18.空気が読めない奴

「なるほど、な。」


 俺は合点がいき、頷いた。

 目の前には苛立って、頭を掻きむしるテルムの姿がある。原因としては明白で、うまくいっていないからである。


「できるかよ、こんなん!」


 そう言って、手に持っていた鉄球を投げ捨てた。鉄球はゴツン、と鈍い音を立てて床に落ち、そして床を転がっていく。

 今やっていた事は鉄球を浮かせるという事だ。浮遊の希少属性であるのなら簡単にいけると思ったのだが、想像とは違く、むしろ思いの外苦戦している。


 テルムは基礎的なもの、つまりは魔力制御などには目覚ましい才能があったが、実践の魔法では上手くいかなかった。

 きっと想像力が足りないせいだと俺は考えている。

 鮮明に、目の前に幻視してしまう程の強いイメージが、魔法を安定させる。どれだけ魔力が制御できてもイメージが浅ければ、どんな魔法も使えない。


「私は寝る! 今日はもう終わりだ!」

「……そうだな。そこまで精神が乱れたら、できるものもできないだろうし。」


 テルムはベッドの方へと歩いて行き、飛び込んで動かなくなった。

 俺が端の方で立っていたヴァダーへと視線を向けると、ヴァダーはこっちの方へと近付いてきた。そして、テルムに聞こえないぐらいの声で話しかける。


「やはり、希少属性は難しいですか。」

「真似してみろってのができないからな。俺だって感覚を掴むには一月ぐらいかかった。それも、五年間の下地があってだ。」

「なるほど、確か変身魔法でしたね。難しいものでしたか。」

「だけど逆に言えば、感覚を掴みさえすればそこからは普通の魔法よりもよく馴染む。そういうものなんだ、希少属性って。」


 テルムは軽いものなら浮かせられる。だが、逆に言えば重いものを浮かせられるイメージがない。

 きっと手の延長線とでしか、この希少属性をイメージできていないのだ。もっと自由なものとして捉えなくては、第一階位相当の魔法には届かない。


「だから、これから大体半年かけてコツを掴んでもらえれば――」

「失礼。」


 ヴァダーはそう言って話を遮った。理由を尋ねる前に、次の句を発する。


「この部屋へ一直線に走ってくる足音が聞こえます。念の為に警戒を。」


 ヴァダーは扉の方へ視線を移し、そして腰の剣へ手を添える。

 俺も魔力の感知を伸ばし、意識を向けると、確かにこの部屋へ向かう魔力を感じた。これを足音だけで感じ取る辺り、ヴァダーの技量が伺える。

 テルムにも情報を提供しようと思ったが、もう既に目を閉じて寝息を立てていた。ので、結界だけを張って、俺も魔力を練っておく。


「――来ます。」


 その人物は扉の前へ立った。

 気のせいだろうか、どこか感じ取った事のある魔力な気がする。即座に名前が出てこないのだから、大した仲ではないはずだが。


「ここが、王女の部屋かい?」


 ノックもせずにその人物は部屋を開け放った。

 その瞬間に、ヴァダーは地面を踏み込み、一瞬で距離を詰める。剣は既に鞘から解き放たれ、剣を握っていない右手でまず、相手の左腕を掴んだ。


「へ?」

「ああ、あなたでしたか。」


 どうやらその人物に心当たりがあったのか、ヴァダーはそう言うが、既に始まった技は止まらない。

 その左腕を掴んだまま、剣を持つ左手の肘を相手の首に差し込み、足をかけてそのまま体重を乗せる。するとそのまま、その人物は転んで、自然にヴァダーが押さえつける形となった。

