17.二人の弟子が
国王からヒカリが剣を教わる事が決まって、ある種不思議な心持ちで、俺はテルムに魔法を教えていた。やっている事は単なる反復で、随時分からない所を俺が教えていく、という形である。
テルムの授業において、俺は座学を重視していない。飽きるし、何より後からゆっくり学ぶ方が効率が良いと俺は考えているからだ。
魔法の上達方は主に二種類ある。
一つ目は理論立てて、理屈で魔法を覚えていくタイプ。しっかりとした理解をベースとするからこそ、後からしっかり伸びるが、いかんせんその最初を抜けるのが大変である。
二つ目は感覚で行使するタイプだ。世の中に蔓延る魔法使いの殆どがこれで、自分の魔法がどうやってできているかも知らない、という感じである。
俺はテルムを後者だと考えた。であれば、きっと理論は重荷になる。疲れた時や、聞かれた時に少しずつ教えればいい。
理論の一つである魔法陣だとか呪文が、希少属性であるテルムには当てはまらない、というのも大きい。
「ほら、できるようになったぜ……!」
「確かに形はできているな。」
俺の目の前で、体外の魔力放出を抑えている姿を、テルムが見せる。昨日もそれを見せる為に部屋に来たそうだ。
しかし、これを常体とするのが魔法使いの基本だ。そんなに力んでいては、『できた』と言うには程遠い。
「これからもそれは続けるけど、第二段階に入ろうか。」
ずっと同じ事をやっていては飽きる。コツさえ掴めれば他の事と並行するべきだ。
何より時間が一年しかないし、どちらにせよ、そうのんびりとやるわけにもいかない。
「『
誰もが一番最初に使う魔法、魔力をただ放出して操作するだけの、魔法と呼んでもいいか微妙な魔法だ。
だが、魔力消費の観点などなら考えたら、これ以上に練習に向いた魔法はない。
始めたばかりの人は派手な魔法をやりたがるが、こういう地味なもので練習をする方が重要である。
「ああ、ほらよ。」
テルムは手の平の上から魔力を出す。文字通りの不定の魔力が、スライムみたいに蠢いていた。
「なら、それを圧縮できるか?」
「圧縮? そんなんやって、何になるんだよ。」
「いいからやってみろ。」
テルムは渋々と、目の前の魔力へと意識を移す。魔力はそのままの質量で圧縮されていき、一定の所で停止する。
大きさとしては握り拳程度の大きさだ。元が人の頭ほどの大きさだから、そこそこの圧縮率である。
それ以上できないと悟ったのか、テルムは顔をあげ、俺と目を合わせた。
「で、これがどうしたんだよ。」
「人には生まれつき、魔力が入る容量が決まっている。いわばコップみたいなものだ。ギリギリまで入れたいが、入れ過ぎたら溢れてしまう。それを解決するのが第一段階。」
俺はテルムの前に、人差し指と中指の二本を突き出す。
第一段階は全員が通過する地点であり、できるようになれば終わり。しかし第二段階は、賢神であっても永遠に続ける、魔力量上昇の最も効率的な手段。
「第二段階は、中の液体を圧力を増させて縮めてしまえ、というものだ。そうすればもっと中に入る。」
魔力の粒子には、基本となるサイズがあるが、体積が可変であるという性質を持つ。この体積可変性を利用すれば、通常の数千倍もの魔力を持つ事を可能とする。
賢神クラスともなれば、最初の万倍は魔力を持っている。それぐらいに魔法に親しんだものにしか、賢神にはなれないと言っても良い。
「それ、借りるぞ。」
「借りるって言ったって、どうやって……」
俺はテルムの手の上の魔力に触れ、少し強引に魔法を奪い取る。
魔法は使用者と、体内魔力で接続されている。その体内魔力より上の魔力で、しかも相手より操作の技量があるならば、という条件で魔法の制御は奪い取れる。
「この程度の魔力量なら、もっと圧縮できるさ。それこそ、目に見えないぐらいにな。」
俺は奪い取った魔力を、瞬時に極小のサイズに圧縮する。米粒より小さく、だがそれでいて秘めたエネルギーは強い。
