21.命を拾え
「全てを救おうだなんて、馬鹿の考える事だ。この世には生き残るべき人間がいて、同時に死ぬべき人間がいる。」
フランが、血を噴き出して倒れる。血の量は尋常ではない。当然だ、心臓を貫かれたのだから。
「お前達は、傲慢にも全てを守ろうとした。それが失敗だ。」
カリティは偉そうに、そう言い放った。
俺は右足を前に出す。そうしたらもう、気付かぬ間にもう片足が出た。足が速まる。頭の中を無数の記憶が駆け巡る。
「カリティッッ!!!」
「うるさいって言ってるだろ。たかが人が死んだだけだぜ。」
右手には
剣を振り下ろそうとしても、その右手は鎖に引き留められる。俺は剣を逆手に持ち替え、カリティに突き刺すが効果はない。霧散して消えるだけだ。
思いつく限りの魔法を撃つ。炎の刃、炎の槍、氷の結晶、鋭い風、轟く雷、効かない、効かない、効かない。
「本当に愚かだな。所詮は人形だ。いくら人の振りをしても、いざという時にボロが出る。冷静や優雅さ、気品なんて欠片も感じない。」
殺す、こいつは殺さないといけない。こいつは絶対に殺さないといけない。例え俺の全てを失う事となったとしても、こいつだけは絶対に殺さなければならない。
「正に
身体中を鎖で拘束される。体が動かない、魔力が出てこない、俺の闘気ではこの鎖を振り払う事は叶わない。
「『
「あ、今なんて?」
鎖は全て白くなって、
「は?」
ああ、やろうとも。こいつを殺せるのなら、それこそ文字通り神にこの身を売り渡したって構うものか。
「『束縛の絵画』ッ!」
「『
俺はカリティの目の前に現れた絵のない額縁だけのそれを、白く染まった右腕で殴りつける。俺の右腕は容易にその額縁を壊し、そしてそのままカリティの顔面を捉えた。
カリティはそのまま、後ろに一メートルほど吹き飛ぶ。
「そ、『束縛の鎖』ッ!」
俺が追撃を加えるより早く、鎖が俺の体を貫いた。一つや二つではなく、いくつもの鎖が身体中を。
「な、何だ……ビビらせやがって。全然痛くないじゃないか。まさか俺の鎖を殺せるだなんて思わなかったから、動揺し過ぎてしまった。この世に、俺に傷をつけられる奴なんて存在しないのに。」
途切れそうになる意識を無理矢理繋ぎ止める。動きを止めそうになる体に、必死に信号を送り続ける。
それでも俺の体は、動くことはない。この、呪われた魂の願いを叶えてくれない。
「それじゃあ、死ね。お前だけは、俺の手で殺さなくちゃ気が済まない。」
カリティが俺へと手をのばし、手のひらが俺の顔の前で止まった。
「さようなら。」
「――断るね。」
目の前の景色が瞬時に切り替わる。隣を見れば血を流し続けるフランと、顔を下に向けるヒカリが映った。
前を見ればそこには、ヘルメスが立っていた。
「遅くなってすまない。」
俺はふらふらになりながらも、なんとか立ち上がる。魔力はまだ一割も減ってない。闘気は、大して余裕はないが戦うのに十分である。傷には魔法の特性上、耐性がある。
「……チッ。どうせ結果は変わらないってのに、何でそんなに俺の邪魔をする。意味がないってのが分からないのかなあ!」
「それは、こっちの台詞だ。」
ヘルメスの言葉に合わせるようにして、空から青き竜が走った。まがい物の竜を地面にたたき落とし、その上に力強く立つ。
一度もその姿は見たことがないが、本能的に理解した。あの竜はカラディラだ。
「もう君の敗北は確定した。さっさと引けよ。」
「心底、お前達は腹が立つね。きっと碌な人間じゃない、いや碌な人間であるはずがない。」
ヘルメスの安い挑発を受けて、面白いようにカリティはキレ散らかす。
「だけどもういいよ。全部許す。その剣士も、その魔法使いも、どうせその血の量じゃ死ぬだろ。」
苛立ちながらも、カリティはそう吐き捨てて巨大な額縁を自身の付近に生み出した。
「目的は、果たした。」
鎖が巻き尺のように引き戻されていき、その先端に縛られていた絵をカリティは掴んだ。
その絵は、明らかにティルーナの姿そのものであった。
「ヘルメス、バフを寄越せ!」
返事はなかった。だけど、漲る力がその答えを示した。
いつ、どうやってティルーナが連れて行かれたかなんてのはどうでもいい。全力で取り返さなくてはならない、というのが全てだ。
「じゃあね、今度はちゃんと殺してあげるよ。」
「『
俺の魔法は、空を斬った。額縁の中にカリティは入って、そのまま額縁は消えてなくなった。
「ふざ、けるな。」
フランも、ティルーナも、俺は守れなかった。
「ふざけるなァッ!!!」
俺は何も守れなかった。
アルスは気を失った。そのまま出血を続ければ、きっと命はないだろう。
フランは心臓を止めた。そもそも、内臓の損傷が激し過ぎる。助かる傷では決してない。
ティルーナの治療を受けていたはずの兵士達の姿はとうにない。3人ほどの死体を残して、それ以外の全員が消えていた。
「私の、せいだ。」
「君のせいじゃない。」
ヒカリのぼやきをヘルメスが瞬時に否定する。
「私が、あんな事を、しなければ……」
「たらればなんて、意味があるものか。それに僕らはまだ、負けちゃいない。」
ヘルメスは懐から小さな杖を取り出した。大きさは大体、指先から肘程度のものだ。その杖には二匹の蛇が絡みついていて、先端には小さな二枚の翼がある。
その杖は地面に突き刺されると、不思議な膜を張った。青白い真円状の膜が、アルスとフランを覆った。
「人器シリーズ666『ケリュケイオン』。魂に干渉する数少ない人器だ。これがあれば、魂を肉体に繋ぎ止めれる。」
タッタッタッと、街道を走る音が聞こえる。白衣を着た女性、デメテルはそのまま、アルスとフランの所へと真っ直ぐに走ってきた。
「状況を教えてください、ヘルメス。直ぐに治療に取り掛かります。」
「呪いなどはなし。出血が多量で、この通り魂は抑えている。後は見たままさ。」
デメテルは頭の天辺から、つま先まで見て、地べたに座り込む。
「治せるん、ですか?」
ヒカリはデメテルにそう尋ねる。デメテルは一瞥をくれて、その後に両手に手袋をつける。
「私は、死んでいなければ何だって治してみせる。そこで見ていなさい。」
当代最高位の癒し手である証明、聖人の称号は伊達じゃない。
教会が擁する数百万の癒し手達の頂点に立ち、その座を何年にも渡り守り続けているのだ。
「『
故に彼女は証明してみせる。二人の生存を。
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