32.アテナの戦い方

 同時刻、空にバハムートが現れた頃。拮抗状態にあったアテナと女との戦いが動いた。

 アテナは路地裏に隠れながら、手に持つ結晶のようなものを空間にできた歪みに仕舞い込んだ。


「……アポロンはそろそろ、アルス様の下へ着いたでしょうか。」


 アテナは地面に置いていた弓を拾い、壁を蹴って屋根の上へと辿り着く。

 宙には全身が焼け焦げた女の姿があり、アテナが姿を現した瞬間に不可視の攻撃を伸ばした。それをアテナは難なく風の矢で撃ち落とす。


「さっきからさっきからさっきから! ちょこまかと鬱陶しいんだよ!戦うなら正々堂々と戦え!」

「それは、貴方には言われたくありません。あんなものを用意しておいて。」


 アテナは空を飛ぶバハムートを指差した。

 それは未だに空を漂い、下から大砲で狙い打たれたりもしているが、風の障壁を越えられずに全てが弾かれてしまう。

 それでいて上からは攻撃が放たれ続けるのだから、恐怖以上の何物でもない。


「あいつはこの戦いには関係がないだろう?」

「……そうですか。私は人らしい感情を持ち合わせてはおりませんが、貴方には劣りますね。私でさえ、人を慈しむ心は持っているのですから。」


 アテナは弓を再び空間の歪みへと仕舞い、今度は短刀を取り出す。少し曲がった形で、持ちにくそうな短剣である。


「もう、時間切れです。一瞬で終わらせましょう。」

「一瞬で、かい? 本当にそんな事ができるんだったら、何で今までしなかったのさ。」

「殺したくなかっただけです。アレは、私が持つ中で一番、殺傷力の低いでしたから。」


 アテナの手元の短刀がぶれ、二重三重に重なったかと思えば、それは確かなる形を持ち始める。気付けば短刀は数を増やし、十を超え、百にも届く剣の大群としてアテナの周辺を飛び回り始めた。


