16.最悪の気分

 潜入だとかは別に構わない。他人の部屋に勝手に忍び込み、そして中身を漁るというのは悪事ではあるが、必要な事だと割り切れる。いや、無理矢理割り切っている。

 というか常に魔力感知は張るし、風になれば一瞬で痕跡を残さず逃げられるから、バレないからと心に余裕はある。

 恐ろしいのはディオという男である。城内の警備をしている冒険者の、おおよそ人とは思えない強さが恐ろしい。昨夜のことは記憶に新しい。あれほどの強さを見せて余力を残すのだから、きっと戦闘になればただでは済まない。


 だから、俺の今回の仕事はいかにしてディオに見つからないかにかかっている。


「それでも、宰相の部屋に入る勇気はないけどな。」


 情報がある可能性が高いのは、宰相と国王代理の部屋。しかし二つの中で脅威なのは、どちらかと言えば宰相である。

 あの無茶苦茶な国王が統治していながら、なんとか国が無事なのはあの宰相の手腕によるものだろう。自分の部屋に忍び込む者の想定を、していないはずがない。

 であれば頭のネジが外れているような、国王代理の部屋の方が安心して調べやすい。


「『風化』」


 俺は体を風に変えて、扉の微かな隙間から部屋の中に忍び込んだ。

 入って一番最初に抱く感想としては、趣味が悪い、である。異様なまでに宝石による装飾がついた家具に、若干感じる葉巻の臭い、そして壁にデカデカと取り付けられたストルトスの肖像画を見て、最初から少し気持ちが悪くなった。


「煙草の臭いを消す魔法とかあったっけな。なんか和らげるのならあった気がするけど……」


 俺は鼻をつまみながら、部屋の捜索を始める。

 物音が立たないように消音の結界を張っている。結界を通過した空気の波を小さくする、というものだ。

 だから慎重さよりスピード重視で、元に戻せるようにとだけ考えて物を漁っていく。


「きったね。整理能力皆無かよ。」


 人によっては叫んでしまうかもしれないほど、ある机の引き出しの中は散らかっていた。

 何枚も紙が適当に放り込まれており、一応書類を入れる引き出しなのだと、そうは思ったが、違うのだと自分自身で取り消すこととなる。

 紙を少し動かすと、底の方に硬貨があるのが見えた。しかも金貨だからそこそこの大金である。感覚で言うなら書類の中に一万円札が挟まっているという、そういう気持ち悪さだ。加えて、吸い終わった葉巻や汚れたフォークも入ってある。

 一体どういうことなんだ。


「この中から、勇者に関する情報を探すのか……気が滅入るな。」


 生理的な嫌悪感がどうしても勝ってしまう。こういうのは、しっかりまとめる方な人間であったから特にだ。

 しかし頑張るしかない。やらなくてはどうしようもないのだ。






 おおよそ、数分がたった頃。想像に比べればずっと早く、それは見つかった。


「日記か。ほとんど空白だけど。」


 ペラペラとめくるが、あまりにも真っ白である。恐らくだが面倒くさくなってやめたのだろう。

 しかし最初の方には、数行程度ではあるが記述がされている。やってみたいと思って、一日だけ書いたけど翌日までは続かなかったというような感じか。


「『今日から日記をつけようと思う。国王代理の手続きがひと段落つき、当分は暇になるだろうから。』」


 最初の方は割とどうでも良さそうな事しか書いていない。自分の苦労話や、最近やった事などが書かれている。

 後半辺りの記述の、勇者という単語を見て俺は目を止める。

 やはり勇者はいたのだ。王城の発光もそれが原因であろうし、その情報を誰かが流したから、民衆にも知れ渡っているわけだ。


「……『そう言えば、呼び出した勇者はどうなっているだろうか。軍事力として期待したが、叫ぶばかりで話も聞かない狂人の類であった。仕方なく地下に鎖を使って拘束し、魔力をエネルギーとして活用しているが、効率はさほど良くないらしい。しかも余が離れて直ぐに、結界を構築しだして、誰も触れられないそうだ。食料も必要とせず、排泄も行わない。勇者はきっと強大な兵力になる。明日には使いを出すのも良いかもしれない。』」


 俺は無言で漁ったものを片付け始める。気分が、より一層悪くなった。いや、最悪かもしれない。これがわかってしまえば、もうここに一分一秒もいたくはない。


『勇者は美しい女だったそうだが、結界を張られては、そういう事には使えまい。名前はアマノ・ヒカリと、推測したそうだ。』


 俺はその名前を知っている。知らなくても胸糞悪い事であるが、知っていれば不快さは倍増なんていうものではない。

 天野光とは、俺の後輩の名前だ。






 ずっと前から、考えていないわけじゃなかった。俺が転生をした理由を。

 恐らく俺の中にいるツクモのせいで、俺はこの世界に迷い込むことになったのだ。ここからは仮説になるが、きっと地球にいる超常的な存在の全ては、こちらの世界に引き寄せられるのだろう。

 だから転生は滅多な事では起こらないが、歴史上にも確かに地球出身の人間が名を残している。恐らくその人たちも、何らかの超常的要因を有していたのだろう。


 俺は前世、たった一度の例外を除いて、自分以外に魔法の行使をしたことがない。

 俺が死ぬ寸前、後輩を助けるというたった一回の例外を除いてだ。


 超常的な要素は、きっと有していなかった。しかし一度超常的なものに触れるどころか、彼女は一度その身で体験したのだ。

 ならば、この世界に吸い込まれやすくなる。そういう考え方もできなくはない。むしろ現実的だ。


「俺の、せいだ。」


 俺の会社の後輩である天野光。特段話す中ではなかったが、会社の先輩後輩としての交流は深かった。仕事を教えたのも、主には俺だ。

 情が湧かない方が、無理がある。それが、優秀で好感が持てる人間性であったのなら特にだ。

 確定はしていない。顔を見たわけでも身体の特徴がわかったわけでもない。異世界召喚を喰らった奴が、同姓同名の別人であると考える方が、どう考えても無理がある。


「……」


 きっと俺がこれからやることは、賢い選択ではない。アースに相談すれば、きっと止めるように言われるだろう。

 だから相談される前にやる。これを俺の、暴走で済ませるために。


「……どれだけ、俺が馬鹿な奴でも、どうしようもない奴でも。」


 やらなくてはならない。これは責任の話だ。人間として、アルス・ウァクラートとして生きる上で何より重要な事柄であるのだ。


「卑怯者にだけは、もうならない。」


 俺は曲がりなりにも、お嬢様の騎士だ。苦しむ女性を放っておく者がどうして騎士を名乗れようか。

 自分の責を果たせない奴が、どうやって夢を語れるというのか。


 自分の顔は自分では見えない。だけどきっと今は、死にそうな顔をしているのだろう。

 気付けば夜だ。この結論に至るまでに、数時間を費やしてしまった。


「方針は変わらない。全てを知ること、真実に辿り着くこと、それだけだろ。」


 自分に言い聞かせるようにそう言う。

 心の中では、それが自分の後輩ではないと祈る、そんな自分がいるのを誤魔化して、それでも向かう。王城の地下へ。

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