38.フラン・アルクス

 フランは仲間が命懸けで戦う中、ただ後ろから見ていた。いや、観察と言うのが正しいだろう。

 相手の弱点をよく観察し、自分の強みで相手の弱さから攻める。それをフランは師から教わっていた。弱点を突くのは卑怯ではない。弱点を作った奴が悪いのだと。


『ああ、お前から俺に連絡するなんて久しぶりだな。どうした?』


 フランは戦いの前に交わした師との会話を思い出す。


『……極力自分で考えろって言ってるのに、それでもこうして聞いてるのは、相当追い詰められてるってわけか。』


 息を吐いた。自分の師が決定的な答えはくれないのをフランは知っている。だが絶対に、答えへのヒントが必ずあることもまた、フランは知っていた。


『あのなあ、フラン。この世にあるものは何でも、斬れるようになってる。斬れないと思う時があるなら、お前が未熟か、そもそも当たってないか、見当違いの所を斬ってるんだよ。』


 剣を構える。何十、何百と繰り返した構え。しかしそれを一から、再び思い出すように構え直す。


『魚には効率の良い捌き方があるように、相手を斬るにも効率の良い方法がある。だからよく言ってるだろ、観察をしろ。』


 カリティの動きの一挙手一投足を油断なく観察し続ける。

 鎖の動き、額縁の出すタイミング、体の動き、感情の変化。無駄だと思えるような動きでも、全て。


『斬り方さえ分かれば、後はお前が完璧に剣を振るえば必ず斬れる。例えそれがこの星だってな――』


 そもそもらしくなかったのだ。斬れないか斬れるかなど、斬ってみるまで分からない。

 フランにできるのはいつだって、全力で剣を振るうだけ。


「――見えた。」


 カチリと、最後のピースが嵌まった感覚。それと同時にフランは足を前に出す。

 アルスはそれに誰よりも早く気が付いた。


「決めにかかるぞ!」


 アルスの言葉に返答はない。沈黙は肯定、何も言わずとも他の人も行動に移し始める。

 まず最初に動いたのはカラディラであった。

 口元に魔力が集まり、魔法陣が形成される。ブレスが来ると当然カリティは少し警戒した。


「『咆哮ロア』」


 だが、放たれたのは別のもので、カリティはそれをまともに喰らってしまった。

 大気が痺れ、カリティの動きは鈍る。当たっていない他の人でさえも動きを鈍らせる程の大気の振動が響き渡る。

 しかし折角動きを止めた好機を逃さぬように、ジフェニルが大剣と共に走る。


「人器開放『狂式無間灼熱地獄』」


 微かな魔力と共に、焔が走る。黒いジフェニルの大剣には瞬く間に、ヒビのような赤い線が走った。

 灼熱はジフェニルの周辺だけでなく、当人を赤く焦がす。

 そして赤い流星となってカリティの元へ迫る。空中から降り立つ様はまるで隕石のようで、赤き炎は燃え尽きる命のようであった。


「『天上天下唯我独尊』」


 耳が潰れるほどの爆音と、目が焼けるほど閃光、肌を焦がすほどの爆炎。正に必殺の一撃。

 地形を変えてしまうほどの大技であるが、それは――


「クソ、がぁ!」


 カリティを倒すには及ばない。適当に振り回された鎖で、ジフェニルは弾かれて吹き飛ぶ。

 その体は黒焦げているが、まだ十分に生きている。だからそこ構わずに戦いは続く。


「『厳寒星リゲル』」


 シャヴディヴィーアの魔法が放たれた。

 さっきまでの暑さが嘘のように凍える。気温が一気に下がる。カリティは氷漬けにされていた。

 これならば、と一瞬は思うが、この程度で倒せるなら苦労はしていない。


「……やっぱり、詠唱破棄じゃ時間稼ぎ程度か。」


 シャヴディヴィーアのその呟きと同時に、氷は直ぐにヒビ入り、大きな音を立てて割れる。

