33.鯨の落とし方
日が沈む頃、エネルギーが切れたのかバハムートは最初よりは砲撃を撃たなくなった。しかしそれでも脅威は残っており、内乱は一時停戦という形を見せた。
「……取り敢えずは、って所か。」
「ずっと防ぐのは難しいでしょうが、効果としては十分でしょう。」
日が沈むまで何をしていたかと言うと、傘みたいに都市を覆うように結界を張っていたのだ。街への被害を減らさない事には何も始まらない。
今、街の中央にある広場に全員が集まっていた。地面には巨大な魔法陣が刻まれている。その上に、俺とヒカリ、テルム、ヴァダー、アテナ、アポロンがいるという形だ。
ちなみに他の住民は街の端、前線の反対側に集まっているのでここにはいない。
「アルス様、魔力はまだ大丈夫でしょうか?」
「後、3、4回は余裕だな。」
魔力量だけで賢神になったようなものだから、この程度で尽きては困る。
「結構派手に見えるけど、大した事ねーのな、コレ。」
「いやいや、王女さん。この結界オレ十人分ぐらいの魔力使ってるからね? あいつの魔力が化け物なだけだからね?」
「お前の魔力が少ないだけじゃねえのか、アポロン。」
「こう見てもオレは本職の魔法使いだぞ! あまり馬鹿にするなよ!」
騒ぎ立てるアポロンの首筋に剣が押しつけられる。アポロンは青褪めて両腕を上げる。
「……あまり、姫様の前で汚い言葉を使わぬようお願いします。」
「あ、ごめんなさい。」
アポロンが謝るとヴァダーは剣を引いて鞘にしまう。
ここに来る頃には、何故か勝手に完治していた。聞いてみたらそういうスキルがあるらしい。羨ましいことこの上ない。
「というかそもそも、何で王女さんと、あの王城にいた可愛い子がここにいるんだ?」
「危険かもしれないけど、少なくともここに置いた方が安心だからな。特にこの二人は狙われているし、ヒカリは気付いたら寝てたから、置いていくわけにもいかない。」
ヒカリは俺達から少し離れた所で毛布にくるまって眠っていた。突然さらわれて、そして死にそうになったのだから無理もない。
朝起きる頃には、全部解決しておかなくっちゃあいけないな。
それにはやはり、戦力を確認しておく必要がある。一人でアレを撃ち落とすのは無理だ。協力をしなくてはならない。
「それで、アテナさん、アポロン、ヴァダー、何ができる?」
「特に得手とするのは空間魔法と武術ですが、今回は役に立たないでしょうね。対象が大きすぎます。」
「オレも無理。ちょっと今は調子悪いから。」
「私ができるのは近接戦闘のみです。耐久性には自身がありますが、あれを斬れる自身はありません。」
「俺はもしかしたら、って感じだが、多分近付けないんだよなあ……」
バハムートは風を使って空を飛んでいる。それはつまり、強力な風があそこに吹いているということに他ならない。
つまり焔の翼を広げる俺の飛び方では、恐らくバランスを崩して落ちてしまう。
「アルス様はバハムートを落とせる魔法を使えるのですか?」
「いいや、アテナさん。魔法じゃなくてスキルだ。ただ近距離専用だから、あそこに近付く手段を用意して欲しい。」
神の力が、さっきの戦いではいつもより何倍も上手く使えた。あの感覚をそのままもう一回出せれば、壊すのは無理かもしれないが、落とすぐらいはできる。
「バハムートは近付くものを自動で撃ち落とす機能があります。つまり乱気流を乗り越えて、尚且つ攻撃を防ぐという二つの事が必要です。」
「その機能破壊しておけよ、ヴァダー。」
「……元より我々が知っていたのは在処だけ。その封印を解く方法が見つかっていなかったのですよ。」
そりゃそうか。自分たちで扱えるんだったら、あいつを操作して戦争に繰り出せば勝ちだもんな。わざわざ名も無き組織の力を借りる必要もなかっただろう。