「このレベルの圧縮を、一年以内にできるようになってもらう。もちろん他の練習と並行して、だけどな。」
「……これを、一年で?」
「疑うな。俺が言うんだから絶対にできる。できないなんて思えば、魔法はその意思を汲み取ってしまうからな。自信過剰なぐらいが丁度いい。」
自分はできるという、もはや妄信とも思える程の執念が、魔法を強くする。
本番では練習以上の成果は出ないとよく言うが、魔法においては違う。実戦にはやたら強い魔法使いがうじゃうじゃしている。そこで今まで使えなかった魔法を使るようになる奴も多い。
それぐらいには、魔法において自身のメンタルは重要だ。できない、なんて微かにも思ってはならない。
「わざわざその為に契約までしたんだ。自分の首が吹っ飛ぶかもしれないのに、手を抜く奴がいるか?」
俺はそう言いながら、自分の首筋を指でトントンとつつく。
「いきなり変な契約をし出した、イカれ野郎を信用できるわけないだろ。」
「性格が悪くてすまんな。俺は相手の逃げ道を潰すようなやり方が、どうも好きらしいんだ。」
前世からの癖と言っても良い。
言い訳をされたくない、自分のせいにされたくない、そんな独りよがりな性格が生み出した癖である。これは今世では直すには至らなかった。
こういう場面においては便利であるから、それで直せなかったのもあるのだろう。
「それじゃあ、圧縮の練習をしよう。コツは外から力を加えて縮めるんじゃなくて、内から引っ張るように縮める事だ。」
テルムは返事はしないが、黙って練習を始める。
少しの間はそれで時間が潰れるだろうと、少し気の余裕ができると、違う事が脳裏に映る。今日から剣を教わる事になったヒカリの事である。
「あっちも、大丈夫だといいが……」
王城の中庭に、二人の人影があった。一人は髭を蓄えた老人で、もう一人は背筋を伸ばし、剣を構える少女である。
「ふむ……剣術の心得はあるようじゃな。見たことのある流派ではないがの。」
それも当然、ヒカリが使うのは日本剣道という別体系のものであり、異世界には当然持ち込まれているはずもない。
無論、異世界で戦う事を想定していない剣術など使いようはないが、最低限の心得があるのなら少しは楽になるというものである。
「背筋はそのままで良い。だが体が地面から浮き過ぎておる。しっかりと地面を踏み、足は多少曲げておけ。四方を囲まれた時、上空の敵を相手にする時、自分より遥かに図体が小さい敵を相手にする時。どんな相手にも対応するには、攻めより守りを重視するべきじゃ。」
地球であれば、敵と斬り合う時は必然的に人である。故に限定された剣術が発展した。
しかしこの世界において、人間にはできない挙動を平然と可能とする。背後に転移をしたり、四方八方から魔法を打ち込んだり、戦術の幅が地球とは違過ぎる。
それに余程強くならない限りは、大体の敵は格上であり、自分から攻め込むなど隙を晒すのと一緒である。
「わしの剣術は遥か昔に、鬼人族の女剣士より教わったものじゃ。男に勝つ為か、相手の攻撃を利用するものが多い。恐らくはそなたによく合っておる。」
クラウンは、その杖を持ち直し、ヒカリへと真っ直ぐに向ける。
「剣の振り方から攻撃のいなし方、そして勝ち方まで。折角じゃからわしの全てを叩き込んでやろう。なに、今は理解できなくとも、いつか役に立つものじゃよ。」
杖を持つ手に震えはなく、腰も曲がらず、目はしっかりとヒカリの体全体を捉えている。
ヒカリは目の前の老人を、まるで修羅の化身かと錯覚した。もし、自分が一瞬の隙さえ見せれば、忽ち死んでしまうのではないかと、そんな気さえするほどに、クラウンはどこまでも剣士であった。
「そなたも、それがお望みじゃろう?」
ヒカリは、力強く頷いた。
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