40.大精霊と契約
ディーテには、光の加護という権能が備わっている。自身を含めた周囲の存在を秘匿し、相手が認識する事はできてもそれを理解する事はできない。
どれだけ強力な感知能力を持っていても、それを頭の中で記憶という形では残すことができない。これ以上に隠れることに向いた能力はないと言えよう。
特に今回のように、少しでもバレずに時間を稼ぐのには何より向いていた。
ディーテ、アース、ヒカリの三人は路地裏に隠れていた。
何人かこの三人の目の前を通過していたが、誰もその存在に気付きはしない。いや、見てはいるのだがそのまま無視して通り過ぎるのだ。
「そろそろ、加護を解くぞ。」
このまま永遠に隠れていれば、安全ではある。しかしアースの囮の数は有限であり、エルディナをこちらに引き寄せる意味でもどこかで姿を表さなくてはならない。
ディーテは左手に光を集め、白い拳銃を生み出す。自然とヒカリとアースの気も引き締まった。
「私がエルディナの相手をする。お前らは上手く隠れて自分の身を守っておけ。」
銃口は空へと向けられる。そして何の躊躇いもなく、その引き金を引いた。
「――直ぐに終わる。」
弾丸を放った方角から、風を切る大きな音が鳴る。まるでミサイルのように、緑の淡い光をまといながら人の影がこの場所へと迫る。
それに向かって再び六回もディーテは銃を撃つが、その全ての弾丸が当たる寸前で止まった。ディーテは特に慌てる様子もなく弾倉を外して地面に捨て、光を集めて新たな弾倉に変えて差し込む。
その隙に、もう風は目の前へと迫っていた。
緑の髪に、祝福の証である青い眼。エルディナ・フォン・ヴェルザードに違いなかった。エルディナは空中でその動きを止めて、ディーテと互いに睨みあう。
最初に仕掛けたのはエルディナだった。魔力と共に大気が動き出し、一つの魔法を生み出す。
「『
荒ぶる風がディーテを襲う。
「"動くな"」
しかしその風は、一言で完全に停止する。ディーテは仮面を捨て去り、その端正な顔立ちをあらわにする。眼は黄金色に輝いており、仄かに光を放っていた。
エルディナが次の魔法を使うより早く、ディーテは銃を撃つ。
その弾丸はエルディナの頬を掠めるが、紙一重で命中は免れた。しかし、掠めるだけでも十分であった。
ガクリと、急に力を失ったようにしてエルディナは地面へと落ちる。地面に落ちる寸前に魔法を使って体勢を立て直すが、その頃にはもう既にディーテは距離を詰めていた。
避けようのない程の近距離で、ディーテはエルディナへ銃口を向けた。
エルディナが先ほど弾丸を防いだのは風の結界によるものだ。それは半端な攻撃を遮断する、エルディナの最大の防御手段である。しかし今、大気はディーテを味方している。風の結界は作れない。
「――キャルメロン。」
だが、それはエルディナの敗因には成りえない。エルディナが発した一言で、戦況は大きく変動する。
六大精霊が一人、エルディナと契約を結ぶ風の大精霊が今ここに顕現する。
『曰く、我々は人の味方でも敵でもありはしない。』
風が直接振動し、音がこの場に鳴り響く。
『我等大精霊は精霊の未来永劫の安息を願い、そしてそれを叶える者。精霊にその名を連ねる者として、友たる契約者に力を貸す者。例え友が違え、過ち、全てを忘れ去ったとしても、それは我が友である。』
「何が言いたい?」
『我が感情は安定を得ず。契約という機会は此度が最初の事であり、我が感情を理解する事は困難であると断言する。』
大精霊の言葉は要領を得ない。しかしディーテはそれを理解する必要がなかった。彼女にとって重要なのは何を言っているかではなく、この突きつけている銃にもはや意味がないという事である。
『故に此の地に風を起こそう。全ては、契約者の思いのままに。』
風が吹き荒れる。さっきの比ではない。立つことが不可能と思える程の暴風だ。しかしそんな暴風の中でも、ディーテは立っていた。
チラリとディーテはアースの方を見た。そっちではヒカリが聖剣を用いて結界を張っており、取り合えず二人の無事が確認できる。
それを確認した瞬間に引き金を引く。しかしエルディナの眼の前で銃弾は止まり、地面を転がる。
この世の全ての風は、風の大精霊たるキャルメロンのものである。誰であっても、キャルメロンから風を奪うことはできない。
「……面倒だな。」
そう言ってディーテは銃を光に変えて消し、そして今度は光で構成された剣を掴んだ。
光と風が飛び交う。エルディナとディーテの戦いは拮抗の状態にあり、どちらの有利とも言い難い状態となった。
ヒカリはそれを、ただ見ていた。
自分の友人が洗脳され、幼馴染を殺すように命令され、そしてディーテと戦う姿をただ見ていた。
できたばかりの友人であった。話した回数も少ないし、情を抱くものでもないのかもしれない。
しかし、エルディナはヒカリを友達とそう呼んだ。そしてどれだけヴェルザードの街が好きなのかをその口で語ってくれた。美しい湖を見せてくれた。
そんなこの世界で初めてできた友達を、彼女はただ見ている事しかできなかった。それが何よりも苦しかった。
「ヒカリ、お前せいじゃねーぜ。」
「え?」
「だからそんなに思いつめた表情をするな。ついてくると決めたのはあいつ、洗脳されたのもあいつだ。それよりも今、ヒカリのおかげで助かってるってのが何よりの事実だ。」
アースは見透かすようにそう言った。今、聖剣『如意輪』による結界によって二人は守られていた。そうでなくては巻き添えを喰らって、無事では済まなかったであろう。
ヒカリは間違いなく活躍をしていた。ただ、それが本人の望む形とは違うだけで。
「アルスを信じて待て。それが今、俺たちにできる最善手だ。」
理性はアースの言葉を肯定した。しかしヒカリの本能は、心の奥底は、それは違うとどこかで叫んでいた。
ヒカリには力がない。あるのはこの手にある聖剣ただ一つだ。力がない者が何を言おうとも、それは戯言に過ぎない。ヒカリは、アルスと近いようで遠い。
だからせめて、ヒカリは地獄から目を背けることをしなかった。
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