」
何でもないようにユリウスはそう言った。
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