「人器シリーズ14『天刃五月雨てんじんさみだれ』」


 その一つ一つの短刀が、まるで意思を持つかのように女へと切っ先を向け、そして一斉に射出された。


「虹蛇の鱗ッ!」


 女の手にある短剣は刀身が伸び、まるで蛇のようにうねってそれを全て弾き落とす。その瞬間に、アテナは距離を詰めた。

 その手には無骨な、槍が握られていた。木の柄の先に金属の刃がつけられているだけの、一見すればただの槍。たださっきの短刀を見た後に、これを過小評価はできない。


「人器シリーズ148『無刺無皇むざしむおう』」

「近付くなッ!」


 アテナの脳天を目掛けて、銃弾が放たれる。アテナは空中で結界を作って足場を作り、その銃弾を曲がって避ける。そのまま、女へと槍を叩き込む。

 だが、それは女には届かない。見えない壁が、そこにあった。


「この見えない物、氷ですね。よくよく触ってみれば冷たい。不純物を取り除いたが故に見えず、魔力を漏れさせないようにしているから不可視のスキルに見える。」

「ッ!!」

「タネが分かれば、大した事はない。」


 不可視の障壁、否、氷に刺さった槍はアテナの手の中から消える。

 その代わりと言わんばかりに、障壁のアテナの手から消えたはずの槍が飛び出す。


「この人器の特性は、名前の通り対象を刺さないということ。刺すのは、あなたの記憶だけ。」


 槍は腹に突き刺さるが血を流させる事はない。傷も作る事はない。ただ、刺さっただけ。


「あなたの記憶にある、古傷だけ。」


 女の右腕に一瞬で傷が入り、そこから血が溢れる。当然、腹に突き刺さった槍がそんな所に当たっているはずがない。

 これがこの人器の能力、古傷を呼び起こす能力。過酷な戦いを抜けてきた者であるほど、逆に不利となる。


 宙を舞う短刀はその隙を逃さずに、障壁へと次々と突き刺さり、障壁を砕いた。

 アテナは再び結界を足場に前へ出て、突き刺さる槍を抜き、空間の歪みから槍と入れ替えるようにしてさっきまで使っていた弓を取り出した。


「人器シリーズ355『風迅閃雷ふうじんせんらい』」


 弓の弦へ手をかけると、それに合わせて雷の矢が生み出される。足場ごと短刀に砕かれた女は、当然下に落ちていき、それを上からアテナは狙いを定める。

 その手を離した瞬間に矢は放たれ、その頭へと落雷のように鋭く走った。


「させるかよっ!」


 すんでのところで女は壁を張り、その矢を防いだ。だが、それに集中したせいか、足場の方に意識が回らず、そのまま地面へと女は落ちた。

 攻撃の手を緩めずに、アテナは次に弓を仕舞い、黒い拳銃を取り出す。空を飛び回る短刀を足場に、土煙が舞う地上へと銃口を向けた。


「人器シリーズ820『黒雪くろゆき』」


 破裂音は鳴らず、あまりにも静かに銃弾は放たれた。土煙はあっても魔力が見える以上、外れる期待値はそこまで高くはない。

 女はそれを避け切れず、右の太ももに鉛玉が突き刺さった。


「人器シリーズ159『獄縛ごくはく』」


 黒い紐が真っ直ぐと空間の歪みから伸びて、土煙の中にいる女を縛り上げる。手を足を胴を縛り上げ、回避を不可能とした所で、アテナは短刀から降りて地上に足をつけた。


「お前、一体いくつの人器を持っている!」

「それは、あなたが知る必要のない事です。」


 既にこの時点で五つの人器が女を襲っていた。持っているだけで強力な武器であり、人器の価値は高い。オークションで値がつく時は、小国の国家予算を超える時だってある。

 そもそも貴重過ぎて流通する物ではない。そんな人器を、最低でも五つ持っている。その理不尽さは窺い知れよう。


「質問をするのは私だけ。これが片付けば、組織の事を洗いざらい吐いてもらいましょう。」


 そう言い終わった瞬間に、宙を舞う短刀が全て、女へと真っ直ぐに突っ込んでいく。もちろん、防ごうとするが防ぎ切れるものではない。

 障壁を貫き、身体中に短刀が突き刺さった。頭にも、頬にも、肘にも、脛にも。それこそ、身体の至る所に刺さった姿はハリネズミのようであった。


「ああ、クソ。強いなあ。」

「まだ口が動くのですね。この獄博に囚われれば、かなり力が吸われるはずなのですが。」

「私を、そこらの人と一緒にするなよ。色々混ざってんだ。」

「……そうですか。」


 全身から血が流れ出ているが、その女が死ぬ姿は全く予想できない。

 アテナは警戒をしながらも、上を見て、その女を路地裏に投げ込む。できれば、このまま確実に連行して情報を聞き出したいというのが本音であった。

 だが、バハムートを捨て置く事はできない。アテナは多彩な人器と空間魔法を得意とするが、それはどれも対人において有用性を発揮するものであり、アレを撃ち落とすほどに強力ではない。

 協力が必要なのだ。あの空を飛ぶ鯨を撃ち落とせる魔法を使う、魔法使いが。


「今日は随分と曇っていますね。雨が降り出さなければ良いのですが。」


 後ろで女がアテナを呼び止める声が聞こえるが、それを無視して走り抜ける。


 既に街はいくつもが崩れており、犠牲者も数十人に収まる域ではない。

 時間がなかった。いち早く街を守る術を用意し、更にアレをこの場で落とさなくてはならない。名も無き組織にこれ以上の戦力を与えてはならないからだ。

 そして何よりも恐ろしい事は、これほど大掛かりであるのなら、幹部が一人いてもおかしくないという事実である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る