 だが、それでも十分。その時間稼ぎで、アルスは準備を終えていた。切り札への準備を。


「『雷皇戦鎚ミョルニル』」


 炎と雷を纏う戦鎚を、アルスはその手に握る。

 しかしそれが自分を吹き飛ばす程度の性能しかない事を、カリティは知っていた。警戒は薄い。

 それでもアルスは構わず魔力を回す。その賢神の中でも遥か上位、いや、今や世界トップクラスにも位置する魔力の全てを。


「――全身全霊を、この一撃に。」


 雷が弾ける。炎が暴れ狂う。カリティは本質的に恐怖した。アレをまともに喰らうのは良くないと。

 アルスとカリティの間に無数の額縁が生み出される。

 しかし、最早アルスの前でこれはただの薄っぺらい紙のようなもの。足を留めるには至らない。


「『最後の一撃ラスト・カノン』」


 雷が、落ちた。


 耳を劈くような轟音と、周囲の大地を焼き焦がす純粋なエネルギーそのものが叩きつけられる。

 たった一瞬、時間にしては一秒も経たないような攻撃であるが、その威力は街一つを滅ぼすに十分な効力を持っていた。

 額縁など障害にもならず、その木片すら残らずに全て消えていた。


「この程度で、俺が死ぬかよ!」


 ――それでも、カリティを倒すには至らない。


「ああ、そうだと思ってたぜ。」

「は?」


 アルスは殆ど魔力が尽きた体を闘気だけで無理矢理動かして、そしてそのカリティの心臓部に一つの魔道具を押し付ける。

 それは正六角柱の金属でできた魔道具だった。


「何だ、これ。スキルが……!」


 ヘルメス特製の封印の魔道具。魂が最も近い心臓部に直接接着させる事によって発動可能な代物である。

 アルスの全力の一撃すらも、この魔道具を取り付ける為のただの布石に過ぎない。


 その魔道具の効果はスキルを封じるというもの。

 しかし封じられるのは鎖と額縁を生み出す能力だけ。方向を絞って封じるのが限界であった。

 更に言えば、長期間に渡るものではない。特にカリティ程の魂を拘束し続けるなら、時間制限はたった二十秒。

 これを使った後、二十秒以内に決着をつける必要があったのだ。


「――原初の憧憬、」


 そう、正にこの時のように。


「久遠の夢、終点の更に果て。」


 フランは一歩ずつカリティへと迫る。まだ壊れていなかった鎖や額縁をカリティはぶつけようとするが、シャヴディヴィーアが全てぶつかる前に壊す。

 フランが想像するは究極の一。ただ研ぎ澄まされ、完成された、万物を切断するを可能にする一。


「悠久の彼方にて、待ち望む刹那へと。」


 その遥か遠き夢は今、フランの目の前にあった。


「ま、待て! やめろ、近付くな! どうせそんなもの効かない! 俺には今まで誰も傷をつけられなかったんだぞ!」

「我が剣はこの手に、理想は記憶の中に、夢想はこの肉体に。」


 カリティは後退るが、足を取られてその場に転ぶ。


「だから無駄だ! やめろって言ってるだろう!?」

「今、神の雷霆を凌駕し、万象を手の平へ。」


 フランは剣を振り被る。なんともないような、普通の動作。それがやけにゆっくりと、美しく感じた。

 たった一瞬、それがまるで永遠と引き伸ばされたかのように感じて――



「やめ――」

「『征霆森羅せいていしんら』」



 究極の一は今、振り下ろされた。

 その一撃は正に、フランが幼き頃に憧れた理想の剣そのもので、であれば、斬れぬものなど存在するはずもなかった。


 鮮血が舞う。血が流れる。カリティが戦場で、初めて血を流す。


「カリティ、俺達の勝ちだ。」


 フランはカリティの前で、鞘に剣を収めながら力強くそう宣言した。

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