30.終盤劇
二度目の人生と言えば、聞こえは良い。
確かに異世界に来たからこそ得た物は多いし、楽しい事も沢山あった。
だが、その分苦しんだ事だってあったのだ。
結果良ければ全て良し、なんて絶対に嘘だ。どれだけ思い出を重ねても、母親の死に際を今でも鮮明に思い出せる。命をかけた戦いは何度もやったが、なくて済むならそれで良かった。
苦しいんだ。嫌なんだ。逃げ出したかった。それでも、それでも守りたいものがあったから、ここまで頑張れたんだ。
異世界転生なんてクソ喰らえだ。俺がどれだけ強くても、この身は一つだけで、命が軽いこの世界では全てが守り切れない。
警察が優秀だった日本が、今となっては恋しい。
「この感じ、魔法じゃないな。」
俺は天野を包む、謎の障壁を観察する。
異世界を渡る時に、何か力を得たのだろう。恐らくはこの世界では実在されるという神であろうが、そういう事ができるのならば何故返してやらなかったのだろうか。
兎も角、そういうスキルを得たと考えるのが妥当である。スキルとは神の神秘であり、手に入れる法則性は未だ解明されていない。しかし、異界を渡ると何かしらのスキルを得るというのが定説らしい。
そうでもないと召喚に体が耐えられないから、らしいが。
「おい、天野。起きれるか?」
既に手足を繋ぐ鎖は壊した。流石に本人が怪我をする可能性もあったから、障壁は壊せない。だからこうやって、外から呼びかける事しかできない。
「ぁ」
少し声が漏れるのが聞こえた。瞼を上げ、俺と天野の目が合う。障壁はそれとほぼ同時に消えた。寝ている間だけ構築する障壁なのだろうか。
兎も角、俺は天野の方に駆け寄る。痩せこけた様子から見るに、明らかな栄養失調だ。ストルトスの日記が本当なら、一年は何も食べていない。スキルがなければ確実に死んでいる。
「近付か、ないで!」
「ッ!」
そう言われて、俺は足を止める。
考えれば当然の事だ。俺が味方であるなどという確証は、天野にはない。転生してしまった以上、俺が自分のことを草薙真と言っても、信じてはもらえないだろう。
「すまん、恨み言ならいくらでも後で聞く。」
だが、それでも足を前に出す。時間がないのもある。しかしそれよりもまず、俺はしなくてはならないことがあったのだ。
「本当に、すまなかった。」
「――え?」
俺は膝をついて頭を下げた。
「俺がもっと早くここに来れていれば、もっと早く気付けていれば、こんな事にはならなかったはずだ。許してくれとは言わない。ただ、すまなかった。」
天野は何も言わない。どんな事を言われても、どんな事をされても仕方がないとは思っていたが、そのどちらも来ることはなかった。
このまま天野が何か言うのを待つのも時間があれば良いのかもしれないが、生憎とそんな余裕はないし、この場所から一刻も早く天野を離れさせたい。こんな場所に、一分一秒も長く天野をいさせたくはない。
「……詳細は、後にしよう。取り敢えずここから脱出する。信用できないと思うが、頼む。ついてきてくれ。誓って害をなす事はしないと、両親に誓おう。」
天野は何も、言わない。沈黙を肯定と受け取ることもできるが、それで精神にダメージを与える方が怖い。だから天野が何かしらで肯定の意を表現するまで、俺はこれ以上は天野に近付けない。
「なまえ、は?」
予想外の言葉が、天野から飛んだ。
確かに名乗っていなかった。だが、それは俺を思わぬ形で悩ませる。即ち、アルス・ウァクラートと名乗るか、草薙真と名乗るかだ。
「アルス……アルス・ウァクラートだ。」
しかし悩むのも、そう長い時間ではなかった。
きっと草薙真と名乗っても混乱させるだけである。もう既に、彼女にとっては死んだ人の名前であるからだ。
「――先輩じゃ、ないの?」
「え?」
心臓が握りしめられた気分だった。見間違えるような容姿はしていない、関連付けられる要素など、一つもないはずなのだ。
顔立ちも、髪の色も、性格も、声でさえも何もかも違う。その先輩が、俺でない先輩だったとしても、純正の日本人である天野に白髪の先輩などいるだろうか。
「ああ、なんだ。それなら……」
そう言って、天野は再びその場に崩れ落ちて、再び瞼を閉じて眠り始めた。しかし先程の、眠り姫のような、もう二度と目覚めないような眠りとは違い、安らかで心地が良さそうに眠りについたのだ。
「……ビビらせんなよ、一瞬死んだかと思ったじゃねえか。」
心臓が動いていて、息もしているという事を確認した上で、俺は胸をなでおろす。
流石にもう一度目覚めるまでは待てないので、俺は天野をおぶり、魔法で作った木で固定する。この状態では変身魔法も使えないし、走って移動する必要があった。
「イデアは上手くやってるといいが。」
俺は最後の懸念を思い起こしながら、王城を抜け出す為にその足を動かした。
王城内では騎士の声が響いている。イデアが王女の部屋に近付いているのを近付き、一層警護が強くなったタイミングであった。
その当人であるイデアは、とある一室にてドアを背に一度休んでいた。いや、休まざるをえなかったと言う方が正しい。
「思ったより、何十倍も優秀だな。」
イデアは今も尚、血が流れる右腕を抑えながら、そう言った。
王女の部屋へ向かう道中、右腕を斬られてしまったのだ。使い物にならなくなるほどではないが、ほっておけば重傷になるような傷である。
しかし今から医者にみてもらうことは、当然イデアにはできない。ここでなんとか止血をして、進むしかなかった。
「『
そう一言、呟いた瞬間に傷は塞がった。血も消える。まるでそこには最初から何もなかったかのように、元に戻っていた。
「アルスがここまで、お膳立てしてくれたんだ。僕だって、諦めてたまるか。」
イデアはふらつきながらも立ち上がり、部屋を出て再び走り始めた。
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