19.正規兵
俺とフランが前に出て、後ろからティルーナが支援魔法を飛ばしている。
カリティはさっきより更に苛立った表情で、頭を掻きむしっていた。だけどそれは人数不利を嫌ってではなく、負ける事への焦りは微塵も感じられない。
「お前は、剣士か。いくら夜だからって抜き身の剣を持って徘徊してるとか、随分と頭がおかしいんじゃないかい?」
そう言われても、フランは何も返さない。必要のない会話を、フランはするつもりがなかった。
「だけどまあ、俺の体を浮かせられる程の剣士だ。全っ然痛くなかったけど、俺もそれぐらいなら許してあげよう。お前は、そこの人形に比べれば美しい。」
それでも、とカリティは言葉を続ける。
「許すのは俺に剣を向けた事だけだ。俺を斬り付けたのに、まさか許されるわけないよね。」
カリティは口元を歪めた。俺は反射的に魔力を練り、魔法を行使する。
あいつに余裕を与えてはいけない。直ぐに苛立つ様子からして、恐らく今まで苦戦という苦戦を強いられたことがないのだろう。相手に余裕を与えなければ、自然とあいつは苛立って攻撃は雑になるはず。
ならば攻撃こそが最大の防御だ。相手に冷静さを欠かせるのが、俺達が勝つための最低条件と言っても良い。
「『
燃え盛る炎の剣と共に、大きくこの体を前に出す。親父が作り出した魔法の極地、俺の最強の切り札。
「眩しいって、さっきから言ってるじゃないか。人の話は一回で聞けよ。」
それを以てしても、カリティには傷一つつかない。
思わず歯軋りをしてしまう。俺が積み重ねたどんな魔法も、カリティに及ぶことはない。いくら分かっていたとしても、これほど悔しい事はない。
だが感情を出してはいけない。怒りは魔法を狂わせ、冷徹さは魔法に確たる輪郭を与える。この場において最重要事項は誰も死なない事だ。本義を見失ってはならない。
カリティは接近した俺を殺そうと、鎖を乱雑に振り回すが雷になる俺を捉える事はできない。
だけど掠りそうな攻撃はいくつもあった。もしもこれを熟練の戦士が扱っていたのなら、そう考えるとゾッとする。
そもそもおかしな話なのだ。こんなものは人の力から遠く離れているし、明らかにズルすぎる。
確かに世界は不平等で理不尽であるが、必ず得る力には出所があって構成される理論があって、然るべきである。カリティのスキルを得る為の条件が、簡単あるはずがないのだ。
「考えてる余裕はないかっ!」
続け様に放たれた鎖をまた避ける。単調な攻撃だから、パターンがまだ読みやすい。
「無銘流奥義二ノ型『天幻』」
ティルーナへと迫る十数の鎖を、ほぼ同時に分裂した刃がはたき落とした。
俺にあの鎖を弾くのは難しい以上、俺の役割はカリティの撹乱だ。カリティの近くで視覚的な妨害を打ち続け、そしてダメージを喰らわないことが最重要である。
「――街中で何をしている!」
背後から聞こえた声に、ピタリと鎖が止まった。それに合わせて俺とフランも大きく下がって距離を取る。
振り返ればそこには、防具と武器を持った鬼人の集団があった。数は十人ほどで、恐らくは正規兵であるだろう事は予測がつく。
援軍と喜びたい所だが残念かな、どう見ても一瞬でカリティに殺されるような奴らだ。こいつらが束になってもフラン1人に敵うまい。
「逃げろ、相手は名も無き組織の幹部だ! そっちまで守る余裕はない!」
大声で簡潔に言葉を飛ばす。足手まといを十人連れて戦えるほど、俺は強くない。
「異国のものが我々の事情に手を出すな! そうやって手柄を持っていくつもりなのだろう!」
「手柄!? お前、この状況で何を――」
「うるさい! 人間など信用するものか! ここは我々、鬼人族だけで戦う!」
何を言っているんだ、こいつらは。
