6.閉ざされし国へと

 早朝、暁の頃。俺は無性に目が覚めた。

 俺は昔から寝覚めが良かったが、今日は特段に良かった。いや、今日に限らないかもしれない。


 元より俺は、いわゆる生理的な欲求が低かった。他人より食欲や睡眠欲、性欲も低かったような気さえする。

 これがハッキリしないのは俺に友人が少なかった為であるが、間違いなく人とは違う感覚があった。

 当時はこの魔力の影響かとも思っていたが、この世界に来て、それは違うと断言できるようになった。確かに魔力はエネルギーではあるが、魂を維持するエネルギーである。肉体とは別だ。

 そう考えれば余計に、俺の出自も気になる。捨てられていたと聞いていたが、一体誰に捨てられたのだろう。


 それはさておき、最近はほとんど魔法を学ぶ以外の欲求が薄いのは確かである。

 これが神の力が強まってきたせいなのかは、正直言って判断しかねるが、今回の旅で明らかになるのかもしれない。


 ――俺はそんな事を思いながら、他の人が起きるまでぼーっと空を眺めていた。






 ヘスティアさんに見送られ、ヘルメスと俺、ディーテでお嬢様の所へ向かった。

 役に立つからヘルメスも連れてきた。生憎と金は結構余っているので、依頼を出すのには十分な額を出せる。


「……成程、ね。事態は把握したわ。」


 そして、再び同じ部屋でお嬢様と対面する事になった。


「それでは、早速説明を頼んでもよろしいかしら?」

「いいだろう。」


 ディーテは低い声で簡潔に答える。


「これから向かう天界へと繋がる道は、十年に一度の頻度で場所が変わる。共通点は僻地である、という事のみだ。」


 道理で見つからないどころか、噂すら聞かないわけだ。

 十年とは長く感じるかもしれないが、この世界中の僻地を巡って、そして正確な形も分からない物を探すには短過ぎる時間と言える。

 それにこの世界における僻地とは、危険地帯がほとんど。魔物が溢れる場所で悠々と調査する余裕を持つ人は少ない。


「まず、3つの鐘を7日以内に鳴らす必要がある。加えて鳴らす人は同一の人物でなくてはならない。」

「鳴らした人しか行けないのかい?」

「いや、違うな。誰かが三つの鐘を鳴らせば、祭壇は現れる。」


 ヘルメスの質問に答えて、そのままディーテは話を続ける。


「その祭壇で天使の導きを受けることで、人は天界へ行くことができるのだ。」


 まるでお伽噺を聞かされているような気分だ。どれもこれも、現代の魔法理論から考えたら説明がつかない事象である。

 そもそも天界だろうが魔界だろうが、世界を渡るというのは気軽にできる事じゃない。


「それで、肝心のその鐘はどこにあるのかしら?」

「現在はグレゼリオン王国の西側、カコトピアにある。」


 お嬢様が尋ねるとディーテはそう返した。

 カコトピアとは聞いたことのない地名だ。つまり、主要な国ではないはずである。あそこら辺に島がいくつかあるのは知っているのだけど。


「……カコトピアか。それは、思ったより行くのは大変そうだ。」

「ヘルメス、知っているのか?」


 ヘルメスの呟きに俺はそう言った。


「カコトピアは、十数年前から出入国を制限している三つの島の国さ。あまり経済的にも豊かな国ではない……いわゆる発展途上国だね。」


 一概にそうとは言えないが、国力というのは土地の広さに比例する事が多い。

 その分だけ土地の値段も安くなるし、農業や軍備、娯楽施設など様々な用途に土地を回す余裕が増える。地球のように高層ビルもないし、その傾向は更に増す。

 カコトピアは加えて鎖国気味なのだから、発展は難しいだろう事は予想に難くない。鎖国は利点もあるが、どうしても他国に取り残されるデメリットの方が大きい。


「ちょっと出自を誤魔化せば僕らは入れるけど、リラーティナ嬢は厳しいんじゃないかい?」

「あら、やりようはあるものですわ。確かに私の顔は知られているけども、公爵家の力でできない事を探す方が難しいもの。」


 しかし、面倒な案件である事には違いない。入国制限を突破しなければ、街中の探索も落ち着いてできはしないだろう。

 最悪、鐘の場所にさえ行ければ良いのだから、鐘の場所にも大きく旅の動きは関わってくるだろう。


「ならばヘルメスとアルスは正面から小細工をして入ると良い。そこの女は私が光の門で連れて行こう。」


 ディーテはそう言った。

 光の門とはきっと、初めて会った時に出てきたあの門だろう。まさか、ここからカコトピアまで一飛びに行けるのだろうか。

 そうなってくると、あまりにも魔法的じゃなさ過ぎる。やはりスキルの類なのだろうか。


「しかしまあ、カコトピアに行く事になるとわね。」

「……? お嬢様、カコトピアには何かあるのですか?」

「――行けば分かるわ。」


 お嬢様にはそう流されてしまった。だけど俺は知っている。こういう言い方をする時は大体、嫌なものがこの先に待っている時だ。

 しかも恐らく、そう簡単に解決できないような面倒事に違いないだろう。


「それじゃあ、出発は明日。ヘルメスさんとアルスは正面から入国して、入国許可証をもらうように。ついた連絡が届き次第、私とディーテさんがカコトピアに向かう。それで構いませんわね?」


 全員が頷いた。こうして、俺達の旅の目的地は、閉ざされた国カコトピアに決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る