6.ストルトスという男
王城に戻ると、朝食を一緒に摂りたいと国王代理からお呼びがかかった。
関係性を悪化させれば依頼もこなせないし、話を聞かない事には色々と始まらないので、俺は言われた通り王城の食堂に来ることとなった。
イデアから渡されたあの本は、無題の魔法書が持つ収納魔法で仕舞い込んでいる。
「おお、我が孫よ。昨日はよく眠れたか。」
そして食堂に入って直ぐに、ストルトスがそう声をかけてきた。既に料理は準備されており、かなりの大きさの楕円形のテーブルに、一人だけ座っていた。
他に人はいない。王族が軒並み不審死して数を減らしたのは分かるが、それでも確か王女がいたはずだが。
「……俺は今回、ここに賢神として、依頼で来ている。孫と呼ぶのは止めてくれ。」
「そのような事を気にする必要もない。これからそなたも、余と一緒に住むのだから。」
話が通じない。住むなんて一言も言っていないし、産まれてから一度も会っていないのに、家族面をされても困る。
そう思いながらも、取り敢えずストルトスから一番遠い席に座る。位置としては対面だ。
「俺をここに呼んだ理由は何だ。」
「まあ待て。先に食事を楽しんでからでもよかろう。」
「俺は仕事で来ていると言ったはずだ。なら先に要件を聞かなくては食べ物も口に運べない。」
気持ちが悪い。こいつと喋っているだけで気持ちが悪い。
俺個人の感性として、こいつは嫌いだ。だが俺の本能的な部分はそうではない。自己の中で発生する矛盾が、まるで胃の中から槍が生えたかのように気持ちが悪い。
食べ物も口に入れたくない。混ぜ物が怖いのもあるが、この人の前で飯を食う気分にはなれない。
「そうか……ならば先に話をしよう。いきなり平民から王族になれば、生活も変わる。」
王族になったつもりはない、という言葉が出かかるが、寸前で引っ込める。話を長引かせる必要はない。
「今の余が、国王代理なのは知っているだろう。余がいつまでも政治を行なっていれば、貴族からの反発を受ける。直ぐに正式な国王を決める必要があるのだ。」
ストルトスはあくまでも国王代理。その歳から考えても王位の継承は現実的ではない。
よって王族の分家である有力な貴族達と、王女を結婚させ、その貴族を新国王にする。この動き自体は他国にも周知の事実である。
だが、その口は信じられないことを宣った。
「だからこそ決めたのだ。アルスと我が孫娘、エイリアを結婚させれば良いのだと。」
国王に即位してくれ、ではなく、王女と結婚してくれという形になるとは、想像していなかった。
だが論理的に考えればそう有り得ない話ではない。
「他の貴族に取り入られれば、王族の権力は弱まる。アルスを国王にするだけでは、エイリアを利用される可能性もある。同時に解決する名案だろう。」
「俺の目的は王になることじゃない。結婚だってするつもりもない。」
「老い先短い余の頼みだ。どうか聞いてくれ。王は仕事もない上、財も権力も手に入る。断る理由などないはずだ。」
仕事がないはずないだろ。こいつ、俺が誰の名代でここに来たのか忘れているのか。
いや、こいつは本当に仕事がないのかもしれない。思うほどそんな気がしてきた。きっと面倒事の全てを放り出して来たのだろうと。
「……まあ、取り敢えず落ち着いて朝食を食べようじゃないか。別に急かすわけじゃない。ここで答えを出す必要もない。そなたのペースで進めれば良い。」
この国の政治を良くするには、最早自分が王になるしかないのではないかと、そんな気さえしてくる。なんとかしてこいつを王城から追い出さなくては、この国は腐り果ててしまうのではないかと。
数年は拘束されるが、それでこの国が平和になるならその策も――
いや待て。落ち着け。冷静じゃない。そもそもあっちの提案に乗れば、それこそ相手の思うつぼだ。
「保留にさせてもらう。」
そう言って俺は立ち上がった。結局、一口も食事に手をつけてはいない。
「朝食はいらない。なんなら、これから先も自分で調達するから、俺の分も用意する必要はない。失礼する。」
言いたいことだけ言い切って、そのまま席を離れる。静止の声が後ろからかかるが、振り返りもせずに、そのまま食堂を出た。
城内の廊下を歩きながら、袖の中から、まるで無重力下の水のようにプカプカと浮くスープを出した。もちろんさっき出された食事のスープだ。
「……調べてみるか。」
恐らく俺の考えが正しければ、きっとそういう事だろう。
食堂には朝食を食べるストルトスと、そして使用人のみが残る。
「それは捨てておけ。食器ごとな。毒を誤って食えば大事だ。」
「かしこまりました。」
ストルトスの命令に従って、使用人達はアルスに出された食べ物を片付けていく。
事実、その食べ物には毒が仕込まれていた。死に至らしめる類ではなく、病気の範疇で言い訳ができる軽微な毒だ。
「……まさか、一口も食わんとは。常識がない。やはりグレゼリオン王国は野蛮だ。野蛮がうつった。」
自分が毒を食わせようとしていた事を棚に上げて、それでいて不満をこぼす。これでいてはっきりとした悪意がないのだから、余計にタチがわるいと言えよう。
「アルスならば、余の言う事を何でも聞いてくれると思ったが、やはり駄目か。兄も、息子も、娘も、誰も余の思う通りに動いてはくれぬ。」
それはまるで、悲劇の主人公のように、誰にも理解されない孤高の者のように、声を震わせながら食事を口に入れる。
そして今度はそれとは逆に、穏やかで、慈しみを持つような表情を見せた。
「やはりアルスも、教育をせねばならないな。エイリアもそうだった。最初は分かってはくれなかったが、今は余の言う事をしっかりと聞いてくれる。そうだ。共に旅行に行くのもいい。家族の溝を取り戻してくれるやもしれない。」
食事を半分ほど食べた辺りで、食器を置いてストルトスは席に立つ。
「後は捨てておけ。」
これは今日に限ったことでなく、いつも通りのことであった。いつも様々な種類の料理を並べて出し、それを適当に食べて、残した状態で席を立つ。食べ物が勿体ないなどとは、彼の感性には欠片もありはしない。
「兄や息子の二の舞にはしたくないからな。家族は何にも代え難い宝だ。もう失いたくはない。もう、殺したくはない。」
彼に悪意はない。彼にとって為すことは全て正義であり、悪とは自分に背く者のことである。だからこそ欠片も悪意を持つ事などありはしないのだ。
彼を批判する全てに対し、彼は相手が狂気に陥ったと解釈する。そして生から解き放ってやろうと。
彼は敬虔深き者であり、教会の教えには背かない。これは教会の教えがおかしいのではなく、教会の教えを曲解する彼の脳内にある。
「何をするにも金が必要だ。その為にも、まだ王位を譲るわけにはいかぬ。」
ストルトスは王城の廊下を歩く。小賢しく、ちっぽけな野望の下で。
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