20.残酷なまでの現実
大きく息を吐きながら、魔力を練る。
まだティルーナからの
「『
ただ、援軍がいるという意味では心の余裕は大きい。ヘルメスは必ず来る。そうすれば状況は好転する。
他力本願ではあるが、俺ではこの状況を打破できないということは事実だった。
「『雛鳥』」
「邪魔だよ。」
燃え盛る小鳥を出すが、その殆どが片っ端から鎖に貫かれ消し飛んでいく。
そこまでは想定内。元より絶対防御を持つカリティに、こんなもの効果がないと分かっている。だけど、カリティはわざわざ全部壊した。
であればもしかしたら、カリティの防げる攻撃の数には限界量があるのではないだろうか。
試す価値は十二分にある。
「『雛鳥の巣窟』」
十や二十ではない、数百の炎の鳥を全て操作し、そして飛び回させる。
俺の同時展開数の限界、流石にこの量を一気に破壊するのは難しいだろう。加えて、相手にするのは俺だけじゃない。
「四ノ型『竜牙』」
フランは三日月状の闘気そのものを、飛ぶ斬撃として剣を振り放つ。
斬撃は炎の鳥の間を通り抜け、的確に鎖だけを弾く。本体に攻撃するのは無意味なのでしなかった。妨害が主たる目的だ。
カリティの戦い方は極めて幼稚だ。必ず走らないし、わざわざ俺の魔法を全部壊そうとする。どうせ効きはしないのに。
カリティに合理性や効率性というものはない。まるで子供のごっこ遊びのようだ。
「……煩くなってきたな。それに明かりもついてきた。こんなにも長引けば、俺の顔が広く知れ渡る事になる。それは世界にとっては有益な事だ。」
カリティは不意にそう呟いた。
言われてみれば人の話し声が聞こえてきて、通り道には人影があった。住宅の灯りもついていて、二階からこちらを遠巻きに眺める人もいた。
「だけど歓楽欲の奴に顔を知られるなと、そう言われてしまった。俺は約束を守る男だ。しかし俺は今日、その子を連れ去ると決めた。」
「させると思うのか?」
「煩いぞ人形、発言を許可した覚えはない。」
声のした方向の鳥をカリティが破壊する。当然、それは俺ではないが。
「ならば答えは一つだ。この街の鬼を皆殺しにして、お前らを殺して連れ去ればいい。そうすれば当分は仕事だってしなくてもいい。」
ニタリと、カリティは笑った。俺はその獰悪な顔を見て、ただ気持ち悪いと思った。
あれは酔っている。自分の知識と思考に酔って、全てが上手くいくと思い込んだ顔だ。参謀が妙案を思いついた時の知的な笑みと違って、その顔は気色が悪いものだ。
この世界には神が実在するというのに、何故こいつに力を与えたのか。何故もっと正しい人に力を与える事はなかったのか。
「生憎と、手持ちは一つしかないけどね。」
どこからともなく、カリティの手に絵が入れられた額縁が現れる。その絵には竜の姿があった。
「いくら鬼人が人より丈夫だからって、こいつを前には関係ない。」
絵は光り輝く。その絵の中にいたはずの竜は、実体を持ち始めて確かな魔力を手に入れる。
種族としての竜とは違う、魔物に分類される紛い物。それであっても、魔物の中では最上級の実力を持つのには相違ない。
竜の叫びが、辺りへ響く。
そこでやっと、見物人達も逃げ惑う姿が見えた。
竜が如何に恐ろしいかなど、竜の国とも揶揄されるこの国の住民が世界で一番知っている。身体能力と魔力、どちらをとっても人が敵う要素はないのだ。
しかもそれを、俺達はカリティを相手にしながら戦わなくてはならない。
「アルス、来るぞ。」
「無理ゲーにも程があるだろ!」
ドラゴンは大口を開け、そして口元に魔力を集める。古来よりドラゴンの必殺技と来れば、たった一つしかありはしない。
赤い灼熱の炎が、砲撃のようにしてティルーナ達へ向けて放たれる。
俺は雛鳥を消してドラゴンの前に立ち塞がる。ティルーナの方が結界は得意な気はするが、今は治療に専念している以上、俺が張るしかない。
「『
炎は結界にぶつかり、それを貫けずに横へと流れていく。しかし簡単にはやめず、ドラゴンは正面から破壊しようとブレスを吐き続ける。
時間がかかれば、当然ながらカリティはこっちへと矛先を向ける。
「『絶剣』」
「チッ! またお前か!」
放たれた鎖をフランが再び弾いたが、このままではジリ貧だ。戦えば戦うほど不利になる。
このドラゴンを迅速に処理する必要がある。だが、どうやってカリティの手をかいくぐってドラゴンを倒せるというのだ。
「『
俺はブレスが収まった瞬間に前へ出て、そして正面から竜へとぶつかる。流石はドラゴン、鱗を焦がす事さえもできない。
そもそも冒険者がパーティ規模で対応に当たるのがドラゴンだ。個人で戦うには分が悪い。
「その翼、もいでやるよ。」
カリティはその隙を突いて、俺の右の翼を鎖で貫く。そしてその鎖はそのまま、俺の右の翼に絡みつき始める。
あの鎖は魔力を封じる。そう知っていたので、即座に変身を解除して人間体へと戻った。
だが右腕に痛みは残る。肌を血がつたう感覚が確かにあった。回復魔法を少しかけるが、専門でないのだから効果は低い。
「一ノ型『豪覇』」
「鬱陶しい。」
フランは鋭くカリティへ一撃を叩きこむが、カリティはそれを無視して鎖を横に払う。鎖を腹に喰らったフランは、そのまま後ろに数メートル飛んだ。
受け身は取れたが、こっちからかなり距離が離れる事となった。
「諦めろよ、どうせ全員死ぬんだ。これ以上に足掻いたって時間の無駄だろ。俺は無駄が嫌いなんだ。無駄なことをさせないでくれよ。」
魔法を発動しようとするが、鈍い痛みがそれを邪魔する。
俺は大きく息を吐いた。感情を隅に追いやり、魔法だけに意識を集中させる。鮮明なイメージを途絶えさせてはならない。
「――聖剣顕現ッ!」
カリティの背後から、声が聞こえた。黒髪の少女が白い剣を振り上げ、白き光を伴ったその剣を振り下ろした。
「……誰だい、君は?」
カリティは後ろをゆっくりの振り返る。勿論の如く、その体には傷一つなかった。
「逃げろ、ヒカリ!」
「俺の邪魔をするな。」
その距離はいつもなら近いが、カリティを前にしてはあまりにも遠い。カリティが攻撃を行うまでに俺が辿り着ける場所ではない。
それに俺がここからどけば、今度はティルーナの命がない。
「無銘流奥義六ノ型『絶剣』」
フランはヒカリへと鎖が当たる寸前に、ギリギリ間にヒカリを押し出しそれらを弾く。
「惜しいな、勿体無い。」
次いで放たれた鎖は、フランの胸部を貫いた。
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