それにあの砲撃を防ぐ結界を、近付きながら随時張っていくのは困難を極める。この街を守る結界の魔法陣も、一時間ぐらいかけてアテナさんが作ったのだ。それが座標固定ではなく移動も可能にするとなれば何時間かかる事やら。
「防御の点は私が何とかしましょう。街全体は無理ですが、数人ならば守れる人器を所有しています。」
「それなら、後はどうやって近付くかだな。」
「ヘルメスなら、そういう人器持ってるんだけどなー……」
「無い物ねだりはいけませんよ、アポロン。確かにこの状況では、ヘルメスの方が役に立つでしょうが。」
アテナさんはいくつも人器を持っているらしいが、移動に関する人器はないらしい。というか会話の文脈からしてヘルメスが持っているようだ。
当たり前かのようにオリュンポス内では人器が出回っているのだな、と思うと世界最大規模のクランというのも頷ける。
どちらにせよ、現状は手詰まりである。
振り下ろす剣と身を守る盾を得たが、肝心な足がないとなれば宝の持ち腐れだ。エルディナであれば風の大精霊の力を借りて力押しで行けるだろうが、逆に言えばそのレベルの風の魔法使いでなければ近付けはしない。
光に体を変えて突っ込めば風の影響は受けないが、アテナさんの支援も受けられなくなるし、攻撃をする前に撃ち落とされてしまう。
しかしこのまま籠城戦をすればあれを、そのまま名も無き組織に与えてしまうことになる。今後、いつ来るか分からないバハムートに警戒をしなくてはならないのは厄介極まりない。
正に状況としては八方塞がり。ただ思考を停止してはいけない。諦めてた所で、何も変わりはしないのだから。
「私が、やる。」
予想外の方から、声が聞こえた。
テルムは確かな決意が籠った表情で、俺達へ向いてそう言ったのだ。それを一笑に付すことは、たとえアポロンでもやりはしない。
「私の希少属性は浮遊だ。ありとあらゆる縛りから解き放たれて、浮かす力だ。風なんかじゃ止まらない。」
それは、確かに一理ある発想である。テルムが物体を浮かす時、それは浮いたまま動きすらしない。風の影響を受けない可能性は高いと言えるだろう。
ただ、それを俺達が思いつかなかったのは、テルムでは無理だと心の中で断じていたからだ。人より軽い物すら浮かせられないテルムでは。
「……テルム、
「アルス殿?」
俺が批判をしないことが意外だったのだろう。ヴァダーはそう聞き返した。
「魔力が足りないだとか、今まで一回でもやったことがないだとか、そもそも理論上人を浮かせられるのかとか、それはこの際どうでもいい。緊急事態だ。縋れるものに縋るさ。」
無理だと言ってしまいたかった。だけど、言ってもどうしようもないのも事実である。
それが億が一でも、ゼロより断然マシだ。何より俺は、こいつのことを多少は知っている。少なくとも、誰かに負けるぐらいなら魔法をやめようとするぐらいには、負けず嫌いな奴だってことを。
「大切なのはたった一つ。心の底からテルムができると思うかだ。もう一度聞くぜ、テルム。できるか?」
「……やる。」
「よし分かった。アテナさん、魔力共有の魔道具はあるか?」
「ええ、あります。」
アテナさんは二つのブレスレットを投げる。鉄製で、一か所に緑色の宝石みたいなものが埋め込まれていた。
俺はそれを受け取り、一方を腕につけてもう一つをテルムに渡した。
「ほ、本当にやるのですか! 姫様が危険すぎます!」
「大人しくしろ、ヴァダー。これは、こいつが決めたことだ。人の覚悟は、踏みにじるんもんじゃねえ。」
俺はヴァダーをそう言って引き下がらせ、テルムとアテナさんの顔を見る。
「テルムの魔法で飛んで、アテナさんが攻撃を防いで、俺が撃ち落とす。やろうぜ、あのクソ鯨を陸に打ち上げてやる。」
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