24.決行

 夜というのは何か良からぬ事をする際にはうってつけである。

 暗闇の最中であれば人通りは少なく、仕事をするものもいない。それに顔や背格好など、全て暗闇が隠してくれるのだ。

 だからいつだって、物語において大事な事は夜にあって、それが最も妥当であるから、誰も違和感を持たないのだ。


「だけどまあ、今日はちょっと違うけどな。」


 時刻としては日が沈んで直ぐ。人々が眠りにつくには数刻ばかり早い。

 そんな時に、俺は王城の最も高い場所、とがった屋根の天辺にいた。

 この時間帯でなくては、俺の策は機能しない。このタイミングが唯一のタイミングであり、ここを逃せば翌日のこの時間を持つしかない。


「落ち着け、俺。練習なら部屋の中で散々しただろうが。」


 大きく息を吐き、心を落ち着かせる。

 これは賭けだ。策と呼べば聞こえはいいが、本当に識者であるのならばこの手は打たない。

 これは、凡人が打つ、全てを手に入れるか全てを失うかの一か八かの大博打だ。


「聞こえるか! 王都に住まうリクラブリアの民よ!」


 拡声の魔法により、俺の声は王都に響き渡った。


「俺の名は、アルス・ウァクラート!」


 引き金は引かれる。


「国王代理であるストルトスの孫、王族の血を引く者である!」


 明らかに人々がざわめき始めるのが分かった。

 そして少しの間を空け、再び口を開いた。


「王族として、民に問おう。この国は良い国か、この国は続くに値する国か、諸君らが誇れる国か?」


 国民の一人一人に問いかけるように、言葉を発する。


「否、誇れるはずがない。かつての自由を手に入れた強さは消え失せ、愚鈍な国王に付き従うだけ。この国はもはや、かつてのリクラブリアには遠く及ばない、滅び行くだけの国である。」


 ここまで言えば何か返す奴も一人はいるかもしれない、そう思っていたが、俺以外の声はここに響かなかった。

 皆が心の節々で、僅かに思っていることだからだ。


「誰か反論をする奴はいないのか。誰か俺を口汚く罵る奴はいないのか。誰か、俺を殺したいほど、先の言葉が許せない奴はいないのか。」


 言葉は返らない。誰も、俺の言葉に真正面から反論できる奴なんて、いなかった。


「それなら、この国をただ滅び行くのを、ただ眺めているだけで良いのか?」


 この国は、ほぼ詰んでいる。きっと今、何とかして乗り越えても、絶対に次で終わりを迎える。

 文字通り、いつか滅び行くだけの国。


「違うだろ。まだ、変えられる。まだ滅びていない。まだ今から変えられる。」


 まだ、終わっていない。まだ、終わらせない。

 それを決めるのは俺じゃない。この国にいる全員の意志だ。


「死ぬほど苦しんだ奴もいるだろう。頭が狂うほど、国王を恨んだ奴だっているだろう。だから待っていたはずだ。いつか来る、変わる時を、終わる時を。」


 そのいつかに、一切の目処が立っていないだけで。


。」


 待つのは終わりだ。待ったって何も来ない。それはこの世界に来てから、嫌というほど思い知った。


「誤魔化すな、目を逸らすな、足を後ろに出すな! 俺は他の誰でもない、お前に向かって言っているんだ!」


 これは俺一人と、多人数への会話ではない。一対一の会話、それを王都にいる国民全員としているのだ。

 人は誰かがやるなら逃げてしまう。やらなくて良いことからは逃げてしまう。

 だから漠然と語りかけることはない。俺は全員に話しかけているのだ。これは演説のようで演説ではない。


「俺の言っている事を不思議がっているお前、うるさいからさっさと眠らせてくれと思っているお前、自分には何もできないと考えているお前! そのお前だけが、国を変えられるんだ!」


 国のあり方が変わる時は二つ。一つは戦争に負けた時、二つは革命が起きた時。

 国が良い方向に進む時の殆どは後者である。

 だからこそ、俺が何をしても国は変わらない。国を変えるのは国民でなくてはならない。


「選べ。傍観者か英雄か、そのどちらになるのか。」


 この場における舞台役者は大きく4つ。

 国を変える英雄、何もしない傍観者、切っ掛けを作る部外者、そして、どれにも含まれない怪盗ジョーカー

 それだけで良い。それ以外の選択肢を与えてはいけない。


「王城にて、待つ。」


 そう締め括る。民家から出てくる人の姿は見えない。

 これは決断だ。人生をかけた決断だ。即決する方が難しい。だから、それは良い。

 必要なのはこの場所に、コイツを呼び出すこと。


「言ったはずだぜ、俺はよォ!」


 城の天井を突き破り、巨漢の男が屋根上に立つ。手に持つのは抜身の剣。漂う覇気は正に巨神という言葉が相応しい。


「俺に敵対するなってな。」


 賢神十席にすら肩を並べる実力者、冒険者ディオがここに。






 同刻、王城付近。一人の青年が、風に揺られながら立っていた。

 これから王城に忍び込むとは思えないほどの軽装であり、その顔はどこか青ざめているようだった。


「……よし。」


 しかし、アルスよりは覚悟は決めていた。その証拠に震えは欠片もなかった。


「『今宵は良い夜だ』」


 イデアは物語の一節を語り始める。


「『虫の囀りはまるでオーケストラのように優雅で』」


 イデアの体を光が包み始める。それは細やかな光の粒子であり、それは時間かけてイデアの体を包んでいく。


「『輝く星々はどんな宝石より美しく』」


 先ず光は黒い燕尾服、もしくは夜会服へと変わっていく。ただ、普通のそれではなく、本来白地である部分も黒くなっていた。


「『照らす月は絶世の美女のようだ』」


 次に現れるのはシルクハットに、首から下げられて眼窩にはめ込まれた片眼鏡モノクル


「『こんなに美しい夜であるなら』」


 マントが現れながらなびき、右手に短い杖が握られる。


「『盗み甲斐がある』」


 最後にシルクハットの位置を整えながら、イデアはそう言い切った。

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