「広がれ! 十人同時に襲いかかれば、いくら幹部とてどうしようもあるまい!」
兵士たちはリーダー格の男の命令に従って、大きく広がり始める。呆気に取られて、止めるのも間に合わない。
だってそうなってしまえば、結果なんて日を見るより明らかだ。
「『
「目眩しは二回目だ。もう慣れた。」
俺の魔法の深い霧がカリティを覆い尽くすが、前に『炎幕』を打った時と同じように鎖を動かして霧は払われる。
そして霧が晴れれば、
「あぁ、愚かだ。」
鮮血が舞う、肉片が飛び散る、叫び声が響く。自分を守るのに精一杯だった俺は、それを防ぐことなどできなかった。
「手柄の為、財産の為、権力の為、どれもくだらない。全て生きていての物だ。必死に生にしがみつき、前を向くものを俺は美しいと定義する。」
血の気が引く。自分の体が、自分の体でないような錯覚に陥る。俺の網膜には、夥しい量の血液を流しながら体を引き裂かれた五人の男と、それを愕然と眺める五人の男が焼き付けられていた。
俺は守れなかった。また、あの時と同じで目の前で人を殺された。同じような夜、母親が殺された時と同じで。
「だからお前達は醜い。死ぬなんて欠片も考えず、生きる努力をしなかったんだから。それは何より見るにたえない。だから、即刻に俺の前から消えてなくなるといいさ。」
何が正解だった。何が間違いだった。俺は、一体、何を――
「に、逃げろッ! 化け物や!」
「待て、待ってくれ! あいつは、あいつは置いていくんか!」
「死んだに決まってんやろ! あの血の量で生きてるわけないやないか!」
兵士たちは仲間内で言い争う。それをカリティは、ただ不機嫌そうに眺めていた。
「アルスさんッ!!!」
呆けている俺をティルーナが、肩から揺さぶる。ハッと正気に戻り、そしてやるべき事を思い直す。
あの時とは、違う。ここにはティルーナがいる。腕の立つ癒し手がいる。未だ死んではいないのだから、生き残る可能性はある。
「『
「させると思うかい?」
俺は魔法を使い、こっちに倒れる兵士を引き寄せる。それをカリティは鎖で妨害しようとしてくる。
「六ノ型『絶剣』」
ただ鎖が兵士を貫く前に、キィンという高い金属音が鳴った。そして鎖はまるで何かにぶつかったように、全てが大きく弾かれた。
どうやったかは分からないが、フランがやったのだろう。
「……すまん、間に合わなかった。」
「今、お前を責めれる奴がいるかよ。」
これに悪い奴なんているものか。全員が必死に戦っている。だというのに、どうして仲間を責める事ができようか。
いるとしたら、間違いなくカリティだけだ。こいつが全ての諸悪の根源である。
「ま、待て! こいつに何をするつもりや! 勝手な事をするな!」
「私は癒し手です。治してみせます。」
「よそ者の事など信用できるか! 勝手な事を――」
「医者の言う事は、黙って聞きなさいッ!!!」
兵士がごちゃごちゃ言うのを、耳が潰れるほどの大声でティルーナが制する。
「治療を開始します。ここからは全員、私の指示に従ってください。さもなければ命を保障しません。」
兵士たちはティルーナの言葉に黙って従う。誰だって、仲間が死ぬのを良しとするものか。それは異国であっても変わるはずもない。
ならば俺とフランのやる事は決まっている。
「フラン、さっきより荒々しくなるぞ。遅れるなよ。」
「当然。」
ここから先に余裕などない。兎に角、手数で鎖を全て押し返す。俺の魔力を全てを注ぎ込めば、必ず返せるとも。
「もう、いいかい。じゃあ殺すね。」
カリティは俺とフランを見据え、再び鎖を走らせた。
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