16.剣術習得
城下町に降りたその翌日、テルムの所に行く前に天野に呼び止められた。
何でも、これからの事について大切な話があるらしい。そんなわけで、俺は神妙な面持ちで立つ天野の前で、話し出すのを待っていた。
「あの、お願いがあります。」
「随分と改まった口調だな。いつもの変な話し方じゃなくていいのか?」
「大切な話には、流石に。」
天野は基本、二つの敬語を使い分ける癖がある。仲の良い先輩だとか同僚には、あの砕けた変な敬語を使う。逆に親しくない人とか、重要な場においてはかしこまった敬語を使う。
理由を以前に聞いた事はあるが、ただの癖だと言うだけだった。そんな変な癖、どうやったらつくんだよという話ではあるが、聞いて教えてくれないのだから深入りもした事がない。別にさして重要な事でもないし。
「私、剣を習いたいんです。」
「……剣術を、か?」
「はい。この世界の人は生まれながらに魔法に触れ親しんでいる。だから私が魔法を習得するなら、他の人の何倍もかかるはずです。それなら剣術を、やってみたいんです。」
今は、天野は俺の庇護下にある。お金もないし、自分で生活をする手立てもない。だからこそ、剣を習うにも俺の許可がいる。
更に言うなれば、言語を話せない以上、話を進めるのなら俺を主導にする必要がある。きっと迷惑をかけると思っているのだろう。
「お願いします、やらせてください。」
「理由は何だ。言語を覚えた後でもいい話な気もするけどな。」
「人に迷惑をかけるのはいいんです。ですが、かけっ放しは、駄目なんです。私はそう父に教わりました。私が、他ならぬ今の私を許せないんです。」
「それで、剣術か。」
「はい。」
責任感の強さは美徳である。しかし、この時ばかりは、少し悩んでしまう。
挑戦を止める権利はない。むしろ、俺如きが天野の自由を奪ってはならない。だが、果たして言語の通じない天野を見てくれて、信頼のできる剣士はいるだろうか。
剣術は、術がつくだけあって理論の積み重ねである。こうなればこうする。ああなればああする。そういうのを積み重ねたものこそが武術だ。コミュニケーションの不成立は、きっと相手にとっても大変だろう。
「教えてくれる人に関しては、一人当てがあります。承諾してくれるかは分かりませんが。」
「当て?」
「はい、昨日トイレに行く途中で会いました。」
よく話せもしないのに人脈を形成できたな。驚きを通り越して感心する。
「その人は自分のことを、クラウンと言っていました。」
「――」
俺は思わず絶句した。
「クラウン陛下は剣術をやっていたのだな。」
「腐っても王族じゃよ。いざという時、自分の命を守れるぐらいの力は必要じゃ。」
そう言って、穏やかにクラウンは笑った。
天野からクラウン陛下の名前が出てきた時は、流石に驚いた。トイレの為に出歩いて国王に会うってどういう事だよ。
そんなわけで、人払いをした状態で、またクラウン陛下と話していた。
「それで、天野に剣術を勧めたわけか?」
「いや、わしは勧めてはおらんよ。人は変化と未知を恐れる。だからこそ、新しいものに手を出す時には勇気が必要じゃ。わしはその背中をちょいと押してやっただけじゃよ。」
その結果、丁度聞いたばかりの剣術をやってみようと思ったわけだ。
別にこれ自体は構わないし、むしろ天野が前向きなのは大いに賛成だ。ただ、ちょっと相手が相手だから剣の先生を頼むには忍びない。
「……アマノというのは、アルス殿の手伝いの子か?」
「そうだ。ヒカリ・アマノと言う。」
「家名でいつも呼んでおるのか。」
背筋にゾクッと悪寒が走る。
それで慣れていたから呼んでいたが、普通に考えれば名字を呼ぶのはおかしな話だ。天野はどこの家の代表でもないのだから。
