7.栄える街の違和感

 カコトピアは、入国を制限する前は幸せの群島と呼ばれていたらしい。

 三つの国で産業を分け、協力し合う事で栄えていたそうだ。過度に豊かではないが、全員が幸せに暮らせる島だったらしい。


 しかし出入国に制限をかけるようになってから、その島の情報は外に流れにくくなった。

 今は学者以外は入国ができず、現地民も許可を得なければ外に出れない。正に鎖国の状態に近い。

 逆に言えば、学者ならばカコトピアに入れるのだ。


「やあやあ、僕達は魔法的な観点で近辺の島を調べていてね。遺跡調査と海底の調査が滞在の理由でね。」


 本物の、リラーティナ公爵家から発行された書状を渡しながらヘルメスはそう言った。

 渡した相手は渡航者を取り調べる関門の衛兵である。


「僕はグレゼリオン王国で考古学者をやっているヘルメスだ。だけど古文書を読み漁るばかりで、魔法には疎くてね。そんなわけで賢神の一人であるこの人と、護衛も兼ねて一緒に調査する事になったんだよ。海底に行くなら海の魔物と戦う可能性も――」

「ええい、身の上話をそこまで言う必要はない。次、同行する魔法使いも入国理由と名前を述べろ。」


 ヘルメスの言葉を遮って衛兵は俺にそう尋ねた。

 このやり方はヘルメスがよくやる。相手が喋る前に一方的に話していると、聞く気が失せるから深く突っ込まれにくいらしい。


「アルスだ。グレゼリオン王国に属する賢神でもある。証明できるものを見せてもいいけど、見るか?」

「いや、俺に見せられても分からん。それにリラーティナ公爵家から書状を頂いているなら、きっと優秀なのだろう。通っていいぞ。」


 そうやって呆気なく、俺とヘルメスは門を越えた。これならむしろ、船旅の時間の方が長かったまである。

 出入国が制限されてるだけあって、転移門はないというのも大きい。

 いや、鎖国していなくても転移門は置けないか。世界最大の国家であるグレゼリオン王国でさえたったの5つしかないんだ。そんな費用を捻出するのは難しいだろう。


「よしよし、取り敢えず入国は成功だ。アルス、ディーテ達に連絡を頼む。」


 俺は街並みを眺めながら、伝達用の魔道具に魔力を流す。

 魔力を感知されるのを恐れて機能は最低限で、小さなガラス玉に魔力を流せば対となるガラス玉が光るというものだ。伝達できる情報が少ない分、遠くまで確実に届く。


「それじゃあ僕らも鐘があるらしい所へ向かうとしようか。少なくとも今日中につかなくちゃ、二人に怒られてしまう。」


 予定としては、今日中に一つ目の鐘を鳴らして翌日に二つ目、その次の日に三つ目の鐘を鳴らして直ぐに変えるというものだ。

 そのため、移動の手間も考慮してディーテとお嬢様は直接一つ目の鐘の場所に転移し、そこで合流することとなっている。


「まずは地図を手に入れないとな。地図さえあれば、行けるんだろ?」

「勿論さ。あ、丁度あそこに本屋があるよ。そこで調達して行こう。」


 ヘルメスが指をさした先には特に目立つ所もない、普通の本屋があった。俺達は当然、そこへと足を運んだ。


「すまない店主、この島の地図は売っているかい?」

「地図を探しているってことは……外国人か。それならそこの本棚の、下の段のやつが安いし分かりやすいぞ。」


 ヘルメスが奥のカウンターに座る男に聞くと、そう返って来た。


「いや、分かりやすくなくていいんだ。僕は考古学者でね、極力詳しく書かれた地図が嬉しい。」

「そうだったのか。それなら、そこの一番上の分厚い奴にするといい。値段は張るが、学者がしっかり作ったものだし出来はいいはずだぞ。」


 言われた通りにヘルメスは本を抜き、そしてザっと流し読む。

 俺は見た所で良し悪しなど分からないので、この店に並ぶ本を適当に見ていた。


「そうだね、これを買おう。いくらだい?」

「150ルドだ。」

「わかった……ちょっと待ってくれ。」


 ヘルメスはカウンターに本を置いて、財布の中身をまさぐり始める。


「そう言えば、この島へは調査の為に初めて来たんだけど、いい国だね。店主みたいに温厚そうな人が多いし、それでいて活気に溢れている。」

「そりゃどうも。最近は国の指針が上手くいっていてね。そのおかげで懐が潤ってるんだ。」

「へえ、そうなのかい。そう言えば調査のために北の方にある森林地帯へ向かう予定なんだけど、何か注意をしておいた方がいいことってあるかい?」


 ヘルメスの問いかけに、店主は合点がいったような顔をした。


「ああ、そりゃ正確な地図が必要だわな。あそこは危険な魔物が沢山出る。ここの人で寄り付く奴なんていねえ。行くなら十分に対策を練りな。」

「ハハハ、だけど僕には優秀な護衛がいるから大丈夫だよ。ただの危険な魔物ぐらいなら、どうにかしてくれる。」


 ヘルメスはやっと硬貨を出し終え、本を手に取った。急いでいるのもあって、直ぐに店の外へと足を向ける。


「ありがとう、店主。また機会があれば来るよ。」


 そう言ってヘルメスは店を後にし、俺もそれに続いた。

 ヘルメスは歩きながら買った本をパラパラとめくっている。だけどその歩く方向は定まっており、迷いなく街道を歩いていた。


「……どうやら、事前にディーテから聞いていた情報と照らし合わせるに鐘は森の中央辺りにあるらしい。」

「どれぐらいかかりそうだ?」

「今からぶっ通しで歩いて、明日の朝かな。どうやら森に着いたら走った方が良さそうだ。」


 流石にそうか。むしろ走ったら間に会うのだから、問題はほとんどない。

 問題にすべきは魔物の強さの方だ。できれば直ぐに倒せる程度の魔物じゃないと、今日中につくのは難しくなる。


「なんだかんだ言って都市に近いから、いても危険度6ぐらいの魔物しかいないみたいだよ。」

「それなら大丈夫そうだな。」

「……そうだね。」


 ここまでは至って順調であるのに、ヘルメスの声は暗かった。


「どうした、ヘルメス。気になる事でもあるのか?」

「……いや、何だかおかしいなって。」

「おかしい?」

「この国が、。」


 そう言われて、俺は街を見渡す。

 確かに、この街の様相はグレゼリオンと比べても遜色がない。それほどまでに発展している。

 しかし国交を制限しているカコトピアが、果たしてこのレベルまで国を成長させられるのだろうか。

 無理とは言わない。だが、難しいのは確かだった。


「もしかしたら、何か裏があるかもね。一応は警戒しておいた方がいい。」


 俺は、ヘルメスの言葉に頷いた。

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