15.決意の日へ
俺は決して頭が良いわけではない。俺の考える策は必ず凡手である。俺が自分の頭で考えて上手くいったのは、アースの裁判の時ぐらいだ。
だが、今なら思うのだ。きっとアースなら、お嬢様なら、もっとスマートにできたはずだと。
俺は決して天才の類ではないし、相手の裏をかくのはできない。だが、そんな俺が唯一できる事がある。
「そこを、どけ。」
普通ならやらない事を、無理矢理やる事だ。誰もが一番最初に思いつき、そして一番最初に切り捨てる選択肢を迷いなく選択することだ。
「殺すぞ。」
初めて、明確な殺意を持って、その言葉を使った。
目の前にいるのは剣を構えた騎士二人。外から見える闘気から考えても手練だ。
だが、賢神の称号はそこまで甘くはない。
賢神とは世界にいる数千万の魔法使い、その上位数千人だけに与えられる称号。末端であっても、その力は一般の騎士とは比べ物にならない。
これは三日目の夜、その時の出来事であった。
俺は朝早く起きて、再び城を抜け出していた。行き先は察しがつくというものだろう。
とある魔道具店の、軒先であった。
「よう、イデア。元気?」
「……朝っぱらから、何で僕の家に来てるんだよ。というか、何で僕の家の場所を知ってるんだ。」
「魔法で監視してたからな。」
俺がそう言うとイデアは周囲を注意深く確認する。
視力に頼って魔法使いの監視を見つけられるはずがない。それに、家の場所が分かった時点でもう切っていたし。
「用件は昨日の本についてだ。」
「……届けられなかったのか?」
「いいや、無事に届けた。一応顛末ぐらい話しておこうと思ってな。」
せめて渡せたか渡せなかったか言ってやらなくては可哀想だ。
その先に何が起こるのかなんてのは、結局はこいつ次第だがな。そこまで面倒を見る義務はない。
「というか、魔道具屋だったんだな。」
イデアが住んでいるのは、店の二階部であった。
あまり魔道具屋の息子、という風には感じなかったので、少し驚いた。
「家族で魔道具屋をやってるんだ。父親がグレゼリオンの第二学園出身だからな。」
「なるほど。それなら品質は信用できる。」
第二学園は五年間、みっちりと魔法に関する知識を詰め込む。俺は戦闘よりの授業を取っていたが、道具制作の授業もあったはずだ。
あそこを卒業できるということは、確かな腕の証明でもある。
魔力量が飛びぬけて多いおかげで、魔力量を増やすという手順が少なく済んだからこそ、俺は他のことに集中できたし、躓くこともなかった。
だが本来なら躓くのが普通なのだ。いわゆる六要素、魔力量、魔力制御、展開速度、同時展開数、魔法想像力、魔法緻密性。この六つをバランス良く鍛えるのは、案外難しい。
「なら、少しだけ見てみるか? 話は中で聞くしよ。」
「そうさせてもらうよ。」
未だ開店前の魔道具屋に足を進める。中には様々な種類の魔道具が取り揃えられていた。
魔道具の値段は相場と比べても普通だが、品質は同じ値段のものより良い。むしろもう少し高く売ってもいいぐらいのはずだ。
「あ、懐かしい。授業で作ったやつだ。」
その中の一つを手に取る。
簡単なランプだ。スイッチを押せば光り、もう一度スイッチを押せば光が消える。授業でやるには一番わかりやすく、そして需要がある。
「授業って、学校出てたのか。」
「俺も第二学園の出身だからな。去年出たばかりだ。」
「去年!? じゃあお前、僕より歳下なのかよ。」
「そんなに驚くことか。」
「顔が幼いとは思ってたけど、まさか歳下だなんて……」
童顔だな、という自覚はあるけどもね。エルフの特性として、顔が比較的に幼い人が多いのだ。その血を少しとはいえ引く俺も、あまり大人びた顔でもない。
ちなみに曾祖母であるオーディンも、確かに幼いけども、アレはそういう種族的な特性とは関係ない。悠久の魔女と言う二つ名にふさわしく、体内の時間が止まっているだけなのだ。
「なんか情けなくなってきた。僕は店に出せるような魔道具すら作れないのに、歳下はあんなに魔法を使えるのか。」
「別に恥ずかしくなるようなことじゃないと思うぞ。俺は魔道具、初歩の初歩しか作れないから。」
「だけど同じ魔法じゃないか。比べるなっていう方が無理さ。」
俺にそういった職人的な気質はない。手先が特段器用というわけでもないし、戦闘用の魔道具を少し作る程度だ。
というか本来なら沢山作れるはずなのに、作らないのは面倒だからというのが一番の理由である。物によっては丸一日かかるし、餅は餅屋だな。
「そうだ、ちょっと魔法を教えてくないか。」
「……お前、魔法教室の相場がいくらか知らないのか。」
「いいだろ、ちょっとぐらい。それに僕が知りたいのは基礎の基礎だし。」
「それぐらいなら、構わないけど。」
悪用する奴でもないだろう、という印象をイデアへは抱いている。
会ってから少しだが、真っすぐな人間であるし、言ってしまえば普通な奴だ。悪事に使うような努力もないだろう。
「それで、何を教えて欲しいんだ?」
「光の魔法の、幻覚をみせるやつ。一人でいくら練習しても上手くいかないんだ。」
「確かに独学でやるには少し難しいな。」
光の色を調節して、光を発して、幻覚を見せる。言うのは簡単だが、やるのは相当に難しい。ただ使えれば戦闘では異様なほどに役に立つ。
「コツは細部は雑に済ますこと、再現したいものを一度、大雑把でいいから絵で描くことだ。」
要は誤認させられればいいのだ。正確な幻覚を作るのは、専門家がやることだし、その域までは俺もできない。
「どこに影があるのか、どういう形をしているのか。それを理解するには絵が手っ取り早い。慣れていけばなんとなくでどんな幻覚でも出せるようになる。」
「なるほど、絵か。今度試してみるよ。ありがとな、アルス。」
「これぐらいならそこら辺の本でも書いてる。感謝されるような情報でもない。」
話している内に、そこそこ日が昇って来た。
一応抜け出しているわけだから、あまり離れているとばれてしまう。そろそろ帰った方が良いだろう。
「じゃあ、俺は王城に戻る。元気でやれよ。」
「……ありがとな、本を届けてくれて。」
「情報代だから、気にするな。それに人助けが趣味みたいなものだし。」
俺は体を風へと変えて、その場を去った。
これからが忙しい。アース曰く、情報があるであろう場所は三つ。一つは国王代理の部屋、もう一つは宰相の部屋、最後に隠し部屋だそうだ。
隠し部屋は軽く探した範囲ではなかったが、妨害の魔道具を使っている可能性もあるし、一応探しておきたい。
全部回ってみて、調査する必要があるだろう。特に勇者のことは気になる。
書類が残っていなくても、手記などが見つかれば僥倖。契約書が見つかれば最高だ。
どちらにせよ、犯罪にはなるが、調べておかなくてはならない。そこまでを含んでの、アースからの依頼だ。
「……国王にならないかって話も、考えとかなくちゃなあ。」
断りたいけど、断り切れない自分がいる。何とかして、この国も上手く生かして、俺も自由になれるような手段があればいいのだけれど。
「そんな妙案俺には思いつかないからな。やっぱりアースに相談しておけばよかったかも。」
取り敢えずは気にしても仕方がない。どうにもならないことを考えていては、大切なことでミスをしてしまう。一度忘れるが吉だろう。
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