31.絶望の空

「陛下はある時に、内乱は不可避と結論付けました。そしてその時から、戦力を数年かけて集め出したのです。生まれながらにしてスキルを持つ、ギフトと呼ばれる力を持つ人を。」


 生まれながらにスキルを持つ、というのは珍しい筈である。お嬢様は祝福があるし、エルディナは眼があるしで珍しい印象がないが、一千万人に一人いるかいないかという感覚がある。

 ギフトは強力な反面、本人にも気付いていない可能性がある。もしギフトを持っていることを判別できれば、引き抜くのはそう難しい事でもない。何せただの一般人が騎士になれるなんていう栄誉を賜れるわけだから。

 そこで、クラウン陛下の『看破』のスキルが役立つわけだ。


「そうして何人もの騎士が加わり、戦力は上がりましたが、流石にヴァルトニアの兵力には敵わない。ですが他国に助けを求めるにも、ここが連合王国である以上にこれは内乱。連合王国内のある一国だけに手を貸すというのは、他国としても厳しいでしょう。だからこそ、大軍を味方につけるのではなく、戦況を変えれる個人を探す事となったのです。」

「それで、オリュンポスだとかを呼び寄せたわけか。」


 しかし俺もそうだが、冒険者ギルドだとか魔導師ギルドは基本的に戦争には不介入というのを原則としている。戦争に直接介入する依頼は出せない。


「無論、戦争への不介入を基本とする事は知っています。だから、を利用したのです。」

「は?」


 名も無き組織は世界共通の敵であると定められた、テロ組織だ。それに手を貸せば経済制裁だってされかねない。

 それに何より、そのせいで俺は死ぬかもしれなかったのだ。


「ふざけるなよ! あいつらが本気を出せば、ヴァルバーン連合王国だって滅ぼしかねないんだぞ!」


 俺はヴァダーの胸ぐらを掴んで、そう叫んだ。

 今回来たのが末端であったから良かったのだ。だから俺は、あの女を撃退する事ができた。だがもし、あれが幹部なら、オルゼイは自国内に厄災の種を自分で招き入れた事となる。

 死人が出るなど当然だし、ここら一帯が焦土となってもおかしくはない。いくら国を守る為とはいえ、協力していい相手では決してない。


「ええ、弁解のしようもありません。我々は大のために小を取った。そして、人の心をも売り渡してしまった。」

「そこまで分かっていたなら何で……!」

「オリュンポスとあなたから同時に力を借りる為には、大義名分が必要だった。名も無き組織を倒す為ならば、あなたは必ず協力してくれるでしょう。」


 絶句する。それは、否定できない事であったし、納得がいってしまったからだ。


「まず、私がヴァルトニア側の者と名乗って接触しました。とある王家に受け継がれる人器の在処を伝える代わりに、人的支援を貰いました。それがさっきの獣人と、アルス殿を襲った女性です。」

「……だが、実際にはヴァルトニアに協力しているわけじゃないんだろ?それだったら俺は動けない。」

「重要なのは、私達が早くに内乱を終わらせようと動いていた点です。それを絶対に気に入らないだろうと、予測をしていました。だからこうやって、姫様を殺そうとしていた。ならば一方的な蹂躙になる事を恐れて、間引くようにヴァルトニアの兵を殺して、均衡の状態を作ろうとする筈です。」


 そうだ、その通りだ。そうすれば、名も無き組織は一番に得をする。最低限の力で、最大限の被害を生み出す事ができる。

 あいつらは兎に角、国の力を削ぐ事に注力をしている。これは大国であるヴァルバーン連合王国に付け入る隙となる。


「それをアルス殿が始末すれば、ヴァルトニアの戦力を削ぎながら、同時に厄介な名も無き組織を撃退できる。そういう算段だったのです。」

「いや待て、だけどもう既に、俺が倒したぞ。逃げられはしたが、焼けて爛れているから回復も難しいはずだ。計画は失敗してるじゃないか!」

「いいえ、それは違います。この程度で躓く計画を立てているのなら、名も無き組織はここまで大成していない。陛下はその狡猾さまでを確信して、この計画を実行したのですから。」


