25.革命

 民衆は慌てふためいていた。どうしたら良いか、わからなかったと言ってもいい。

 たった一分か、それに満たない言葉は、少なからず王都にいる全員を悩ませていた。

 だが、それでもまだ民が動くには一つ足りない。

 アルスのあの要請はディオを呼びつける目的のものであり、自分に注目を寄せるというのが大きい。最悪、革命が為される必要性はない。

 ディオが来るからこそ時間もかけれず、そのせいで民は言葉の理解に注力をせねばならなかった。


「オイお前ら! 俺ァ行くぜ! 誰か他に行く奴はいねえのか!」


 しかし、汲み取れた者も確かにいたのだ。

 その男はパン屋の店主であった。街の中を大声を出しながら歩き、王城へと歩いていく。


「おいパン屋のおっさん! あんた何か知ってるのか!?」


 あまりにも堂々と歩くので、一人がそう聞いた。


「何も知らねえよ! だがよ、変声も済みきってないガキが、国を敵に回してまでして、この国を変えようとしてるんだろうが! それに報いるのが大人だ!」

「そんなん誰も望んじゃいねえよ!」

「本当にそうか? お前がやりたくないだけじゃねえのか、あ?」


 反論する人も当然いる。だが逆に言えば、賛成する人もいるという事だ。


「俺も行くぜ! ここは俺達が生まれ育った故郷だ! 俺達が変えてやらなくちゃな!」

「私も行く! もうあんな王の下で暮らしたくない!」

「王城に行ってどうするんだよ、犬死にするだけだぞ!」

「オイ、お前も行くんだよ。」

「要は王を退位させりゃいいんだろうが。この人数なら簡単だ。」

「私の息子は3人とも騎士だわ。きっと、力を貸してくれるはず。」

「お父さんはあの無能な王に処刑されたのよ。許せるはずないでしょ!」


 一度火が付けば留まる事を知らない。あっという間に人々は街道へと集まってくる。

 油に火が広がるように、街は騒がしくなり、街道には行列ができる。


「行くぞ、王城だ! 革命の時だ! 俺達が国を変えるんだ!」


 誰かがそう言ったのを皮切りに、集まった人々は次々と王城へと走っていく。


「……あれ、リーダーの差金ですか?」


 それとはまた別で、街の中、三十代ほどの二人の男がいた。


「まさか。子供を革命に巻き込むわけないだろ。」

「なら、俺らはどうします?」

「当然乗っかるぞ。多分これが最後のチャンスだ。」


 ここまで国が荒れ果て、国民の全員が何もしていないはずがなかった。

 密かに革命の準備を整えている人もいたのだ。


「倉庫の魔道具を全部引っ張り出せ。誰一人として死なせるな。死ぬのは、死ぬ覚悟がある俺達だけでいい。」

「了解。」


 これがアルスの賭けである。革命の準備をしている奴がいて、尚且準備がある程度整っていて、自分に乗ってくれるか。

 その策は意外にもしっかりとハマった。

 王都に住まう民の内、一万人に迫る民が、アルスの言葉によって動いたのだ。






「随分と下は、やかましいな。」

「……確かに、そうだな。」


 俺は目の前のディオと対峙しながら、かなりの人数が動いてくれたことにホッとする。

 だがそれも、ここでディオを行かせれば水の泡だ。いくら騎士は倒せても、ディオを倒せるどころか、抑えられる奴すらいないだろう。

 俺がここで、ディオを止めなくてはならない。


「俺はお前が、一体何をしたいのかはどうでもいい。俺はただ、生きていけるだけの金と、強い奴との戦いが欲しいだけだ。」

「そんなに強いなら、金なんか盗んでそうだと思ったんだがな。」

「クランマスターにするなって言われているからな。」


 クランに所属していたのか。どう見ても集団に属する、というか属せられる手合いではないと思っていたのだが。

 こう見えて案外社交性があるのかもしれない。


「それに、俺を恨んだ奴は大体暗殺を選ぶ。死合ならともかく、殺し屋に狙われるのはめんどくせえ。」


 前言撤回、社交性はない。言いぶりからして既にした後だ。

 逆にこんなレベルの化け物を御するクランマスターも相当の化け物に違いないだろう。


