27.裏切りの二人

 街中での爆発がきっかけに、内乱は始まった。街の外と内、そのどちらをも戦場として戦争は進んでいく。

 不幸中の幸いなのは、既に殆どの住民が避難を終えていた事ぐらいだろうか。だが、必ず死人は出る。この街に残っていた住民が、その民の為に戦う騎士が、あまりに呆気なく死んでいく。


 その街の一角に、巨大な倉庫があった。この倉庫はとある商人が利用していたものであるが、内乱の開始に合わせて放棄されたものである。


「……お目覚めになりましたか、姫様。」


 ヴァダーは目を開けたテルムへと、そう声をかけた。

 テルムは一度ぐるりと辺りを見渡して、まず最初に隣で大人しくしているヒカリを見て、そして睨みつけるようにヴァダーを見た。


「どういうつもりだ。」

「それは今から、説明をさせていただきます。あまり時間がないので、要点のみとはなりますが。」


 ヒカリとテルムには拘束具は見られない。逃げ出そうと思えば逃げ出せる状況だ。

 ヴァダーから逃げ切れるかどうかは、話が別になるが。

 ヴァダーの表情に焦りだとか、怒りだとか、罪悪感だとか、そんなものは一切見えてこない。

 ただいつも通りに、模範の騎士としてそこにいた。


「私の目的は、オルゼイの全面降伏のみです。まずは見せしめとして、この街を落とします。ですが、我々ヴァルトニアとしても不必要なコストは抑えたい。そのために姫様を人質に取ったわけですよ。」

「……相変わらずまどろっこしいな、お前は。もっと私にも分かるように話せよ。」

「姫様の安全と引き換えに、この内乱をさっさと終わらせたいのです。私の目的は、ただそれだけのこと。」


 テルムは自分が人質に取られている事を理解しながらも、わかりやすく鼻で笑った。


「それだけのために、あの老い耄れに、何年も仕え続けてきたわけだ。」

「……姫様、そのような口調はおやめください。」

「うるっせえ! こんな状況にもなれば、取り繕うようなモンもねえだろうがよ!」


 ヴァダーはこんな状況であっても変わらなかった。それは、何一つも。

 それがテルムにとっては気色悪く、そして恐ろしかった。今までの全てが嘘と言っても、納得してしまうほどには。


「騎士ってのは随分と卑怯なんだな。裏切りに人質か。」

「騎士の誉れよりも、優先されるべき事柄があるだけです。それに裏切ったわけではありません。私は最初から、ずっと同じ場所にいるのですから。」


 テルムは舌打ちをして、地面に寝転がった。隣に座るヒカリは、それを何も言わずに眺めているだけだった。

 何を言っていいのかも分からなかった。ヒカリにとって、ヴァダーは初めて会う人物であるし、どんな役職の人であるかもよく分かっていない。言葉を話せないのも、それに一役買っていた。


 三人の間に沈黙が流れる。

 ヴァダーは無表情のまま、時たまに倉庫の入り口へ視線を向けていた。何かを待っているであろう事は容易に推測ができるだろう。

 ヒカリは寝そべるテルムの方へ視線を向けるが、テルムは全く動かない。そして意を結したようにしてヒカリは口を開いた。


「ヴァダー、さん。」

「何でしょうか……ああ、貴女を害する気持ちはありませんのでご安心ください。不必要に女性を傷つけるのは騎士として恥ずべき事です。直にアルス殿が来ると思いますので、ご安心ください。ああ、いや、言葉が通じないんでしたね。」


 ヴァダーがどうやって伝えようと思案する。ヴァダーはヒカリが言語を聞き取る事自体はできるというのを知らないのだ。

 その内に、ヒカリは拙いレイシア語を使いながら話し始める。


「あなた、何で、苦しい?」

「――」

「私、思う、あなた、ええと……辛そう。」


 身振り手振りを使って、何とかして自分の思うことをヒカリは伝えようとする。

 ヴァダーの表情は、どこか険しくなったように見えた。まるで、心の奥底が言い当てられたかのような。


「表情に、出ていましたか。」

「違う……私、視える。」

「……そういう、スキルですか。アルス殿が連れてきていたのは、こういう理由だったのですかね。」


 ヴァダーは初めて、微かに表情を崩す。しかしそれは微かなもので、それがどんな意味を持つ表情かを理解する前に、直ぐに元に戻ってしまった。


「それはきっと、不可抗力とは言え、このような卑劣な手段を取っているという事でしょう。私がもっと強ければ、きっとこのような事はしなくても良かった。」


 ヒカリは納得した様子ではなかった。だがそれを問い詰めるには、もう時間がなかった。

 キィ、と倉庫の扉が開く音がした。その扉から、一人の男が姿を現す。その尻尾と、頭から生える人のものとは違う形状の耳。だが全身が獣である魔族と比べれば、人と言うのに抵抗がない。その男はいわゆる、獣人であった。

 二メートルに近いその背丈を支える太い足で、地面を揺らしながらヴァダーの方へと足を進める。


「……随分と、遅かったですね。」

「昼間は眠い。最近の仕事は夜が多いからな。」


 男は口を抑えながら大きく欠伸をする。視線はヒカリとテルムの両方に注がれていた。


「どっちがどっちだ?」

「黒い髪の方が勇者、そうじゃない方が姫様ですよ。できれば早めにお願いします。時間もあまり余裕がないので。」

「ああ、そうだな。直ぐに終わらせるとしよう。」


 獣人の男は懐から拳銃を取り出した。そして躊躇いもなく、その銃口を寝転がるテルムへと向けた。


「……その銃は、何ですか?」

「そう殺気立つな。これも命令だ。これから始まる戦争を終わらせるのは惜しい。停戦の理由となるものは片っ端から処分する。それだけのこと。」


 ヴァダーは即座に剣を鞘から抜く。それに反応して銃口を、男はヴァダーへと向けた。


「俺と戦うつもりか?」

「あなたのその行動は、明確な裏切り行為です。認可できるものではありません。」

「組織を信用したお前が悪い。我々は目的を達成するためなら手段は問わない。」


 男は引き金を引いた。ヴァダーは放たれた銃弾を体を沈み込ませて避け、そのまま肉薄する。

 男は拳銃を捨て、指先の爪を尖らせ、その目を大きく開いた。


「ならばここで始末します。最初から信用はしていなかった。」

「それはこちらもだ。」


 獣人は種族特性的に身体能力が高い。特に虎の獣人であった男は、俊敏性が特に優れていた。

 ヴァダーの剣は幾度も振るわれるが空を斬る。

 二人は睨み合い、膠着の状態へと至った。それを、もう二人は見ていた。


「……何だよあいつら。味方じゃねえのかよ。」


 テルムは立ち上がり、ヒカリの方へと視線を向け、そして出口の方へと視線を向けた。

 逃げたくとも入口は一箇所以外塞がれている。そして唯一の入口を通るには、あの二人の戦いの横を通る必要がある。それは危険性が高すぎる。


「もう、めんどくせえよ、クソが。」


 テルムは一言、そうこぼした。

 魔法の鍛錬ですらできなかったのに、こんな、急に命をかけた場所に放り出されたとしても、テルムにはどうすることもできなかったのだ。

 テルムはもう、自分の命すらも、どうでも良くなっていた。

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