37.終戦
感想だけ、言おう。
色々と面倒なことがあり過ぎて、ぐちぐちと文句を垂れるにはちょいと元気が足りなすぎるというものだ。
――幕引きは想像の何倍も、呆気なかった。
国境付近が吹き飛んで池ができるなんて事態が起こったせいで内乱は一時停止し、ヴァルトニアは戦力の大半をバハムートによって失ってしまって戦争は当分起こらないらしい。
当然、これが来ることを知っていたオルゼイ側の損失は少なく、ヴァダー曰くこれから時間をかけてヴァルトニアに並ぶ兵力を用意していくらしい。その前に俺はあの国王に一つ文句言いに行きたいが、まあ、それは今はいい。
兎にも角にも、想像の億倍アポロンが強かったおかげで、無事にあの国王の手のひらで転がされたわけだ。
その当人は「オレはこれで帰らせてもらうぜ、流石に街の復興までは仕事じゃない。」とかほざきながら、帰って行った。日が一番高くなるよりも早くにだ。
てっきり自慢をしまくって、功績を盾にしてまたナンパに明け暮れるもんだと思っていたのだが、あんなに強ければ忙しいのやもしれない。
「ああ、読み違えたな。あんなに強いってなら、最初から言ってくれればいいのに。なんかちょっと恥ずかしい……」
あんなに弱いと高をくくっていたのに強かったんだから、次会った時にやたら気まずかった。
「そんなん今更どうでもいいだろ、師匠。それにあいつが強いの日中の、しかも晴れの日だけだぞ。梅雨の季節は最弱じゃねえか。」
「差が大きすぎるんだよ。いくら何でも単騎でバハムートを落とすの見れば、流石に気持ちも滅入るわ。」
「だけどまあ、今はそれより重要なことがあるだろ。」
そう言われて、俺は街を見下ろす。俺が今いる高台からは街が一望できた。
街の建造物は半分以上が倒壊しており、犠牲者は百人近くにまで上っている。今も忙しなく治療が行われ、そして行方不明者千人以上の捜索を行っていた。
決して少ない被害ではない。そして俺がもっと強ければ、防げたかもしれない被害でもあったのだ。
「……そうだな。現実逃避はそろそろ止めるか。」
アポロンが日が昇ると同時にバハムートを倒したことによって、最終的な被害は少なく済んだ。だが、これはアレを相手どったにしてはという話だ。
当然のことだが元凶を倒したからと言って、死者は蘇らないし崩れた建造物は元には戻らない。残した被害は、間違いなく大厄災の残したそれと相違ない。
結果としては、やるせない気持ちだけが残ることとなった。
「負けちまった。結局は、俺はこの街の住民を守れなかった。俺がもっと強ければ、きっと守れたものもあったのによ。」
強くならなくてはいけない。今ではまだ足りない。
『神の炎』グラデリメロス、『怪物』ディオ、『三大兵器』バハムート。どれにも俺は勝てなかった。こんな状態じゃ、名も無き組織の幹部にだって勝てはしない。
親父には、決して届くことはない。
「……これから、師匠はどうするんだ。こんなことがあったし、依頼を中断して帰るのか?」
「それを決めるのは俺じゃない。契約の期間が過ぎていない以上、俺はまだ帰るにも帰られない。全部あっちの出方次第だ。」
アテナさんから、これに関して任されている。いくらどんな大義があったとはいえ、今回の事は簡単に許されることではないしな。
「先輩、来ましたッス。」
ヒカリが俺を呼びに来た。誰が来たかなんて言われなくても分かる。
「それじゃあ、話しのケリをつけにいくか。」
テルムは一応にも王女である。そこら辺の宿屋に泊まるなんて、できはしない。だからここの領主の屋敷に、街を救った俺達も含めて寝泊りをしていた。
それは重傷ではなかったものの、俺が怪我をしていたというのが一つ。もう一つは癪だったから。
何が癪って、そりゃあ、元凶が待つ塒に自分から行くのは嫌だろ。しかもこっちは怪我してんだから、あっちから来るもんだ。
「……いやはや、この距離は老骨にはこたえるのう。」
屋敷の一室を借りて、俺と、オルゼイ国の国王クラウンとが向かい合っている。
最初はヴァダーだとかヒカリとかテルムもいたんだが、退出してもらった。これは、俺とこの人との一対一で話さなくてはならない事だと思ったから。
「クラウン陛下、いや、クラウン。早速本題に入ろうか。」
「そこまで恨みを買ったか。仕方のない事ではあるが、少し寂しいのう。」
「好々爺を演じるのも大概にしろ。俺はお前を裁くために、ここにいるんだ。」
