12.二つ目の鐘
平和というのは難しいものだ。
地球において人間はあれ程までに高度な文明を築いた。しかし、どれだけの力を手に入れても、肝心な平和だけが手に入らない。
殺人事件は消える気配を見せず、戦争も必ず世界の何処かで姿を表す。
人という生き物は、基本的には個人主義だ。自分さえ良ければそれで良い、そんな考えがちょっとは存在する。それは余裕を得れば肥大化し、他者を蹴落としてまでより良い物を求めてしまう時がある。
勿論、全員がそうであると言いたいわけではない。だが、大多数はそうであるに違いない。
もし世界中の人が純粋に人の幸福を喜べる人だけだったなら、一体どうして、この島のような惨状になってしまうと言うのか。
「鐘を鳴らすわよ、アルス。」
そう言ってお嬢様は俺の方へ手を突き出す。
俺は何も言わず、一つ目の時と同じ物を渡した。お嬢様はそれを掴み、勿体ぶることなく目の前にあった鐘を叩いた。
「これで、二つ目も終わりね。想像より順調で驚いたわ。」
お嬢様の言う通り、天界へ行く道のりは至って順調だった。危惧していた出来事の殆どは起きず、最近の危険な旅とは大違いである。
もう一日、ここで野営をして次の島に行く。そこで鐘を叩いた後は天界に行って、帰るだけだ。
ここにいる人を、俺は見捨てなくてはならない。それが合理的な選択で、楽な選択である事には違いないが、俺の心の中には不快感が残った。
俺は国を変えられない。それは今までの旅でよく理解している。俺には主人公みたいな、人を惹きつける力はないのだから。
「――アルス、お前は何をそこまで気にしているんだ?」
そんな俺の心の内をこじ開けるように、ディーテはそう言った。
「お前の要望通り天界へ向かって、その道が順調であるというのに、何故そこまで苦しそうな顔をする。お前は脅されてこの旅路を選んだのか?」
「……顔に出てたか。不快にさせたなら、ごめん。だけどしょうがないだろ、この国は酷過ぎる。」
この世の差別を煮詰めたような惨状だ。まるで貴族と平民の関係より遥かに劣悪だ。搾取だけして、何も与えることはないのだから。
腐敗していることもあるが、基本的には貴族は王からその土地を借り受け、民の金銭を使って領地を発展させる義務がある。互いがより豊かになるために、努力を怠ってはいけないのだ。
「私はそうは思わん。これもまた知恵だ。世の中は弱者が淘汰され、強者が力を手に入れると決まっている。天運の良し悪しはあれど、生きるのに必要なものを見通せた者がより豊かになるだけだ。」
極論だ。確かにそういう側面もあるが、ただ平和に生きたいだけの人を脅かす理由になるものか。
「それなら、弱者に生きる価値はないと?」
「当然だ。」
「――」
俺はその、鋭い一言に絶句した。
「弱者を助けるのは強者のエゴ、人はそれを憐れみと呼ぶ。助けたいのなら好きにするが良い。しかし、それを全体に強制するのは理に反している。」
その発言は所謂、人の道徳からは外れていた。生まれながらの強者だからこそ出た発言である。
「お前は、なんとも思わないのか。一方的に人が苦しめられているのを見て。」
「私に、あいつらが苦しむことによる不利益はない。」
ディーテの言葉は違うと、俺は思っている。しかしそれがどうして違うのかを説明できるほど、俺の口は回らなかった。
そんな俺達の会話を見かねたのか、ヘルメスが遮るように入ってくる。
「はいはい、そこらでやめときな。ディーテはもうちょっと人の心を慮りな、アルスもそう簡単に喧嘩を買うな。」
ヘルメスの言葉で、やっと俺の頭は冷静に戻った。
今ここで仲間内で言い合う必要はない。それに、こういうのは人それぞれの考え方だ。
強要するような言い方は確かに良くなかった。
「人の心を慮る、かなり難しい事を言うな。」
ディーテは続けて言う。
「理解できないからこそ、私はオリュンポスまで来たのだ。」
その言葉の真意は、俺には分からなかった。
結局、その後は淡々と準備を終えて眠りについた。
この国のことは気になるが、まずは自分の事をなんとかした後だ。人の心配をしている内に、自分が死んでは意味がない。
翌日には三つ目の島、下多島へと向かうことになった。
時間には今のところ余裕があるが、それでも何があるか分からないのだから急いだ方が良い。
「……うん、見張りは少ないみたいだ。これだったら無理矢理進んでも問題なさそうだよ。」
ヘルメスは眼で視た事を言った。
島の位置関係としては、全て一直線上に並んでいる。
わざわざ平中島を無視して下多島に行くやつは少ないと考えているのだろうか。ともかく、見張りがいないことは幸運だ。
流石に派手過ぎる移動は使えないが、この前より楽で速い移動ができる。
「気になるわね。」
ポツリと、お嬢様は呟いた。疑問に思って、俺は当然質問をした。
「何がですか?」
「平中島には見張りがついていた。その見張りは私達のような異国の人を入れないようにするためと、島の中からの脱出を防ぐためよ。」
確かにそうだ。あんなことが外に知れてはまずい。閉じ込めておくのが確実である。
「ならばそれが何故下多島にはないのか。不思議じゃない?」
「そうですね、確かに手薄過ぎる。」
ここまで徹底的にやっているカコトピアに対して、これはらしくない。
だが、理由があるはずだ。相手は仮にも一国の主なのだから。
「まあ、それも行って確かめた方が早いわね。行くわよアルス、最後の島へ。」
そうして、俺達は最後の島へと向かった。
――この先に、何が待ち受けているかを知らずに。
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