26.神の炎

 この戦いには、明確な勝利条件が決まっている。

 一つ目は勇者こと天野を連れ出し、保護をすること。

 二つ目はこの王城をぶち壊して、革命を為させること。

 三つ目は国民に見つかることなく、グレゼリオンへ帰ること。

 この三つを全て達成できたら、俺の勝ちだ。


 一つ目は天野を助ける為に、二つ目は国民を助ける為に、三つ目は俺がリクラブリアから逃げるのに必要なことだ。

 見つかってしまえば、新しい国王となって欲しいと言われる可能性がある。そうでなくても、拘束される可能性も高いだろう。


 そしてその目的を達成するには、ディオの無力化は最低条件である。


「遅えよ。」

「ッ!」


 その足で体を蹴られ、横に吹き飛ぶ。肺から空気が押し出され、音にもならない声が口から漏れ出た。

 地面を転がり、口の中からは鉄の味がした。

 ディオには未だ、傷一つつかない。更に言うなら、俺がまだ生きているのだから、手加減をされているのは明白である。


「言っておくが、俺は手加減をしてるわけじゃねえぜ。ただ、やる気が出ねえから、一番楽なやり方でお前を殺そうとしてるだけだ。」

「それを、手加減って言うんだよ。」

「真剣じゃねえだけだ。やる気がないなりに本気は出してる。」


 ディオの攻撃は、粗末と言う他ない。師匠から武術をほんの少し習っただけだが、それでも隙だらけなはずなのはよく分かる。

 剣は相手に向けず、片手にぶら下げるだけであり、立ち方も即座に動けるような立ち方ではない。剣を振るときも子供のチャンバラのような雑な振り方だ。


 


 その全てを圧倒的な身体能力で補っているのだ。

 隙ができるのならその分速く、威力が出ないのならその分だけパワーを。諸人の努力を嘲笑うかのように、術理による利を覆す。

 これは最早、人ではない。熊のようなものだ。ただ、その力を振り回すだけで勝利を掴み取る存在であるのだ。


「……今ならまだ、間に合うぜ。俺の仕事はこの王城の警護だけだ。今下に集まってる奴らをぶっ倒すのは仕事だが、お前を倒すのは仕事じゃねえ。」


 ディオは俺を殺したがらない。俺が強くなると踏んで、その後に戦いたいからだ。

 今戦えば、俺はディオの一撃でうっかり死にかねない。それをディオは危惧している。だから、やる気もないのだ。


「俺はお前に勝つ算段があるから、勝負を挑んだんだ。逃げる理由はない。」

「なら、とっとその算段を見せろ。来もしない切り札を待つほど、俺は辛抱強くないんだ。」

「強者なら油断して余裕を見せてくれよ……!」

「悪いな。俺は強くなった奴じゃなくて、強い奴なんだ。俺はお前を殺したくねえから、こんな無駄話に付き合ってやってる。それだけじゃ不服かよ。」


 再び、今度はゆっくりと足を、地面に転がる俺へと伸ばす。

 この場を離れなくはいけない。ディオと戦うのであれば、接近戦は絶対に駄目だ。相手の土俵に入ってはいけない。

 俺は背中から炎の翼を大きく広げ、この場を離れた。


「クソ、まだかよ。」


 俺は空を飛びながら城門の前に集まる国民の方を見た。どうやら城門を突破できていないようだ。

 この調子ではまだみたいだ。後何分か、まだ耐えなくてはならない。


「あン?」


 だが、突然とディオは動きを止めた。


「……ああ、なるほどな。これがお前の勝つ算段か。」

「何を言って――」

「いい。もう分かった。面白い事思いつくじゃねえか、最高だ。ここに来た甲斐があったわけだ。」


 そして俺に背を向け、殆ど瓦礫となった王城の上部を歩きながら、城門の方へと向いた。


「何をするつもりだ?」

「お前は殺し合いをする相手の方を向かずに戦えるのか?」


 一瞬、言葉の意味が分からなかった。

 だがそこで、やっと聞こえてきた風を切る音が、俺にそれの正体が何なのかと気付かせる。遥か空中から、それは降って来ているのだと。

 それは人だった。それもただの人ではなく、羅刹のようなものだった。宿敵、即ち教会の敵の全てを葬り去る炎であった。


 雲を抜け、神に作られし人の体が、真っすぐと城門方向から迫る。そして真正面からディオの体へと、突進するかのように衝突した。

 ディオの体は足で地面をすりながら、後ろに下がり、さっきまでディオが立っていた所にもう一人の男が立っていた。


「――裁きの鐘は鳴った。」


 低い声が、響く。


「赦しを乞う必要はない。戦う意味はない。抗う価値など存在しない。祈りは最早、通じはしない。」


 身を包む暗い青のキャソック、手に握る光の、持ち手のない剣。首からぶら下げた金色の球体のアクセサリー。

 全て覚えている。今でも昨日のように思い出せる。

 それが今回は、味方であることを喜べば良いのか、悲しめば良いのか。


「ただ、絶望しながら生き絶えるがいい。」


 ただ、頼もしい事には違いなかった。


「死にさらせ、神に抗うクズ共が。」


 賢神第六席、グラデリメロス。それは前に見た姿と寸分狂わず、ただ恐ろしい笑顔でディオを見ていた。


「よく、要請に応じてくれたな。」

「私は神の炎だ。それ以上でも、それ以下でもない。暴食を連れていない今、お前は敵にはならない。」

「そうかい。ならここは頼む。」


 俺は邪魔になる前に、いや、巻き込まれる前に下の階へ移動した。

 ここから先は、俺とディオの戦いより何倍も派手になっていくだろうから。






 王城の崩れ去った瓦礫の中で、ディオとグラデリメロスは睨みあう。

 グラデリメロスの両手には持ち手のない剣、対してディオの右手には一振りの剣。


「久しぶりじゃねえか。何か月ぶりだ?」

「覚えていないな。だが、気にする必要もない。今日こそ殺す。」

「相変わらずだな。」

「お前も変わらないようだな、憤怒。」


 七つの大罪の内の憤怒。グラデリメロスが追う、大罪者の烙印を持つもの。グラデリメロスはディオをそう呼んだ。


「『憤怒之罪サタン』」

「『神罰執行』」


 瞬間、百を超える光の剣が、凄まじい速度でディオへと放たれる。だがそれすらも飲み込むほどの業火が、天を貫かんばかりに走った。


「始めようじゃねえか。苛つくぐらいに、気分が乗ってきやがった。」

「その調子でそのまま自分の首でも刎ねておくんだな、クソッタレが。」


 ――ディオは、もはやアルスの邪魔などできはしなかった。

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