39.生存欲
俺は魔力が切れたせいで立ってるのもやっとだ。しかしもうこれで終わりである。
肩から脇腹にかけて、真っ直ぐと傷が入っている。出血量から考えても、もうカリティは助からない。
「血が、血が血が血が血がちがちがちがちがチガ!」
自分から流れる血液を見て、狂ったようにカリティは叫ぶ。
「おかしい! ありえない! 死にたくない! 何で俺がこんな目に!」
両目からは溢れ出すように涙を流す。胸からついていた魔道具が落ちた。
実はあの魔道具は頑張れば無理矢理外すこともできた。フランなら一瞬で外せる程度の癒着しかない。
つまりアレが効くのは、スキルに頼り切って本人が物凄く弱い場合に限る。
「痛い、痛いよ! 誰か治してくれよ!」
無論、治してくれる奴なんてこの場にはいない。外道につける薬なんてこの世には元々一つだってあるものか。
のたうち回るカリティを、ひたすらに冷めた目で俺は見ていた。
「……フラン、二度目は打てるか?」
「いや、無理だ。もう腕も動かない。」
「そうか。じゃあ、このままちゃんと出血多量で死んでもらわなきゃな。」
俺のその言葉に反応して、カリティは俺を悪魔を見るような目で見た。
「嫌だ死にたくない! 俺は、こんなところで死んでいい人間じゃない!」
カリティの付近に額縁が現れる。カリティはその額縁の中に、這いずり、体を沈めていく。
無論、それを止めるようにカラディラとジフェニルは動いた。
「近付くな!」
しかし傷は深くともカリティのスキルは健在である。鎖で二人を寄せ付けない。
「俺は、組織で治療してもらう。そうして必ず、お前らを殺してやる!」
「シャヴディヴィーア、逃げられるぞ!」
シャヴディヴィーアへとそう叫ぶ。
俺はさっきので魔力を使い果たした。シャヴディヴィーアに頼るしかない。
ここでカリティを逃せば、次に倒せる保証なんて欠片もない。
「いや、もう間に合わないよ。それに私も力を使い過ぎた。」
「そんな……」
これだけやって、これだけの人を揃えて、逃げられるのか。ここまで追い込んだというのに。
嫌だ、それだけはまずい。ここでこいつだけは、確実に殺さなくてはならない。
「お前ら如きに俺が殺せるか! 絶対に後悔させてやる! 俺はあんなに、やめとけって言ったんだ!」
そう言って、血を流しながらカリティは額縁の中に入っていった。
「畜生!」
俺は地面へと拳をぶつけた。
悔しいなんていう次元に感情はない。やってしまったという、まるで犯罪を犯したかのような罪悪感に近かった。
本当に詰めが甘い。二度目は今回のように上手くはいかない。次は絶対に、一人ずつ油断なくこっちを殺してくる。
そうすれば終わりだ。カリティは一人で勝てる相手ではない。これは実質の敗北だ。
「……で、ヘルメス。君の策を聞かせてくれるかな?」
そんな中でシャヴディヴィーアは急にそう言い始めた。
後ろから二つの額縁を持ちながらやって来たヘルメスは、悪戯がバレた子供のように笑った。
「何だよ、僕の良い所を持っていかないでくれよ。」
ヘルメスは俺の横を通り過ぎ、手に持つ二つの額縁をカリティが入った額縁に重ねた。
「シャヴディヴィーア、後は頼む。」
「――ああ、なるほど。分かった。」
その重ねられた額縁はシャヴディヴィーアが触った途端に全て真っ白に染まって、灰となって風に飛ばされていく。
「言ったろ、カリティを倒す策はあった。」
ヘルメスの言わんとすることが分からなかった。あんな額縁を今更壊したところで、意味などあるまい。
「転移魔法の原理は知っているだろう。それなら、先に移動先の座標を決める理由は?」
「それは、中から出口を作るのが難しいからだろ。」
俺はそう答えた。
「それと一緒さ。カリティは必ず、出口を作ってから移動していた。つまりあいつは中から移動用の額縁を出せないのさ。」
朧気な意識の中、カリティの言葉を思い出す。
確かにあいつは、三つまでしか同時に出せないと、そう断言していた。