「それじゃあ、無駄話もここで終いだ。俺は嘘はつかねえ。依頼は忠実にこなさせてもらうぜ。」

「こんだけ壊しといて、忠実とはよく言うな。」

「壊すななんて、依頼には入ってねえ。」


 相変わらずの暴論だ。普通壊すなんて考えないのだから、依頼主が可愛そうと言う他ない。


「頼むから、簡単に死ぬなよ?」


 ディオの姿が掻き消える。

 どこに行ったかなんて考えない。何よりも速く、体を雷へと変えて上空へと一瞬で離脱する。

 相手は剣を使う以上、空を飛ぶ相手は苦手な部類のはずだ。


「速いな。ディーテにも並ぶ。」


 上空から見下ろすと、俺がさっきまでいた場所にディオが既に立っていた。

 一秒も経たないうちの出来事である。

 ディーテというのが誰なのかと疑問が浮かぶが、それを振り払って魔力を練り次の攻撃に移る。


「『無題の魔法書』」


 現れるのは人が作り出した最強の武器、神器に並ぶようにと作られた千の人器の一つ。

 親父が俺に託した、最高の魔法書を辺りに漂わせる。


「全身全霊を、この一撃に。」


 出し惜しみはしない。したらその瞬間に死ぬ。

 右手に持つのは『巨神炎剣(レーヴァテイン)』。体の魔力の全てを、そこに集約させる。


「面白えじゃねえか。」

「『最後の一撃ラスト・カノン』」


 弾かれるように俺はディオへと接近し、大きく振りかぶった状態から、間合いに入った瞬間に振り抜く。


「スキルに並ぶレベルの魔法か。賢神でも珍しいぜ、これは。」

「当たり前、だ!」


 しかし、届かない。前の夜よりかは全力を引き出せてはいるだろう。だが止める剣を押しのけることも、溶かすこともできない。

 親父にとって巨神炎剣レーヴァテインは数ある魔法の一つ。親父の本領は強力な攻撃の連撃だったと言う。俺は未だ、親父の影すら踏めていない。

 魔力の制御が粗いから、魔力が無駄になっているのを肌に感じる。師匠であれば、俺の百分の一以下で同程度の一撃を放てるだろう。


「良いもんだ、何を利用しても強くなろうとするのはよ。だが、まだ俺を倒すには足りねえ!」


 闘気が溢れ、異常なパワーで俺の剣は押し返された。そしてそのまま、形を維持できずに消失する。

 たった一度の打ち合いで城の上部は消し飛んでいた。

 俺の全魔力をかけた一撃は、ディオの本気の一撃と同程度に過ぎないわけだ。


「チッ!」


 舌打ちをしながら、魔石を出して砕く。

 魔石から魔力を回復するのは少し気持ちが悪いが、仕方ない。この場で魔力が尽きるのは死ぬと同義だ。


「『焔翼ほむらのつばさ』」


 燃え盛る炎が翼の形を型取り、火の粉を撒き散らしながら、背から大きく広がる。

 体全体を鳥へと変えるのではなく、部分のみの変化。魔力消費を抑えたいからだ。


「『焔剣ほむらのつるぎ』」


 虚空を掴み、そこから長い剣を生み出す。赤く燃える不定形の剣である。


「なんだ、さっきのはもう打たないのか?」

「アレは生憎と俺の魔法じゃないからな。そう何度も使えないんだよ。」

「別な何だっていいがな。そう簡単に死ぬなよ。」


 再びディオが地面を踏み、大きく跳躍してこっちへ迫る。放たれる剣を半ば反射的に剣で防ぐが、防ぎ切れはしない。

 俺は後ろへと吹き飛ぶが、翼があるおかげで空中に留まれる。

 すると俺は目を疑う光景を見ることとなった。


「空中をっ!」

「空を飛ぶ奴はめんどくせえなあ!」


 何もないはずの空中を足場にして、有り得ない角度で曲がり、ディオは二撃目を放つ。

 二撃目は上から下への一撃。落とされれば勝ち目はない。


「『雛鳥』」

「オラッ!」


 体を小さな鳥にして逃げたのと、ディオが剣を振り下ろしたのは同時だった。

 俺は更に上空で、体を構築し直す。右手には小さくはない、斬られた傷があった。


「中々、面白え魔法じゃねえか。後数年あれば、俺とも戦えただろうによ。」


 剣についた血を払うように、ディオは剣を振った。

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