 再び、大地が揺れる。そして次の瞬間に、音が聞こえた。

 空気が漏れ出るような音、まるで蒸気機関車が鳴らす汽笛のように、低くこもった音が痺れるように一体へ鳴り響いた。


「我々が提供した、王家に伝わる人器をここで試すつもりなのです。もし何か細工をされていないか確かめる為の、試用運転と言っても良い。」


 人々の叫び声が聞こえ、俺は慌てて倉庫を出た。

 外には逃げ惑う人の姿が存在し、その視線の先は、空だった。天高い空に、それはいた。まるで何にも縛られないように、寄せ付けはしないように。

 それは鯨であった。いや、正確に言うなら鯨を模した魔法の兵器であった。その表面はメッキが外れたように鉄の色が剥き出しで、通常より大きいサイズのヒレでバランスを取っているようであった。


「あれが、人器?」

「かつて存在したオルゼイ帝国の復興を願って、王家へと鍛冶王クラウスターが授けた逸品。人器シリーズ800、人器の中にたった三つだけある大型兵器、三大兵器が一つ。」


 ヴァダーは辛そうながらも倉庫の入り口へと歩いてきて、その兵器の名前を言った。


「『バハムート』」


 それは俺の知っているバハムート像とは大きく異なった。ドラゴンとは似ても似つかない巨大な鯨そのものであり、どうやら風を巻き起こして無理矢理浮いているらしい。

 そのエネルギーをどこから賄っているのかは分からないが。いや、巨体の割に案外軽いのやもしれない。

 バハムートは頭やヒレ、体のあちらこちらにツノのような物があった。そのツノが何であるのかという疑問には、直ぐに答えてくれた。


「アルス殿、今すぐ結界を!」

「ッ!!」


 全力で結界を張る。辺り一帯を守るように、かなり範囲を広く、そして何重の構造にして堅く。

 そのツノに魔力が集まるのが分かった。そして、膨れ上がり、高まった瞬間。それは砲丸という形で、空爆のように放たれた。


「……嘘、だろ。」


 確かに、減衰はできた。だが、減衰ができただけだ。それを貫通して、いくつもの水の塊が大地へと降り注いだ。

 悲鳴が聞こえる。泣き叫ぶ声が聞こえる。血の流れる音が、聞こえる。


「ここまでっ! ここまでして国を守りたいかっ! こんな物をあいつらに与えてまでして!」


 今ので何人が死んだ。あれは無差別に一帯を破壊している。もはや厄災そのものだ。

 きっとアレによって大勢の人が死ぬだろう。もしここでアレを逃してしまえば、名も無き組織はアレを使って何千万もの人を殺すだろう。

 こいつらは、オルゼイは、一番与えてはいけない奴に兵器を渡してしまったのだ。


「ヴァダー!」

「ここまでは全て、陛下の手の平の上。ここでバハムートを倒せるのなら、本来出る犠牲より遥かに少なく内乱は終わります。ヴァルトニア軍の上空にいるので、ヴァルトニア軍の被害はこの街より酷い。」

「あんなものを、人が倒せると思っているのか!?」

「……」

「何とか言えよ、クソ野郎が!」


 理想論、机上の空論だ。確かにこれが完全に上手くいけば、被害は減るだろう。だが、ハイリスク過ぎる。リターンに対して、危険性が見合わな過ぎる。

 頭が痛い。吐き気がする。これをどうにかする手段を、俺は思い浮かばなかった。


「……本当に、申し訳ありません。この国の責任を、全てのあなた方に押し付けてしまう事になって。」


そして心の底からヴァダーの謝る姿が、余計に苛立ちを加速させた。

せめて堂々と悪人らしくしてくれたら、卑怯者らしくしてくれたら、外に吐き出すのは簡単だったのに。


取り敢えず、何とかしてヒカリだけでも逃さなくてはいけない。全員を救うほどの力は、俺には――



「あのー……ちょっとヒートアップしてるとこ邪魔していい?オレも危ないから早めに要件を済ませたいんだけど。」



 この緊迫した状況に相応しくない声が、俺を現実へと引き戻す。声の主は直ぐそこに立っていたが、バハムートに気を取られていて気付かなかった。


「アテナから、お前に伝言があってね。今すぐあの女を片付けるから、デカブツ落とす為に協力してくれってさ。」


 オリュンポスが一人、アポロンがそこにいた。

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