14.嵐の前の静けさ
アースとアルスが話し合い、これからの動き方を思案している頃。
城下町にて一人の平民の青年が、自室にて自作の、簡単な魔道具を整備していた。
(エイリアには、届いたかな。)
その青年は、アルスに王女へ本を渡すように頼んだ、イデアであった。
彼は平凡な、魔道具店の息子で、特出した力があったわけではなかった。
ただ、運命はあった。
平凡な彼を、平凡でなくしてしまうような、そんな運命が。
時は少し遡る。アルスとイデアが出会う前、イデアが10歳の頃である7年前にだ。
十歳であれば、子供らしさだけではなくなってくる頃だ。何も考えずに走り回るのではなく、どこに行くかを考えて走り始める頃。
大人になる為の、一つ目のピースを拾った瞬間と言ってもいい。
「あー、疲れた。」
幼い頃のイデアは王城の周りの、城壁にもたれかかってそう言った。友達と遊んで、昼食の為に解散して直ぐだった。
いつもなら真っ直ぐ家へ帰るところだったが、今日はあまりにも疲れていたので、一度休んでから帰ることにしたのだ。
そこには偶然と、小さな、子供一人がギリギリ通れるような穴があったことには、イデアは気付いていなかった。
「やった、抜けれ……え?」
「え?」
出会いは偶然だ。
王城の外への興味から、勇気を持って抜け出してみた王女と、疲れて休んでいた少年がたまたま出会った。
イデアの動揺は薄い。より驚いたのは、抜け出した瞬間に見つかった王女の方であった。
「お、お願い! 騎士には言わないで! 折角抜け出したのに、またお城に帰らなくちゃいけなくなるの!」
そしてつい、そんな風に口走ってしまった。
あまり状況を理解していなかったイデアは、そう言ってくれたおかげで、むしろ状況を理解してしまった。
「王城の人なの?」
「え、あ、いや、そうじゃなくて……」
その失態に後から気付いたからか、少女の声は尻すぼみになっていく。
この頃は国王が崩御する前、ストルトスが国王代理を務める前のことだ。ましてや子供に貴族に対する悪いイメージなんてありはしない。
だからこそ、これは幸運であったと言える。
相手の身分も気にせずに声をかけれて、それでいて無鉄砲ではない、同い年の少年に出会えたのだから。
「僕と、友達にならない?」
「――え?」
イデアはアルスに、バルコニーに出ている王女に恋をしたと言った。
それはこの通り、間違えている。イデアが王女と初めて会ったのは、今、この時、この場所でだ。
しかし、全てが違うわけでもなかった。
「僕は、君と仲良くしたいんだ。」
一目惚れだった。可憐な、それでいて芯の通ったような、その少女に、少年は恋をした。
体の疲れを忘れるほどに、衝撃的な恋を、少年はしたのだ。
そして、城外を何も知らない箱庭のお姫様にとって、それはとても魅力的な言葉でもあった。
「僕はイデアって言うんだ。君の名前は?」
イデアは名前を尋ねる。
もしかしたら悪い人かもしれない。そんな一抹の恐怖がありながらも、王女は自分のこの、探究心を抑えることもできなかった。
「私はエイリア。初めまして、イデア。」
二人の出会いは、偶然であった。しかし、運命と言った方が、これから辿る二人の道筋によく合っていた。
この運命に従って、イデアは今へと突き進んできたのだから。
「よし、と。」
整備し終えた魔道具を、イデアは床に置く。
どれも殺傷力がある類の魔道具ではない。見る人が見れば、『手品グッズ』と言われるような魔道具ばかりだ。
しかしそんな魔道具達が、イデアにとってはどんな物よりも大切だった。
「……あと、もうちょっとかな。」
さて、人が無茶をする時、自分の能力を越えている上に失敗した時のデメリットがとてつもなく大きい時はいつだろうか。
考えるにそれは3つある。
一つは押し付けられた時。我が弱く、自分には無理であると分かっていても引き受けてしまった時。
二つ目はどうしょうもない時。やる事によるデメリットが大きいが、やらないデメリットも大きい時。
そして、最後の三つ目は――
「絶対に、盗んでみせるさ。」
――夢を見た時。自分の想いが溢れた時。やって後悔すると分かっていても、やらずにはいられない時。
そんな時に人は無茶をする。自分が敷いていた枷を取り払い、その先へ足を進める。
誰だってある経験だ。無茶をせずに大人になる方が難しい。
だが今回は、イデアの無茶はどこにでもあるわけではない。命がけの無茶であり、そして目標は誰もが納得するものではない。
なにせ、惚れた人を攫いに行くだけなのだから。
大義名分などありはしない。だが、いや、だからこそ良い。
彼の憧れた姿はそれだ。自由に、自分の愛したものを何でも盗めてしまうような、そんなものに彼は憧れた。
ここまでで、およそ2日の出来事である。アルスが来てから、たった2日。
それぞれの思惑はあれど、眠りにつき、そして月と星々は輝きを見せる。
――朝日は既に、昇り始めていた。
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