29.交錯する策

「宰相閣下、城門が突破されました。どうやら門番の兵が寝返ったようです。」

「そうですか……寝返った騎士はどれぐらいですか?推測でも構いません。」

「王城にいる選りすぐりの騎士100名、内20名ほどだと推測します。」

「案外少ないですね。いえ、多いのでしょうか。王国に忠誠を誓い、その為になら命をかけるとも宣言した近衛の騎士が、20人も裏切るのですから。」


 2階の玉座の間にて、宰相は気怠げに息を吐いた。


「それでは、騎士も全員裏口から避難してください。迅速な誘導指示、ありがとうございました。」

「……失礼ながら、閣下はどうされるおつもりですか?」

「精算をします。この革命は、国王代理を止められなかった私の責任でもありますから。私の首を条件に、王女殿下の保護ぐらいは突き付けてみせます。」


 この近衛の騎士は、特に宰相と繋がりが深い騎士であった。

 故に知っていた。宰相が今までどうやって国を守ってきたか、どんな手段を使って、元の王国へ戻そうとしていたか。

 そしてそれに、大きな自責の念があったということも。


「こうなってしまえば、君の仕事も全て無駄になったという事ですね。やりたくもない事を、ここまで付き合わせてすみません。」


 宰相は軽く頭を下げる。騎士は、何も返せない。


「ですが、それも今日で終わりです。君ほど優秀であれば、騎士としての働き口に困ることもないでしょう。」

「……」

「リクラブリア王国は滅びます。ですが、決してリクラブリア国は滅びない。できれば、そこで再び騎士をやってくれれば、嬉しいのですがね。」


 どうしようもない事である。人生において、自分が正しいと思っていた事が本当に正しいかなんて分かりはしない。

 振り返ってみれば間違えた、と思うことの方が多いものだ。


「我々は、かつての王国に忠誠を誓いました。正直に言って、国王代理陛下には微塵も忠誠などはありません。」


 それでも意志は、想いだけは、間違っている事なんて有り得ない。


「寝返った騎士は、そうではなかったのでしょう。しかし、残った私を含めた騎士全員は、閣下に忠誠と恩義を感じているから残っているのです。」

「私に、ですか?」

「我らの忠誠を、あんな者に向けるという、騎士としての最大の屈辱を耐えれたのも、閣下がいたからです。閣下だけが、最後まで諦めていなかったからです。」


 寝る時間も削り、自分の知識と努力と才能の限りを尽くして、かつてのリクラブリア王国を取り戻そうとした。

 その姿を、礼節と忠義を重んじる近衛騎士が罵ることができようか。


「裏切った者は、国民を守り、国民を救う為なら命をかける覚悟を持っていたはずです。それならば我々も、宰相閣下の為ならば命を捧げる覚悟はできています。」


 宰相は舐めていた。決して馬鹿にしていたわけではない。むしろ同じ国を思う同志として信頼までしていた。

 だが、どこか心の中で、国と命ならば命を取ると思っていたのだ。自分ほどの覚悟はないと、思ってしまっていたのだ。


「……非礼を詫びましょう。私はそこまで貴方達が気高いとは、思っていませんでした。」

「いえ、謝罪は不要です。むしろ先導者がいなければ、何もできないのが私たちです。どうか何なりと指示を。」


 宰相は策を巡らす。

 よりこの国が良くあれる方法を、より犠牲者が少ない方法を、より迅速に国家を建て直す方法を。


「国王代理、ストルトスを差し出すと伝えてください。ですがその代わりに、王政の終わりまでは最低でも一週間は期間を空けるように条件付けるように。」

「はっ!」

「それと、他の騎士もできるだけ一度ここに集まるように伝えておいてください。」

「了解しました!」


 騎士は宰相の言葉を聞いて、走ってこの場を離れていった。

 その内にも宰相は頭を回す。自分が他国の人間であるのならば、どのような策をこのタイミングで打つか。

 まず間違いなく、グレゼリオンは関わってくるだろう。元々アルスが、グレゼリオン王国の使いとして来たのだ。

 魔導の国ロギアは興味自体ないであろうが、逆にヴァルバーン連合王国は何かを仕掛けてくる可能性がある。


(グレゼリオンが利益を出すには、新体制に恩を売る必要がある。そしてこの革命を、アルス殿を通じて事前に知っていると仮定をするのならば、一番美味しい選択肢は何だ?)


