13.二日目は終わりを

 ディオと最後の一人が、俺を挟んで対峙する。

 ナイフを持つ手に力が入り、少し震えているのが分かった。ディオは依然と、つまらなそうなままだった。


「く、来るな! 近付いたらこのガキを殺すぞ!」

「好きにやりゃあいいだろ。俺の依頼は王城の警護で、侵入者を殺すことだけだ。城内の人間を守る義務はねえ。」


 絶対に曲解している。普通王城の警護って、要人の護衛も含むはずだ。


「そうだ! 依頼って事は、金でこの仕事をしてるんだろ。なら、俺の金をやる。今回の依頼は、前金だけでもかなりのもんだ。それを全部やるから――」

「俺は、金には興味がねえ。」

「なら何だ! 何が欲しい! 俺にできる事なら何でもする!」

「なら俺を愉しませてみろ。」


 流暢にまくし立てるように言葉を発していた口は、もう、何も発せなかった。

 一度会えばディオという人間性を誰もが理解する。狂人の、化け物であると。戦う事に快楽を見出す、異端者であるのだと。

 狂人相手に道理は語れない。狂人とは常人と違う道理を語る存在のこと。理解しようとするのが時間の無駄だ。


「ふ、ふざけんなよ! 何で俺が、こんな所で死ななきゃならねえんだ!」

「誰だって、不幸なことはあるだろ。鳥の糞を頭に被ったり、朝起きたら寝違えたりとかな。そんなお前の不運が、これだっただけだ。」

「そんなの、納得できるわけねえだろっ!」


 俺を掴みながら男は後ろに下がる。そして、手に持つナイフを俺の首に強く押し当てる。

 痛い。自分の首は見えないが、血が流れているはずだ。


「このガキが、なんだかんだ言って大事なんじゃねえのか。これはハッタリじゃねえぞ。死体でも依頼は問題ないって言われてるからな!」

「……めんどくせえな。」


 そう言った瞬間の事であった。瞬きの一瞬で振るわれた剣は、容易く、豆腐のように俺と、俺の後ろの男を切り裂いた。


「そんなこと言ってるから、こうやって俺に斬られるんだよ。」


 俺も、男も、地面に倒れる。その場には沈黙が響いた。正確に言うなら、夜に鳴く虫の声のみが、沈黙に響いていた。

 血をふき取りもせずに、剣を担ぎ、その滴る血がディオの体をつたう。

 廊下には倒れる俺を含めた六つの体が転がっている。高級そうな床は流れ出る血でベットリ汚れ、透き通った窓ガラスは雨の日のように血が流れていた。


「……」


 しかし何故だろうか、ディオはその場を離れようとはしなかった。


「下手糞な死んだふりは止めろ。止めねえと、今度は本当に、体が上下に分かれることになるぜ。」

「あれ、気づいてたのか。」


 俺はくわえる布を魔法で燃やしながらそう言った。

 上下に分かれてしまった体を、少し宙を飛びながら戦隊シリーズのロボットのようにくっつけた。俺の体から出ていた血は、ただの赤い水だ。

 実は、変身魔法をずっと使っていたのだ。それこそ、部屋を出る前からだ。ディオに斬られる時も、斬られたのではなく、自分から体を分けたから無傷ということになる。


「こそこそと、こいつらが死なないように魔法を使ってただろうが。」

「二流の魔法使いならまず気付かないんだけどな。」

「俺は魔法は使わねえが、魔力の動きならわかる。」


 ディオの言う通りで、実はここに転がっている五人の内、死んでいるのは体が上下に分かれるように斬られた、俺を捕まえた一人だけだ。

 それ以外は、衝撃を抑えたりするように魔法を巡らせていた。止血もやらないといけないのだから、本当に大変だった。


「だから、手加減してやったんだ。俺が本気で斬れば、お前が反応するより早く斬ることだってできたからな。」

「ああ、やっぱり。そんな気はしてた。冠位と並ぶ強さはあると思ってたし、それぐらいはないとおかしい。」


 むしろ安心したぐらいだ。あれだけの魔力と闘気があって、弱いというのは力を制御できていない証拠。いつ溢れて周囲を吹き飛ばすかわからない。

 どちらかと言うと驚いたのは、それだけの魔力があって魔法を使わない方なのだが。


「俺の仕事は、これで終わりだ。後始末は任せたぜ。俺は寝る。」


 でかい欠伸をしながら、ディオはその場を離れていった。そのままディオがいなくなるまで、その姿を眺めて、そして振り返る。

 振り返る先には上下に分かれた、男の死体があった。

 こいつだけは、助けられなかった。ディオを苛立たせ過ぎた。いくら俺がディオを止めても、こいつは死んでいただろう。


「……」


 目をつむり、手を合わせる。

 例え極悪人であっても、こんな殺され方はあまり良くはない。この世のあらゆる存在は、法で裁かれるべきなのだ。

 それこそが、我々人間が築き上げてきた、平和に至るための偉大なる武器なのだから。


「話を聞かなくちゃな。騎士に突き出す前に。」


 きっと死罪だろう。王城に忍び込んで、他国からの使者を殺そうとしたのだから。

 だからここで、話を聞かなくてはならない。今は知ることが大切なのだ。


「それじゃあ、アースに報告してくるか。」


 今回の収穫は主に二つ。こいつらから依頼主の情報を引き出せられるということと、ディオの戦い方が確認できた。

 戦い方は近接戦闘がメインだが、飛ぶ斬撃で遠距離攻撃もできる。基本的には技というより身体能力で無理矢理相手を倒すというやり方だ。それに、自分が強いのをわかっているからか、決して走らない。

 これを知っているかいないかでは、もし戦う事になった時の対応も全く違う。


 ディオは城側の人間だ。いざという時に逃げる手段は事前に用意しておいても悪くない。

 正直に言ってまだこの状況においては誰も信用できない。宰相も、王女も、国王も、ディオも、全員が敵になる可能性は高いわけだ。

 アースと話して、どうするかを考えなくちゃな。

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