「そしてその出口はさっき、全て壊れた。」
ここまで言われてやっと、ヘルメスの考えることを理解した。
ヘルメスは元々、物理的にカリティを倒すことを目的としていなかったのだ。
「そんなわけで、出入り口はこれで全て封じた。あいつは二度ともう、この世界に帰って来れない。」
ヘルメスのその言葉に、安心して地面に寝転がる。
終わったという安堵感で力が抜けると同時に、本当に終わったのかという疑念が俺の頭を支配する。
例えばあいつが三つと言っていたのが嘘だった可能性、加えて言えば、そもそもの推測が違って中からカリティが抜け出せる可能性だってある。
「いいや、これで勝ちだよ。私に流れる神の力を使えば、あいつの能力ぐらい分かる。」
そんな俺の疑念を知ってか知らずか、シャヴディヴィーアはそう言った。
「だから休みな。フランとアルスは、力なんかもう残ってないだろ。」
お言葉に甘えて、俺は意識を少しずつ落としていく。
薄れゆく意識の中、こっちへと走って来るティルーナの姿を見た。その姿を見てやっと、俺達は勝ったのだと、そう思えた。
カリティの移動用の額縁。その原理は『額縁の世界』という独立した世界を介し、額縁という出入り口を使って移動するものである。
その汚れたパレットのように、多様な色が入り混じれた空間に取り囲まれた不気味な世界で、カリティは地べたを這いずっていた。
「傷は、塞がった……!」
アレだけの大怪我は、もう既に塞がっていた。それでも傷跡は残り、大きな傷み消えない。
しかし、死なない。死ぬよりかはマシだ。
『生存欲』のカリティにとって、生きている事が最も大切な事であった。
「やっぱり俺は、運命に味方されている。丁度、偶然にも回復薬を持っていたのだから。」
それは組織から念の為にと渡されていた物だった。必要ないと適当に服のポケットに突っ込んでいて捨てなかったのが、功を奏していた。
カリティの脳内には、アルス達をどう苦しめるかしかない。
「取り敢えず、組織に行かなくちゃ。あいつらを俺が殺せるように、オーガズムに言わないと。」
そう言って、辛そうながらもカリティは立ち上がる。そして目の前に右の手の平を突き出した。
しかし、開くはずもない。既に出口はもうこの世にない。
それでもカリティは何度も開けようと体を動かし、頭を働かす。それでも、開かない。
「なん、で。」
幾度試しても、幾度やり方を変えても、何度やっても開かない。
「まさか、出口が……いや、それこそありえない。一つは山奥に埋めてあるんだぞ。見つけられるわけが――あ。」
知は力なり。ああ、そうだ。知は間違いなく強力な力である。
だが、強力な力も使い方を間違えれば身を滅ぼす事がある。知ってしまう事が、何より辛いことがある。
「まさか、神帝の白眼、いや、そんな馬鹿な事が……」
祝福眼の一つ、神帝の白眼。その効果は至ってシンプルで、この世に存在する全ての魔眼の力を内包するもの。
それらを駆使すれば、魂の因子を追って、千里眼と転移の魔眼を駆使して山奥に埋められた額縁を探す事だって、不可能ではない。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! そうだ、疲れてるだけだ! 一度眠ればまた開く!」
その言葉は、他ならぬ自分に言い聞かせるものだった。自分を騙すための言葉だった。
だって、自分の思考を認めること、それは――
「だって、そうじゃなければ!」
このままここから出ることができなければ、迎えるのは餓死である。
誰にも助けを求められず、誰にも見つけられず、誰にも気付かれずにただ死んでしまう。
一度考えてしまうと止まらない。カリティの背筋に悪寒が走り、死の足音が背後に響き始める。
「いや、だ。」
人は普通、誰だって死にたくない。
「生きたい、よ。」
カリティも例外なく、生存欲をその身に宿していた。
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