38.反撃開始
数分ほど、アースとスカイを待っていた。何か声が薄っすらと聞こえてはいたが、聞き耳を立てるなんて野暮な事はしていないからな。結局、あの二人がどんな話をしていたかは分からないままだ。
「……終わったみたいだよ。」
ユリウスがそう言って指を差す。その先にはこっちへと歩いて向かうアースとスカイの姿があった。
アースは思い悩んでいた様子から一転、かなりやる気に満ち溢れいてるという事が表情からでもよく分かった。
スカイは、目元が腫れていた。泣いていたのだろうか。益々この二人が何をしていたのか気になってくる。
「まず、こっちの戦力とあっちの戦力を整理するぞ。」
開口一番にそう言って、アースはその場にあぐらをかいて座り込んだ。
俺とヒカリ、ユリウスは近くへ寄る。ディーテは目を閉じたまま突っ立ったままだが、多分話は聞いているだろう。
「こっちの主な戦力はディーテとアルス。そしてスカイとヒカリが、戦えない事はないって感じか。ユリウス、お前はどこまで戦える?」
「あんまり期待しないでくれ。少なくともフランと一対一なんてぼかぁ絶対に嫌だよ。」
「……戦う気はあるって事でいいのか?」
「ははは、やる気はなかったんだけどねえ。頼まれちゃったからには、断れない性分だから。」
頼まれた? 一体何を? そうは思ったが、アースの言葉を遮ってまで聞く勇気はなく、そのまま聞けずに話は続く。
「それなら次だ。相手の戦力は主にはフランとエルディナ、そしてこの街の住民のほとんどだ。」
再度聞くと、余計に勝てる気がしなくなってくる。街の住民、と一括りにされているが、そこには何人もの冒険者や武人、魔法使いが含まれる。油断すれば俺だって足元をすくわれる。
加えてフランの相手までしなきゃいけないんだから、無理ゲーにもほどがある。
「勝利条件はニレアを倒すこと。敗北条件は味方の誰か一人でも死んでしまうか、ニレアに逃げられてしまうこと。何か質問や補足はあるか?」
数秒の間沈黙が響き、その後にアースが頷いて話を続ける。
「数で劣る以上、こっちは相手の戦力を分散させる必要がある。囮で敵を引き寄せて、守りが薄くなったニレアを倒すっていうのが今のところの俺の考えだ。問題はニレアがどこにいるってのがわからねーって事だが……こっちにはアルスがいる。」
急に俺へと視線が飛んで驚く。そんな最終兵器みたいな言われ方をされても、俺ができる事なんて限られているのだけど。
「いいか、よく聞けよ。作戦の内容は――」
アグラードル領に住む領民、そのほとんどの洗脳をニレアは終えていた。王選の初日から準備をしていたとしても、ここまでの速度で人を洗脳し操っているというのは異様だった。
しかし、この世に万能の能力は存在しない。スカイとの話の中から、能力には二つの欠点があるとアースは推測した。
まず、何故スカイを洗脳してしまわなかったのか。そうしてしまえば確実にスカイが情報をもらす事はなく、こうやって反抗する事も決してなかった。
その答えとして最も考えられるのは、スカイは洗脳できる条件が揃っていないというものだ。つまり洗脳には条件がある。加えて、スカイはその条件を満たしていない。
加えて例えニレアが視界などの情報を洗脳された人と共有していたとしても、この人数を把握し続ける事は不可能であるという事だ。更に言えばこの人数の軍を指揮する事はどんな将にも不可能だ。
必ずニレア側の行動は一手遅れるはずである。情報戦においてはアース側に絶対的な優位があった。
何より、あの幼稚な言動をしているニレアにまともな指揮能力があるとはアースは思えなかった。この戦力差でも、相手が素人であるならば勝ちの目はある。
洗脳に条件がある、相手側の情報共有及び統率は困難である。この二つの前提条件から作戦を立てられていた。
「は? 一体どういうこと?」
街のとある広場で、ニレアはそんな素っ頓狂な声をあげた。
ニレアの視線の先にいるのは洗脳された住民の中でも、特に機動力に長ける人達だった。何かあればニレアに一度報告しに来るように命令をしていたのだ。
当然、ニレアが疑問に思っているのはその人達の報告内容である。
「あなた達は全員、王子を発見したとそう報告をしたわね? そうよね? 違うかしら?」
「はい、違いありません。」
一人が代表してニレアの質問に答える。
「……誰も嘘をついていないなら、
全く別の場所から、同時に王子を発見したという連絡が届いた。そんな事ありえるわけないし、どう考えても偽物が大量に出現しているという事である。
しかし、それを一般人に見分けさせるのは不可能だ。声も顔も、大体なんとなくでしか覚えていない。よく知る人にとっては不出来な偽物でも、平民相手ならここまで錯乱に効果的なものになる。
「もう、いいわ。エルディナ!」
ニレアの呼び声に応えて、緑髪の少女がゆっくり歩いてくる。その表情は無機質で、明るい彼女の性格は全く表に出ていない。
「私の護衛はフラン一人で十分! 偽物も本物も、全員一人残らず殺して!」
返事もなく、風に乗ってエルディナは飛んで行く。
ニレアは焦っているようだった。周囲に当たり散らすように叫んでおり、落ち着いて座っていることもできずに、意味もなく歩き回っていた。
「はっはっは! 大変そうだねー!」
広場に、ニレアのものでない声が鳴る。ニレアは勢いよく振り返り、その声の主の下へと足を早める。
「黙っていられないのかしら、サティア!」
「ごめんね、これが私の取り柄なもんで。そうじゃなきゃ平民が王族の彼女になるなんてできないと思わない?」
サティアと、そう呼ばれた少女は布の上から縄で縛られていた。いわゆる簀巻きという状態である。殴られた跡や切られた跡もも顔には残っていて、とても無事な状況ではない。
それでも彼女はニコニコと笑って、瑠璃色の目に光を灯していた。ニレアにとって、それが何よりも不気味な事であった。
「それにさ、こうやって体を縛られて、魔力も封じられれば私にできる事なんてもうないわけだし、それなら別の方向に頭を使った方がお得じゃん!」
「うるさい、黙りなさい! あなたの声は頭にキンキン響いて不快なの! 感楽欲の命令じゃなきゃもう殺してるところよ!」
ニレアは両手で頭を掻きむしる。
「もしスカイ君が私を助けるために王になれたとしても、私を生かしておく必要なんてない。それだったら死ぬまでの間、折角だから話し相手になって欲しいんだけどなあ……」
「……鳥にでも話しかけておきなさい。」
「鳥は頭が悪いからやだ。昔はそれでも楽しかったんだけど、結局独り言と一緒じゃん。飽きた。」
馬鹿馬鹿しくなったのか、ニレアは諦めてやっと大人しく広場の長椅子に座る。
「……スカイ君は、きっと来ちゃうんだろうな。」
そんなサティアの呟きは、ニレアの耳には届かなかった。
日が沈むにはまだ早い、三時ごろの出来事であった。勝者がどちらであれ、暗くなるころには全ての決着がついているであろう。
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