5.冒険をしよう

 一悶着はあったが、取り敢えず問題は解決した。後は向かうだけだ。

 日も暮れてきたし宿を探そうとしたところで、泊まっていくようにヘスティアさんに言われた。あまりにも押しが強くて断る事はできなかった。

 翌日にディーテと一緒にお嬢様の下へと参じる予定で、今日はその為の前準備である。

 どうすれば天使王に会えるのかも、その時に聞けば良いことだ。どうせお嬢様も聞くのだから、説明を二度手間にする必要はない。


「やあ、アルス。夜風に当たってどうしたんだい?」


 オリュンポスの庭から空を眺めていると、ヘルメスが後ろから話しかけてきた。


「……思えば、お前がいなければ俺は死んでいたかもな。」


 俺は何度もヘルメスに助けられてきた。学園へ向かう時、初めてカリティと遭遇した時、カリティを倒した時、そして――今も。

 ヘルメスは見返りも要求せずに、友人としていつも俺を助けてくれた。


「それなら感謝してくれよ。そして、出世払いでまとめて返してくれ。冠位になるんだろ?」

「なるさ。お前にはそれ以上の恩があるってだけだ。」

「やめてくれよ水臭い。僕は、君と冒険がしてみたかっただけだ。」


 冒険者が、冒険者と言われるようになったのはダンジョンの影響が大きい。ダンジョンの中を冒険して帰ってくるわけなのだから。

 だから逆に言えば、ヘルメスみたいなダンジョンに入らない冒険者から、冒険という言葉が出てきたのは意外だった。


「……言ったことがあったっけ。僕は大体十年前、丁度君ぐらいの年齢の時に、パーティを組んでちゃんと冒険者をやっていたんだ。」


 それは意外な事である。少なくとも、今のヘルメスの活動スタイルとは真逆だった。


「最高の仲間と、最高の冒険をした。今でもあの時の冒険は夢に見る。だけど色々あって、パーティでの冒険はできなくなってね。」


 冒険者は、命を元手に稼ぐ仕事だ。つまりは緊迫感が他の仕事とは全く異なる。

 追い詰められた人は、いつもは怒らない事でも怒ってしまう。だから冒険者は酒を飲む奴が長く続けられる。酒の勢いで不和の種を芽吹く前に潰せるからだ。


 色々あって、の部分は聞こうとは思わなかった。

 冒険者が冒険を辞める理由を聞くのは野暮だ。誰か死んだのか、金で揉めたのか、もしくは全く別の理由か。

 少なくとも今も冒険者を続けているのだから、パーティを解散したのは本意ではなかったのだろう。


「それからは君の知っての通り、護衛から討伐、家庭教師、封印に魔道具の作成。何でもやる冒険者として名をあげた。万能者オール・イン・ワンなんて称号を賜るぐらいにはね。」


 二つ名が付けられるのは、冒険者として優秀な証である。自分で二つ名を名乗っている冒険者もいるが、やはり自分で言っている程度ではその二つ名は轟かない。

 ヘルメスのように、他の者には決してできないような唯一性を持つ者だけが、自他共認める二つ名を得られるのだ。


「だけど、それはついでなんだ。」


 ヘルメスは一端の冒険者が求めるような名声を切り捨てるように、いつもの調子の声でそう言った。


「僕は世界の美しい物を、人を、見て回りたかったんだ。その為に何でもできるようにした。」

「それはどうして?」

「そこは……昔の君と一緒だね。取り敢えず世界を広げてみれば、何かが変わる気がしたんだよ。」


 昔、ここに来た頃の俺だろう。

 ヘルメスにも昔の俺みたいに、自分の夢だとかそういうものに悩む時期があったのだろうか。


「そこで君に出会って、君と冒険がしたいなって、そう思ったのさ。」

「何で俺なんだよ。」

「君は僕に似ているからね。」

「え、なんか嫌。」

「ええ……」


 にしても、俺がヘルメスに似ているのか。確かに気は合うが、似ているという風に感じた事はないのだけど。


「ともかく、そういうわけだよ。僕は君の夢の果てを見てみたい。そこに続くまでの冒険を共にしたい。友人として、ね。」


 気を取り直して、ヘルメスはそう言った。


「だって、これまでの冒険も色々あったけど、少しも楽しくなかった、なんて事は言えないだろ?」

「まあ、そりゃあな。」


 苦境の中であっても、その中の日常の一コマはかけがえ無い価値のある物だ。

 例えやりたくない戦いを強いられていても、それに共に立ち向かった経験は得難いものであると深く理解している。


「ちょっとは君に言えない秘密があるけど、それもいつか時期が来たら話す。それに秘密があるのはお互い様だろ?」


 そう言われて、俺は口を噤んだ。

 確かにそうだ。自分が転生者である事を、俺は未だに誰にも話せていない。

 この真実を知るのは、俺とヒカリ、そして俺の中にいるツクモだけだ。


「僕だって話したくない事がある。だけど約束しよう。決して君に不利益を与えるものではないとね。」

「それは疑ってないよ。俺はこの世界でお前を、大体3番目ぐらいに信頼している。」

「一番じゃないのかよ。」


 一番はベルセルク、二番はお嬢様だ。それだけは譲れない。

 むしろ、フランやアースを差し置いて信頼しているのだから、自分でもかなり上に置いていると思っている。


「まあ、僕も君と一緒にいると美人によく会えるっていう下心があるからね。」

「そういうところだぞ。」

「それに僕ができない力技系の依頼が楽で楽で……」

「そういうところだぞ!」


 思ってても言う事じゃない。だから顔は広いくせして友達少ないんだよ。


「というか美人っていうならオリュンポスにも多いじゃないか。アルテミスさんとか、アテナさんとか。」

「その二人だけは絶対にないね。見慣れた顔なのもあるけど、何より虎穴に入ってまで虎子を愛でる趣味はない。」


 つまり殺される、と。アテナさんはともかく、アルテミスさんなら本当にやりかねない。

 ヘルメスは行動の落差が激しいから、仲は良いのに嫌われている、なんて事が多い気がする。


「僕は結婚とかはできそうにないからね。せめて女遊びぐらいは許して欲しいものだけど。」

「違いない。俺もお前も、人に愛されるにはねじ曲がり過ぎてる。」


 ああ、確かに。そう考えれば似ている。俺とヘルメスは致命的なまでに、根幹がねじ曲がっている。


「戻ろうぜ、アルス。明日は早い。」

「ああ……そうだな。」


 俺とヘルメスは一緒にクランハウスの中へ入って行った。


 その日はそのまま、特に何事もなく眠りについた。まるで嵐の前の静けさのように。

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