26.新たな人器

 正直に言って、俺は目の前の女に負ける気がしなかった。さっきの攻防で、俺の方がスピードもパワーも上だと確信した。

 だが、

 俺はこいつを、人を殺したくはない。こいつは、死ぬまで戦い続ける。となれば決着をつけるのは容易ではない。


「もっと速くやろうか! 半端な速度じゃ君には防がれてしまうようだ!」


 また、不可視の何かが俺へと射出される。前より遥かに多い物量と速度、だか、避けれなくはない。

 俺は少し距離を取りながら、その攻撃の間を縫うようにして避ける。確かに最初は驚いたが、似たような訓練は師匠としていた。

 本当に、あの人が師匠で良かった。でなきゃ今頃死んでいる。


「流石、大将が直々に始末の命令を下しただけはある! 温い世界で生きた賢神とは大きく違う! 命をかけた戦闘に慣れている!」


 女は腰の拳銃を抜いた。そして銃口を俺に合わせる。

 この世界において、銃の利点は主に一つ。銃弾は魔法の速度より速いという一点に尽きる。いくら俺でも、見てからかわすのは難しい。


「『二重結界ダブル・セイント』」


 ほぼ反射的に、結界を張る。銃弾は結界にぶつかって、その動きを止めた。

 銃は身体能力が弱い魔法使いにはうってつけの武器だ。いくら最強の魔法使いでも、鉛玉を頭にぶち込まれれば死ぬ。防ぐにはこうやって結界を張る必要があるが、速過ぎて間に合わない事だってある。俺ぐらい実戦慣れをしていて、やっとという範囲だ。


