36.太陽
アポロンにいつものヘラヘラした様子はない。相手を舐める様子もない。ただその眼は、魔法使いらしく冷徹にバハムートの姿を捉えていた。
「来い、クラウベリ。」
そう一言を言った瞬間に、アポロンの直ぐ側に背丈の高い筋骨隆々の燃え盛る男が現れた。
その姿に実体はなく、魂だけの存在。つまりは精霊であった。しかも人型を取れるほど存在がしっかりしている精霊となれば、それは大精霊に違いない。
この世界に存在する数多の火の精霊、その頂点に君臨する火の大精霊クラウベリがそこにいた。
「主よ、何用か。」
「いつも通りだ。周囲に被害が出ないようにしろ。」
「……心得た。」
大精霊はアポロンが周囲に放つ熱そのものを押し留め、あまり環境を変えないようにし始める。
一柱で戦況を変えるほどの力を持つ大精霊がサポートに回る。それが如何に異常なのかは、魔法使いならよく分かる事であろう。
だがそれはアポロンの事をよく知れば、疑問にもなりはしない。
「『
バハムートとアポロンの周囲の気温だけが、急激に上昇する。アポロンがバハムートに近付いていくと、生み出された水は蒸発を始めた。
普通、魔法の水は温度で蒸発させるのが難しい。普通の水とは少し構造が異なるからだ。それでもそれが可能なのは、この周囲には熱と共にアポロンの魔力が充満しているからである。
「『落陽』」
空が光る。太陽に見間違うほどの光と大きさを持つ炎の塊が、アポロンの真上に誕生した。
それは隕石のように真っすぐと、バハムートの方へ接近する。バハムートも嘶き、水を生み出して体を覆うが、太陽を相手にはあまりにも心もとない。
炎と水がぶつかり、大量の水蒸気を発しながら爆発が起きた。
「神の武装、神器に至らんが為に作られた人器。確かに成程、その力は天災にも並びうる。オレの一撃を耐えられるんだからな。」
アポロンは大地に降りる。そして一歩ずつバハムートへと近付いていく。
「だが、所詮は神の武器の模倣。神の力そのものには及ばない。」
生まれながらにして太陽神からの寵愛を一身に受け、その身に神の力を宿すに至った男。
その炎は違わず神の炎であり、その太陽は正しく擬似の太陽そのものである。故に彼は『太陽の子』と呼ばれるに至ったのだ。
「『
その挑発のような言葉を理解したかのように、バハムートは動き始める。
体に何百年もの間をかけて溜め込んだ魔力を、出し惜しみなど一切せずに稼働し始め、辺りに水の砲撃を多重に展開した。
水の魔法の強みは単純である。水で沈めれば勝てるという一点だ。どれだけ屈強な男であっても、水の中ではその怪力は発揮されず、移動すらもままならない。
火に肉体は耐えられるかもしれない。雷にも耐えうるかもしれない。しかし、酸素がなくては人が死ぬというのが確かな事実だ。
これがもし、変身魔法の使い手であるアルスや、呼吸を必要としない悪魔や精霊であるのなら話は別だが、アポロンは肉体自体は普通の人間だ。一度溺れてしまえば、勝ち目はない。
「――その程度か?」
ただ、アポロンを相手に溺れさせるというのは遥かに難しかった。
太陽を水で沈められると思うだろうか?
いや、そんな常軌を逸した事ができるはずがない。その分の水を用意するのも不可能であるのに、太陽を前に水が蒸発しないと考えるには楽観的過ぎる。
それと同じで、太陽を相手にして、下手な小細工は一切意味をなさない。例え相手が災害であってもだ。
「それなら、オレの番だ。」
魔力がアポロンの右の手の平へ集まる。辺りの魔力を荒らすほどのエネルギーの全てが、その小さな手の平へ全て集まる。
バハムートもそれを検知し、即座に攻撃をしかけるが、当然さっきと同じような魔法では足止めにもならない。だからこそ選択されるのは大技に決まっている。
その大口を開け、喉奥にある大砲が鈍く光る。バハムートのサイズは、ただでさえ普通の鯨よりかは大きい。その体内に仕込んだ大砲ともなれば、威力は予想ができるものだ。
「最初からそれを街に打ち込んでいたら勝てただろうに。昨日みたいに雲が空を覆っている間なら、多分誰も勝てなかったぜ。」
大気が揺れる。あまりにも大きな魔力の動きが、空間を歪めているのだ。
口元の大砲に魔力が集まるのを、分かりやすく肌で感じ取れる。間違いなく一発で環境を破壊し、この辺りを不毛の大地へと変えるだろう魔法の砲撃が放たれようとしていた。
ただそれを目の前にしても、アポロンは変わらなかった。いつも通りに、真っすぐとその眼にバハムートを映していた。
「太陽に沈め」
アポロンの手の平の上に、小さな赤い火の球が産まれる。それは辺りの魔力を次々と取り込んでいき、より高密度で破壊力のあるエネルギー体へと変質していく。
「もう遅い。」
放たれるは水の砲撃。辺り一帯を沈めるほどの大質量であれば、水の殺傷力の低さなど大した問題にはなり得ない。
ただ、それが地上に落ちるより早く、アポロンの手から炎が放たれた。
「『花火』」
炎はゆっくりとバハムートへと進んでいき、水の砲撃とぶつかった瞬間、パッ、と何かが弾けるような感覚を覚えた瞬間。
景色は白く染まり尽くした。
「まだ、原型を留めてるのか。流石に自信なくすぜ。」
その終わった後の大地に残っていたのは、二本足で立つアポロンと、体の半分程度のみを残したバハムートだけであった。
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