38.手を伸ばした先に
「んで、あのクソジジイはどんな風に言い訳したんだ?」
俺は皆が待機していた別室に入るなり、テルムにそう言われた。
「姫様、そのような言葉遣いはいけません。」
「こんなのがあった後なんだから、それぐらいいいだろうが。もうちょっと融通利かせろよ。」
見慣れたそのやり取りを見ると、もう終わったのだと感じて逆にほっとする。
俺は適当な椅子を引っ張って乱暴に座る。先日の戦いで疲労が溜まっていて、あまり体力的にも精神的にも魔力的にも余裕がない。
「残念だな、テルム。言い訳なんかしなかったよ。」
「ちっ、面白くねーの。どんだけ無理のある言い訳をしてくれるかが楽しみだったのによ。」
「ああ。だから、責めるにも責められなかった。」
俺がそう締めくくると、どこか安心したような表情をヴァダーは浮かべた。ヴァダーのクラウンに対する忠誠は本物だ。きっと心配をしていたのだろう。
責めづらかったのは本当だ。最終的に上手くいってしまって、尚且それで反省までしてるんなら、どこを貶せば良いかもわからないし、やるせないだけだ。
それに本当に悪いのはヴァルトニア王と名も無き組織だから、それも責めづらさを加速させていた。
「それで、アルス殿はどうされるのですか? 例えグレゼリオンに帰っても報酬は倍額でお支払いしますが。」
「金はどうでもいい。俺に払う余裕があるなら、国民にばら撒いてやりな。それにちゃんと満期まで働くさ。契約は破棄されていない。」
付け加えて言うなら、ついでにちょっと契約内容を足してきたぐらいだ。このどうもやり切れない気持ちは、働いて返してもらうとしよう。
「俺はテルムに魔法を教える。ヒカリはクラウンから剣を教わる。内乱が始まる前と何も変わらない。」
「いえ、流石に内乱直後では剣を教える余裕はないのでは……」
「世界を滅ぼしかねない兵器を、世界を滅ぼしかけない組織に渡しかけたんだ。むしろ罰則としては安すぎる。」
ヒカリは遠慮するだろうがな。
何故かクラウンは俺に優しいだなんて言ったが、本当に優しいのはヒカリの方だ。あんな目に合わされておいて、クラウンを心の底から憎まずにいられる。
俺には理解できない。例え論理的な正当性があったとはいえ、心の奥底では恨まずにはいられない。
「じゃあ、取り敢えずは魔法は見てもらえるんだな。」
「一回、大舞台で成功しただけじゃ、ものにしたとは言えないからな。そのままじゃ不安で帰れねえよ。」
「いや、もう感覚は掴んだ。絶対にできるね。」
「じゃあやってみろ。」
俺はそう言って立ち上がり、鉄球を宙から取り出してテルムに手渡す。
確かに人三人も浮かせられたのだから、普通に考えればできるはずだ。
「待ってろよ……!」
その鉄球に力を込め始めるが、鉄球は浮かない。動く気配すらありはしない。
「そういうことだ。あの時は極度の集中状態で、ゆっくりとやる時間があったからできたんだよ。いわゆるゾーン状態だったんだ。」
魔法使いはその時のコンディションで力量が大きく変わることがある。例えば告白して振られた直後の魔法使いが、いつもの十分の一の強さも出ない事だってあるわけだ。
それは逆に、状況次第によっていつもより何百倍のポテンシャルを発揮できるという事でもある。
かくいう俺も、やけにあの時は調子が良かった。絶対にやらなくてはならないという強い思いが、魔法のイメージをより鮮明にしていたのだろう。
「マジかよ。じゃあまた振り出しからってことか?」
「感覚を理解したのは確かだから、普通にやるよりは早いさ。後、単純にお前は人を浮かせる方がイメージしやすいっぽいし。」
「んなこと言っても、私一人浮かせるには魔力が足りねえじゃねえか。」
「だから魔力を増やせってずっと言ってるんだ。数ヶ月もすれば十分な魔力量になる。」
テルムはいじけたように項垂れる。
地味な作業が嫌いだからだろう。どんな事であっても最初は地味なんだから、我慢してもらう他はないが。
魔力を共有する魔道具を使って練習してもいいが、あれは使いすぎれば自分の魔力を使う感覚が狂いかねない。それと残り魔力を把握する癖がつけたいから、結局使いたくない。
「お前なら絶対にできる。あんなに高く飛べたんだ。あんなに俺たちの期待に、真正面から完璧に応えられたんだ。俺なんかより、よっぽど王道の魔法使いになれる。」
俺の力は少しひん曲がっている。役には立つが、真正面から戦うにはどうも泥臭い。
魔法使いなんだから、派手な魔法を遠距離から打ちたいもんだ。だというのに、何故か俺は殴った方が強いなんていう特質な魔法をしてしまっている。
隣の芝生は青いと言うべきか、自分が持ちえない魔法が一番羨ましく見えるのだ。実際、俺もテルムの魔法を一回でいいから使ってみたい。
「……なれる、かなあ。」
「ああ、なれる。それにもう、自分がどうありたいのかは、見えただろう?」
バハムートとの戦い、その最後の一瞬。魔法ではない何かの力が、俺の体を浮かせた。アレはきっとスキルなのだろう。テルム自身の自覚はないみたいだけど。
スキルは人の想いを、魂にまで届くほどの何かを汲み取るもの。神様が用意した、このクソゲーみたいな世界に唯一与えられた人の武器だ。
テルムは強くなれる。何より大切な心が、強いのだから。
「確かに、そうだな。」
テルムの目から雫が落ちる。自分でも気付かないぐらいに、自然に、テルムは泣いていた。
「私、産まれて初めてなんだよ師匠。誰かの役に立てたのも、誰かに認められたのもさあ。」
人には泣かずにはいられない時がある。自分の溢れる感情を、それでしか処理ができない時がきっとある。
それは咎めるものではない。今まで強くあった人であるのなら、むしろ流れて然るべきものだ。
「絶対になるよ、師匠。私、師匠みたいな、強くて優しい魔法使いに、なってみせるよ。」
嗚咽交じりの声が部屋の中に響いた。
思えばテルムが泣いてるところは初めて見る気がする。きっと俺達はたった今、初めて本当の師弟の関係になったのだろう。
それに、こんなに嬉しい事を言われては、俺も手を抜けなんかしない。
「お前なら、なれるよ。」
その伸ばす手を、未来へと、空へと伸ばす手を、掴みとってあげてやるのが、きっと師匠の役目なのだろう。
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