11.平中島
綺麗な海をボーッと見ながら、俺は砂浜に体を預ける。
この世に海を泳いで渡って、疲れ果てて動けないなんて魔法使いが他にいるだろうか。
いや、この俺だけだろう。
「――オッケー。大体地形は把握できた。」
そんな俺を放置して、三人は次の鐘へ行く準備を進めていた。
ヘルメスは祝福眼で鐘の場所と、その道の把握をしていたようだ。対してディーテは聞かれた事に答えるだけで、基本的に話すことはなかった。
話し合いは基本的にお嬢様とヘルメスの間でなされていて、実際これが一番効率的である。
「多分だけど、また日が暮れる頃に鐘の所へ辿り着けると思う。できるだけ近い所で船を降りたわけだし。」
そう言われて、またこれから歩くのかと若干憂鬱となる。
確かに俺は体を鍛えてはいるが、闘気の補助がなければ運動部の高校生程度しかない。当然、体力も同じだ。
いくら出力を高めて、能力を高めていても結局は補助だ。ゼロをイチにはできないから、疲れは蓄積されていく。
だから今は凄く疲れているし、なんなら寝たいまであるが、流石にここで嫌と言うことはできない。
「だけど問題点もある。一つ街を通過する必要があるって事だ。僕達の立場は犯罪者だし、土地勘がないのもきっと怪しまれるだろう。街に入れないと大きく迂回する必要があるし、3日は追加でかかってしまう。」
うげえ、流石にそれは無理だな。鐘を鳴らすのはタイムリミットもあるし、そう悠長にはしていられない。
もし、万が一俺達が捕まればと考えれば無理矢理抜けるわけにもいかない。
「……行くぞ、時間が惜しい。」
そう言って、ディーテは俺達を置いて歩いて行った。
お嬢様は少しその後ろ姿を眺めた後に黙ってついていき、ヘルメスは仕方なさそうにその後ろに続いた。
俺も疲れてはいるが体に鞭を打って、小走りで追いかける。
「堂々と歩いているけど、何か策でもあるのかい?」
「私がいる。それ以上の理由は必要か?」
ヘルメスの質問は一蹴される。
歩いていくと遠目に街の姿が見えてきた。かなり大きな街である事は直ぐに分かる。
「外国から人が来ないからか、警備は緩い。何も問題はない。」
「いや、確かに僕だけならいいかもしれないけど、君やリラーティナ嬢はいるだけで目立つだろ。入れるとは思えない。」
「たわけが、お前と一緒にするな。私が向こう見ずの愚か者と言いたいのなら、話は別だが?」
そう言ってディーテはヘルメスを睨む。ヘルメスはため息を一度吐いて、それ以上は何も言わなかった。
遠いと思っていた街も、歩いていけば直ぐだった。
俺達が来た方には街がないし、門はない。当然ながら侵入方法は防壁を乗り越える他ないだろう。
しかし城壁の上に監視の目がないわけがない。何で登ろうにも直ぐに見つかる事は予想できた。
「ヘルメス、人器で上にあげろ。」
「はいよ、これで騒ぎになったら恨むからね。」
ヘルメスは自分の靴を触る。すると、その靴は瞬く間に黄金色へと輝いた。
「人器開放」
そう短く呟いた瞬間に、ふわりとした感覚に襲われ、俺達の体は宙へと浮いていた。
そのまま体はゆっくりと上がっていき、壁の上へと向かっていく。
「『ヴァラリア』。僕の持っている人器の一つさ。特段、物凄く強力じゃないけど効果がシンプルな分便利だよ。」
ヘルメスがそう説明している内に、俺達は防壁の上へと辿り着く。そしてそのままふわりと、そこに着地した。
魔物が来ることもあるので、近くではないものの見張りがいるのはここらでも分かった。
だが、その見張りはこちらに気付く様子はない。
「音、色、形、匂い、手触り、味。どの感覚器であっても存在自体は感知できる。人の姿を消すことなどできはせん。」
ディーテは言葉を続ける。
「だが、
事もなげにそう言った。
それが魔力的な干渉ではなく、スキルを用いたものである事は説明されずとも理解できた。
魔法でこれができたとして、そんなこと人の脳の処理能力で可能なものか。