というか、天野がずっと先輩と呼んでくるからそれに引っ張られているせいな気がする。意識的に名前で呼ぶようにしなきゃいけないし、アルスと呼ばせるようにしなくてはいけない。
「いや、深い理由はないんだ。まあ、うん。あま……ヒカリの文化圏ではそういうのが普通らしい。」
「分かりやすく動揺するのう。事情は深入りせんよ、安心せい。互いに仲良くあるにはそれが一番じゃ。」
俺は安心して胸を撫で下ろす。
追求されて避け切れる気がしないから、そうやってやめてくれたのは助かった。
「本題に戻そう。確か剣を習いたい、という話じゃったな。」
「流石にクラウン陛下に頼むつもりはない。騎士の中から、適当な人を見繕ってくれるだけでもありがたい。無論、タダでとは言わないつもりだ。」
「残念ながら、騎士にそんな余裕はないの。特に今は、忙しい時期じゃ。」
自分で言った後に、少し反省した。流石に騎士とてそんな事はやりたくはないだろう。彼らの本分は国を守るためにあるはずだからだ。
「だからこそ、わしがやろう。金もいらん。」
「いや、流石にそれは……」
「構うな。わしにも、利益のある事じゃ。そうじゃろう?」
そうは言われても、利益となる事柄に心当たりはない。強いて言うなら、俺からの印象が良くなる程度であるが、自分にそこまでの価値がない事は理解しているつもりだ。
「何せ異界から呼び出された、
その言葉を聞いた瞬間に、体の魔力を練り上げる。即座に魔法を使える体制を整えながら、目の前に座るクラウン陛下を立って睨みつけた。
しかしクラウン陛下の様子に変わりはない。飄々と、穏やかに俺の顔を見上げていた。
「……どこでそれを知った。」
「秘密を誓うのなら、話そう。これは城内でも知っている人間が限られる。」
一瞬の間、悩む。だが、話さなければ良いのだ。このまま疑念を抱き続けるより遥かにマシだ。
「わかった。契約の魔法も必要か?」
「いいや、必要ない。わしはアルス殿に嘘をつかれるとは思っとらん。」
「俺は、グレゼリオン側の人間だぞ。」
「国に忠誠を誓えば、どんな悪行でも行うのか?」
黙りこくる。俺という人間性を理解しての言葉なのだろう。それにあちらが良いと言っている以上、これ以上変に長引かせる必要もない。
俺は一度、深い呼吸をして再び椅子へと座った。
「この世界には、生まれながらにスキルを持っている者がいる。神からの加護、祝福の眼、特別なスキル。それらを総称して、ギフトと呼ぶ。」
「そのギフトで、そのことを知ったのか。」
「如何にも。わしのスキルは『看破』。人の持つスキルと、その詳細を知りえる事ができる。昨日会った時点で、ちょっと覗き見たのじゃ。」
なる、ほど。天野が何のスキルを持っているかは、俺は知らない。
しかし確実に存在するのは翻訳のスキル。それの詳細を知れば、きっと異世界人と想像することは難しくないだろう。この世界には過去にも、幾度となく世界を渡った者がいたのだから。
「このことは互いの胸の内に秘めておこう。必要な情報は、わしが賢神と『勇者』のスキルを持つ者に恩が売れる。そういう事じゃからな。」
「それほどに、そのスキルには価値があるのか?」
「それもある。しかしそれ以上に、アルス殿、貴殿に恩を売ることが重要なのじゃよ。」
その目は、俺を見ているのか、それとも見ていないのか判断がつかなかった。焦点が合わない、といった感覚である。
「数十年間生きて来て、スキルが分からないという経験は、初めてじゃからな。」
わからない。それは、存在はするが、何なのか分からないという事だろうか。それならば、俺の中には確かに当てがあった。
だとしたらそれは、神の祝福でさえも、俺の中の神を暴くことができなかった、という事になるわけだ。
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