「やっぱりいいなぁ! 私もシルードに生まれてれば、これだけ強くなれたのかなあ!」

「関係ねえよ、化け物が!」


 シルードの奴らは確かに生まれながらの戦士であり、戦闘能力と戦闘経験共に高水準だ。

 だが、目の前の女ほど、頭はイカれていない。痛ければ叫ぶし泣くし、なんだったら逃げ出す。

 全身の激痛を耐えながら、勝てるかも分からない戦いへ挑む。それはもはや戦士ではなく、ただの常軌を逸した狂人だ。


「化け物だなんて、君に言われると照れるなあ!」


 不可視の攻撃と、高速の銃弾を使い分けて攻撃を放ってくる。そのせいでさっきより近付くのが難しかった。

 負けはしない、勝てもしない。いわゆる千日手の状態である。この時に不利なのは、急ぐ理由がある俺の方だ。


「どんどん攻撃が雑になっているねぇ。疲れかな、それとも焦りかな。どっちにしても、それは魔法使いには致命的だ!」


 再び放たれた不可視の攻撃。俺を追い込むためか、さっきより更に物量が多い。避ける範囲が極端に狭い。


「『天翔あまかける』」


 避けれないのなら、突っ切るしかない。俺は翼を広げ、その不可視の攻撃を壊しながら女へと突っ込む。

 これはかなり強引な手段だ。結局は体当たりをしているようなものなので、俺へのダメージも少なくはない。

 ここでただ喰らってやるよりかはマシというだけ。状況は相手の方に僅かに傾いてしまう。


「それじゃあ、二撃目だ。」


 酷く狂気的な声が、耳にささやくように聞こえた。

 今まで一度も使っていなかった短剣が、鞘から抜かれ、その虹色の刀身をあらわにした。普通の短剣でないことは見るだけで分かる。

 俺は本能的に、その短剣を恐怖した。いくら相手に状況が傾いているとはいえ、俺の方が有利であるこの状況が覆されてしまうような、それほどの恐ろしさをその剣から感じた。


「人器シリーズ240『虹蛇にじへびの鱗』」


 俺の無題の魔法書と同じ、かつて鍛冶王クラウスター・グリルが作り出した至高の千の武具、千魔人器が一つ。

 人器の特徴は千差万別であるが、間違いなく言えることはたった一つ。


 そのどれもが、ということ。


「人器開放」


 その不気味な虹色の刀身は、それこそまるで蛇かのように、うごめきながら刀身を伸ばす。その速度は銃弾よりかは遅いが、この至近距離では十分に速い速度であった。


「『六重結界セクタプル・セイント』」

「無駄だよ、そんな小細工ッ!」


 俺が構築した六つの結界。その全てをまるでないものかのようにして、短剣は、俺へと刃が迫る。

 ヤバい。こんなに強い武器を隠していたのは、俺に警戒をさせないためだ。確実に当てたかったがためだ。当ててしまえば、自分が勝てる自信があるほどの切り札であるからだ。


「しまっ――」

「啜り尽くせ!」


 何とか避けようと身をよじるが、回避は間に合わない。人間体に戻して面積を減らそうとするが、それより先に、俺の右の翼が根本から断たれた。

 普通の剣なら触れただけで溶け出す高温。高密度な魔力エネルギーそのものを、こんなにもあっさりと。


「ああ、手元が狂っちゃった。やっぱりこんなに体が焦げてたら、思うようには動かないなあ。」


 ただでさえ無理矢理に翼を仕舞い込もうとしていたタイミング。片翼を失ったのもあって、バランスを崩し、俺は地面に落ちていってしまう。

 再び翼を開こうにも、一度メンタルを崩されれば、魔法の構築が安定せず、ただ背中から微かな火の粉が飛び出るだけだった。


「痛いな、クソ。」


 俺は道の真ん中に墜落してしまった。だが、風の魔法と闘気の利用で衝撃は緩和できた。そっちのダメージは殆どない。

 問題なのは、俺の体ではない翼を斬られたのに、痛かったという不可思議な現象である。自分の放った魔法が斬られたところで、普通は痛覚など感じないはずだ。なのにズキズキと、俺の背中は痛みを訴える。


「流石だねえ。あの高さから落ちてもほぼ無傷か。」


 空から、俺を見下ろすように女が見ていた。こうやって冷静になってみれば、全身やけどの姿は気持ちが悪かった。


「お互い様だろ、それは。」

「……? どうして、そんなに理路整然としているんだい?」

「魔法使いは冷静なものだろ。」


 俺は立ち上がり、魔力を練る。

 今のところ分かったあの人器の特性は二つ。一つは魔法を透過する力。結界は意味をなさないから、回避するしかない。二つ目に何故かアレに斬られれば、痛みを感じるという事。それが例え、魔法であったとしても。

 本当に厄介だ。避ければ銃弾が飛んできて、守れば短剣が喰い荒らす。理不尽な強さではないが、単純に隙がない。初撃で決められなかったのが本当に悔やまれる。


「まあいいや! 何度も斬ればきっと――え?」


 女の頭に、矢が刺さっていた。完全に意識の外から、超高速で放たれた一撃。女は空から落ちて、そのまま下に倒れる。


「大丈夫ですか、アルス様。」


 声がしたある家の上に視線を向けると、そこにはメイド服を着た、右手に二メートルぐらいの木製の弓を持った人がいた。

 クラン、オリュンポスのアテナさんであった。

 アテナさんは屋根から飛び降り、俺の前に立つ。人の頭を射抜いたというのに、表情も一切変わっていなかった。


「怪我はない。そいつは……殺したのか?」

「殺す気で打ちました。普通なら死んでいるでしょう。」

「普通なら?」

「私がここは請け負います。ここにいるのは、理由があっての事でしょう。そちらを優先ください。」


 アテナさんの向こうに転がる、女が立ち上がった。自分の頭に刺さった矢を自分で抜き、そこから血が溢れるが構う仕草も見せない。


「良くないなあ。人の逢引を邪魔するなんて。」

「……本当に、任せてもいいのか?」


 ここでアテナさんに任せるのは、不安な気持ちもあった。だがそれ以上に、ヒカリを見つけ出さなくてはならない気持ちも大きかった。


「ええ、当然です。私はメイドですので、お任せください。」

「すまん、任せた!」

「逃がすわけないだろ!」


 俺が背を向けた瞬間に、後ろから発砲音が聞こえた。だが、俺はそれを無視した。

 その存在を国家とも謳われるオリュンポスの一人を、ヘルメスの仲間を信じたがために。


「随分と遅い銃弾ですね。アルテミス様ならともかく、私に撃ち落されるようでは、実用性が低いのではないでしょうか。」


 事実、その弾丸は俺へは届かなかった。そしてこれだけ時間があれば、体を雷に変えるには十分であった。


「あの方に危害は及ぼさせません。アルス様は、オリュンポスの仲間です。」

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