 当然、左手の剣はその人物に向けられている。


「痛い! 痛いって! ギブギブ! ほら、オレだよ。冒険者のアポロンだって!」

「承知しております。しかし、女性の部屋にノックもせずに入るのが許される立場ではありません。」

「せめて剣をどけてくれ、これは過剰だ!」

「あなたは恐らく、魔法使いでしょう。姫様の前で信用できない魔法使いを自由にするわけにはいきません。」


 流石、王女の護衛を仰せつかるぐらいだ。その体術も、対応も淀みない。

 対して俺はそれを見ているだけで、むしろ混乱の状態にあった。


「おい、ちょっと待ってくれ。話が飲み込めない。結局、そいつは誰なんだよ。」

「王の依頼で滞在する冒険者です。」

「アテナさんと一緒に来てた、ってやつか。本当か、それ……」


 信じたくない。こいつが、オリュンポスの一団である事を認めてしまえば、まるであそこが変人の巣窟のようではないか。

 別に変人、奇人が駄目だとは言わないが、クランという集団の組織にいるというのは問題であると思う。

 だからアテナさんみたいに、異様にしっかりした人がいるのかもしれないけど。だとしたら相当苦労しているのだろうな。


「あ、お前! 何でお前が王女の部屋にいるんだよ!」


 アポロンは吠えるようにして、俺へと言葉の槍を向ける。

 まるであっちは俺の事を知っているようであるが、俺の方に覚えはない。どこかですれ違っていたのだろうか。


「あの方は姫様の、魔法の師です。口を慎みなさい。」

「はあ!? だってオレ、街でナンパしてる時にあったぞ。何で王族の依頼を受けるような魔法使いが街にいるんだよ!」

「お前あの時のナンパ男かよ!」

「失礼だな、俺にはアポロンっていう偉大な名が――」

「そろそろいいですね。このことはアテナ殿に伝えておきます。」


 ヴァダーは部屋の外にアポロンを放り投げる。アポロンは特に抗う事もなく、外の廊下を転がり、壁に体をぶつけた。

 そしてアポロンが何かを言うより早く、ヴァダーはその扉を閉める。


「あの時のナンパ野郎が、オリュンポスの、一員かよ。嘘だあ。」


 しかもあいつ、多少魔力も濃かったけど、大して強いような魔力でもなかった。きっとヘルメスより弱いと思う。

 絶対にヘルメスと仲がいいんだろうな。ろくでなし二人組みたいな感じなんだろうな。


「お騒がせして申し訳ありません。最近になって、城下町へ行くことを禁じられ、城内で暴れまわっているのです。止めてはいるのですが、まあ、このように効果はなく。」

「縄で縛ったらどうだ?」

「度々、アテナ殿が縛り付けているのですが、何故かいつの間に抜け出しているのですよ。それに、もう少しでいなくなると思って、もう諦めています。」


 その不屈さだけは評価に値する。何故それを鍛錬に向けないのか、というのが一番の疑問ではあるが。


「いなくなるっていうのは、依頼期間の終了か?」

「いえ、むしろ本番です。内乱が起きるという話はご存知ですか?」


 言われて思い出すのは、数週間前にアテナさんが言っていた言葉である。話自体は知っていた。


「軽くは知っているな。」

「なら、話は早いですね。隣国のヴァルトニアがオルゼイ領付近に軍を集めているのです。二人の仕事は国民の避難誘導、保護ですので、やっと現場に向かうという形です。」

「なるほど……アテナさんは兎も角、アポロンは役に立つのか?」


 アテナさんが強いかは知らないから言えないけど、アポロンは絶対に弱いと思う。

 普通の人よりは強いかもしれないが、とてもじゃないが軍隊を相手に人を守りながら戦えるようには見えない。

 だとしたら、アテナさんが相当強いのだろうか。そうじゃなきゃ依頼は完遂できないだろう。


「……分かりませんね。陛下が考えている事は昔から分かりません。ですが、間違っていない事だけは確実です。騎士としての誇りにかけて、それは断言できます。」

「だと、いいけどな。」


 内乱となれば、当然人は死ぬだろう。国家の戦いに介入するのは、良くない事だとは分かっているが、どうにかできないかと考えずにはいられなかった。

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