「わしも、そのつもりで来たわい。」
相変わらず掴みどころのない性格をしている。だがこんな性格をしていなくては、何十年もかけて国王の座に居続ける事はできなかったろう。
「まず最初に、ヴァダーが俺達に言った事は本当か?」
「何を言われたかは分からんが、真実じゃ。あやつはわしに不利益な嘘は決してつかんからな。ここで起こった出来事の全てが、わしの計画であるとも。」
「……よくも悪びれずにそんな事を言えるな。」
少し皮肉めいた言葉が、口をついて出た。
きっと俺は今、相当な猜疑心を込めた目をしてクラウンを見ているのだろう。自分でも分かるぐらいには俺はこいつがやった事を許せなかった。
「王とはそういうものじゃ。民が苦しむ様を見て心を痛めても良いが、決して後悔だけはしてならん。王だけは前を向き、今からでもより犠牲が少なくなる方法を選び続けなくてはならない。」
「例えそうであったとしても、お前の行為が許されるわけじゃない。結局はアポロンが倒せなかったら、お前はヴァルバーン連合王国を沈めるかもしれなかったんだ。」
「分かっておる。ただ、最終的に被害は考えうる限り最小となったのもまた、結果じゃ。」
ああ、そうだ。自国の被害は最小限で済んだろう。内乱が始まっていたら、もっと多くの民が殺されていたはずだ。
しかしそれでも、俺の感情は納得がいかない。こいつに手の平で転がされ続けたというのも気に入らないし、もっとローリスクな方法があったのではないかと思わずにはいられない。
責めたって仕方がないのは知ってる。この事件の真相を公にしたって、国内を混乱させるだけだし、意味のない事だ。
しかしそれに納得してしまったら、俺は俺を損なってしまう。命が、俺の中で軽くなってしまう。
「お主はやはり、優しいのう。見知らぬ人の為に、自分に関係のない人の為に、そこまで心を傷められるのじゃから。納得できないのも当然じゃ。」
「……そんな、高尚なものじゃねえよ。俺は俺のわがままで、普通の人には幸せになって欲しいんだよ。」
それに、俺の感情は少し曲がっている。人が死ぬのが嫌なんじゃなくて、その人が死んで悲しむ人が、俺みたいな人が、一人でも少なくなってほしいだけ。
愛される人が愛されたまま死んで、真っ当に生きた人が真っ当に死んでほしいだけの、魔法使いだ。
「お主はわしを恨み続けると良い。嫌い続けると良い。王は小を切り捨てるもの、英雄は小を助けるものじゃ。対極にいるものが、理解し合えることはない。」
「……あんたは、辛くないのかよ。」
「その辛いことから逃れようとして、辿り着いた先がここじゃ。ここから逃げれば、余計に辛くなるだけじゃよ。」
クラウンは笑った。そこに込められた感情は、俺には分からなかった。
「誰も死なせないなんて事は、できないって言うのかよ。」
「……できんとは言わん。わしにはできなかった。ただ、それだけの話じゃ。」
この世は、どこまでも理不尽だ。たった一人の善意では、数人を救えるか否かがやっとなのに、たった一人の悪意は、数万の命を奪うことだってある。
その理不尽に抗うには、強くあるしかない。その強さの形の一つがきっと、これなのだろう。
「それじゃあ、約束しろ。その短い老い先、民のために命をかけると。そして、困ったら俺に頼れ。金なんかもらわなくたって、色々とやってやるさ。」
「かっかっか、こんなに嬉しい刑罰などないのう。わしは命まで差し出すつもりでおったが。」
「今この国には、あんたが必要だからな。」
こいつは、どこまでも人の為に生きれる王だ。これより王に適任な人材を探す方が難しい。
「……ああ、そうだ。最後に一つ、聞きたいことがある。」
「何じゃ?」
俺は立ち上がりながら、決して視線は逸らさずにそう言った。アテナさんから聞いて、ずっと気になっていたことでもある。
「何で、テルムを娘にしたんだ。手元に置くなら別に兵でも良かったはずだろ。何で、わざわざあんなじゃじゃ馬を娘にした。」
クラウンはここに来て初めて、悩むような動作を見せる。
数秒の間、沈黙が響いて、それでその後にやっとその口元を開いた。
「わしと、似ていたからじゃよ。」
その言葉の意味は、今日の中でも一番、理解できなかった。
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