「条件もあるがな。これを使っている間に多量の魔力や闘気を使用すると自動的に解除される。効果範囲は私の視界内だけだ。」
確かに条件は厄介だが、便利な事に違いはない。
相手にバレずに行動できるというのは、それだけでも確かな有用性がある。
「アポロンもそうだけど、何でそういう事を事前に共有してくれないんだい? 情報共有は割と大切だぜ?」
「お前にだけは言われたくない。表面の薄っぺらい情報だけを渡すのが、お前の手口だろう。むしろ私の方が誠実だ。」
「ハハ、確かにそう言われたら何も言えない!」
ヘルメスとディーテのやり取りを聞き流しながら、街の姿を眺める。
最初に抱いた印象は、陰鬱としている、というものだった。
上華島とは違って、栄えている印象はなく活気も感じ取れない。本当に同じ国であるのかと疑いたくなるほどだ。
人の姿は見えるが、元気そうと見える人はほとんどいない。生きるのに必死で、余裕がない、という風に感じた。
「少なくとも、三つの島が平等でない事は確かみたいね。」
俺の隣に出ながら、お嬢様はそう言った。
グレゼリオン王国の予想は、この光景を見れば嘘と言うことはできない。お嬢様が言った事を元々疑うなんてしないが、それでも目で見ればより確信は強まる。
確かにこの違いを見れば島の長二人が殺されて、上華島の長が他の島を虐げているのだと考えた方が合点がいくというものだろう。
「行きましょう、私達の目的地はこの街ではないのだから。」
お嬢様はそう言った。
だが、俺の中ではこの光景に言いようのない、得体の知れない不快感を抱いていた。
ディーテの能力は確かに存在を認識させないが、ここに存在する事を隠せはしない。
あまりにも派手な動きを繰り返せば、違和感に気付く奴だって確かに存在するらしい。だからどちらにせよ隠れながら行動する必要があった。
「また税金が上がった!? ふざけてやがんのかよ!」
だから自然と、色んな声を聞く事になった。
「外国から人が来なくなったせいで、俺達の暮らしは酷くなるばかりだ。長は平中島を捨てたのか?」
「お母さん、お腹空いたよ。」
「……良い子だから、ちょっとだけ我慢してて。お父さんがきっと、買って帰ってくるから。」
「お前達を国家反逆罪で拘束する。」
「言いがかりだ! 苦しい生活を乗り切ろうと、助けあってるだけじゃないか!」
「この店も、もう終わりか。長く続いた家業が、わしの代で潰える事になろうとは。」
それは、民の苦しみの声だ。リクラブリア王国とも似ているが、格段に違うのは国が狡猾である点である。
島が離れていているから、反乱を起こすには海を渡る必要がある。監視されている様子も見えた。更に今のこの状況は上華島にはあまりにも都合が良かった。上華島全体は味方になってくれないだろう。
俺達も別の目的がある以上、この事には介入できない。あくまで目的は俺の中の神をどうにかする事であって、目の前の不条理を解決する事ではない。
「アルス、分かっているわね?」
そんな俺の歯痒い気持ちを理解してか、念押しするようにお嬢様は言った。
ここで騒ぎを起こせば鐘を鳴らして回るのはほぼ不可能になる。逃げ切ることはできても、お嬢様の評判も大きく下げてしまうだろう。
合理的に考えれば、アースにこの事を伝えて対処してもらえばいい。これは国が介入するべき仕事だ。
それでも、俺の悔しさは晴れない。
「お嬢様、なんとかならないんですか?」
だからつい、口をついて出たのはそんな言葉だった。
俺にはできなくても、あのお嬢様なら。そんな思いが溢れて出てしまった言葉だ。
「できたら、もうしてるわよ。私が策を隠し持つような薄情な人間に見えるのかしら?」
答えはあまりにも予想通りであった。
俺達は何事もなく、そう何事もなく街を抜けた。目的地に辿り着いたはずなのに、俺は何故か、その街から逃げるような思いで出ていった。
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