 その思考は巡り、一つの答えへと辿り着く。

 仲介である。

 そもそも妙な話だったのだ。ここで革命を成せても、後から貴族諸侯で集まり、軍を差し向けて無理矢理王国制が続くだけだ。どこかの公爵が王となるだけなのだ。

 だがもしも、民衆の後ろにグレゼリオンが付けばどうだろう。そうなれば貴族は何もできない。リクラブリア王国は目覚ましい発展を遂げていたが、グレゼリオンにとっては一瞬で滅びる程度の国でしかない。


 今、リクラブリア王国は主に魔導の国ロギアと貿易を行っている。民主主義国家リクラブリアが誕生すれば、その後ろ盾であるグレゼリオンとは当然貿易が盛んになるだろう。

 そして加えるのならばグレゼリオン王国からの印象は良くなる。グレゼリオンの国力は圧倒的だ。国力をあげるよりも信用をあげた方が国益に繋がる。


「まさか、そこまで考えて……」


 悲しきかな、アルスはそこまで考えてはいない。アルスが立案した策を、連絡を取ったアースが一方的に利用し、グレゼリオンへ都合の良い方法にしただけである。

 しかしそんな事を知る余地はない宰相にとって、アルスという虚像が大きくなってしまっていた。


「報告をします! 王城上部にて緊急事態が発生しました!」


 考え込んでいたタイミングで、玉座の間へある騎士が肩で息をしながら入ってきた。


「アルス殿とディオが戦っているということですか? それなら知っています。」

「いいえ、それとは別件です。上空を通過している教会の飛行艇より、一人が落下し、王城へ墜落しました!」

「は?」


 言われたことが頭に入ってこなかった宰相を、誰が責めることができようか。

 何故このタイミングで教会が介入してきたのか、宰相には理解できないし、当然予想してもいないことだった。


「おおよそ、十数分前のことです。報告が遅れて申し訳ございません!」

「いえ、他のどんな事より避難誘導を優先しろと言ったのは私です。職務を全うしたあなたに責はありません。それより詳細を。」

「ディオとキャソックを着た男が現在戦闘を行っているようです。あまりにも激しすぎて誰も近寄れていないため、詳細はわかりません。」

「……なるほど、恐らくは教会の戦闘部隊か何かでしょう。何のために来たのかは検討がつきませんが。」


 理解はできないが、ディオがどうしようもできなければ、宰相もその男はどうしようもない。よって宰相は一度、その男の事を忘れることにした。


「それよりも、ここに集まるよう、近衛騎士全員に伝えてください。疲れているようですが、お願いします。」

「はっ!」


 玉座の間を出ていく騎士の後姿を見ながら、宰相は一つ思いついた。

 一度はまさか、と否定材料を探したが、探せば探すほどその考えが正しい気がしてならなくなってきた。


「仲介役を担うには、何にせよ成り行きが必要。冒険者と教会の者が王城で戦っているとなれば、通り過ぎれば見逃すことなどできない。まさかその理由作りの為だけに……」


 たとえ話をしよう。

 例えばとある夫婦が夫婦喧嘩をしていたとしても、近所に住むだけの人は立ち入りできる事ではない。だがもしも、その夫婦喧嘩が殺し合いに発展すれば、その話に介入するのは不自然な事ではない。

 つまり明らかに危険で、危ない事がそこで起きていれば、グレゼリオンが介入できるのだ。それがディオとグラデリメロスの戦いとするなら。


「――来る。最強の騎士、『神域』のオルグラーが。」

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