5.事情聴取
街で捕まえた青年を連れ、適当な公園まで引きずってきた。
青年は手を縛られた状態で、地面に座っている。身動きが取れないわけじゃないが、逃げるのは難しいだろう。
「さて、一応俺に襲いかかろうとした理由を聞こうか。」
「……何でそんなことを話す必要がある。」
「あっそ。じゃあここに置いて、俺は帰るから。頑張ってその蔦を解く努力をしてくれ。」
「あ、いや、ちょっと待って!」
さっさと話せば良いのだ。一回断るくだりなんて面倒くさい。
必死な形相で俺を引き止めるイデアの顔を見て、俺は城に向けた足を再びイデアの方へと戻す。
「それじゃあ、話せ。話すか置いていかれるかだ。」
「わ、わかった。話すから。先にこれ、外してくれないか?」
「嫌だ。」
イデアは項垂れる。変に抵抗されるの嫌だし、俺はまだイデアのことは信用していないからな。
「……僕は、どうしても王城に行かなきゃいけないんだ。昨日会った時に、あんたが王城に入れるぐらいの権力があるって思って。」
「それで、俺に襲い掛かってきたわけか。だけど何で王城になんて入りたいんだ?」
「王女に会うためだ。僕は絶対に、会わなくちゃいけない。」
王女、つまりは俺の
だが正直に言ってイデアが会う理由が見当たらない。会ったからってどうせ貴族から選ぶのだから、王女と結婚するなんてできはしない。政策に文句を言うのなら、国王代理のストルトスに言うべきだ。
「恋をしたんだ。」
「――は?」
「たまたま、バルコニーに出ているのを見たんだ。その時に一目惚れして、それ以来ずっと会いたかったんだよ。」
そんな理由かよ。というかやってることは殆ど犯罪者じゃないか。
「その程度で、命を捨てるつもりかよ。王城に忍び込めばどうなるかわかってるのか?」
「それが恋なんだよ。恋は盲目なんだ。命すら軽く感じる。」
そう言われれば、何も言えない。俺には恋をした経験がない。イデアの気持ちは俺には決してわかりはしない。
だがそれはそれとして、明らかにヤバい奴である。
「そういうのを世間一般ではストーカーって言うんだよ。」
「違う。僕だって、王城に忍び込むなんて最初は考えてなかったさ。婚約するのだって構いやしない。それが、本人が選んだものなら、ね。」
どうやらただのストーカーではなさそうだ。そのままイデアは話を続ける。
「婚約させられるんだよ。国の道具として、本人の意思を踏みにじって。」
「だけど貴族の結婚なんて、そんなものだろ。」
「例えそうだとしても、僕は納得できない。国王代理は自分とって都合のいい動きをしてくれる、そんな奴を婿に選んでるらしいって聞いた。あのクソみたいな男に好きな人が使いつぶされるなんて、我慢できるわけないだろ。」
一応、まともな理由もあるのか。どちらにせよ、こいつじゃ無理だろうけどな。
王城にはあいつがいる。昨夜会った、あのディオが。
俺にこんなに簡単に捕まるイデアが、化け物みたいな魔力と闘気を持つディオから逃げれるはずも、勝てるはずもない。
「大見得を切るのは結構だが、実力が伴わないとそれはただの虚言だぞ。」
「僕だって色々と考えているさ。その為に魔道具だって色々と揃えてるし、昨日だって王城の構造を調べてたんだ。」
不服そうにイデアはそう言った。しかしそれは親に粗を咎められる子供のようで、やはりどうも確かな能力があるようには感じなかったのだ。
「というか、まだ自己紹介もしてないじゃないか。僕の名前をあんたは知ってるけど、僕はあんたの名前を知らない。話をするにもそこからだろ。」
「名乗ってなかったっけ。」
「ああ、名乗ってない。」
名乗る必要はない。だが、名乗らない必要もないだろう。
「アルス・ウァクラート。見ての通り魔法使いだ。」
賢神である事は言わない。目立つし、きっとイデアも驚くだろう。それに俺も魔法使いである事には違いないから、嘘ではない。
「魔法使いって王城に入れるのかよ。」
「普通は入れない。俺は特別な魔法使いなんだよ。」
「胡散くさいな。」
「お前に比べればマシだ。」
ストーカーもどきには言われたくはない。俺は何一つ嘘はついていないし、イデアみたいに犯罪に抵触するかもしれない事は……覚えがないわけじゃないが基本的にはやっていない。
それに俺がこうやっているのも仕事だ。仕事でなければわざわざイデアを引きずって来たりもしなかった。
「それで、結局何の用だよ。まさか僕の好きな人を聞きに、ここまで引きずってきたわけじゃないだよ。」
「ああ、そうだな。そろそろ本題に入ろうか。」
さっき会ったパン屋の店主もそうだが、やはりここの住民は国王代理のことを相当に毛嫌いしているようだ。恐らくこれは間違いないだろう。
なら加えて聞きたい事はもう一つだけ。あまりにも突飛な話だから、聞くのを躊躇していたけども。
「勇者って、聞き覚えがあるか?」
「それぐらい知ってる。数百年前にいた、聖剣を振るった英雄のことだろ。」
「それとは別だ。王城に勇者がいるっていう話のことだよ。」
正直こうやって聞く今でも半信半疑だ。そもそも勇者とは聖剣を持っている必要がある。逆説的に言えば聖剣を持っているから、勇者は他の英雄とは区別されるのだ。
聖剣とは神から与えられた神器の一つ、精霊の手によって特殊な力を帯びた、この世に三つしか存在しない武具。しかしそのどれも今は失われている。
だから存在するはずがないのだ。聖剣がない今には。
「ああ、あの馬鹿げた噂か。王城が真夜中にいきなり光り出して、それで王城に勇者が召喚された、なんていう噂がどこからか広がったんだよ。」
「王城が光った、か。それ以外に根拠らしいものはあるのか。」
「ない。そもそも平民の間に流れた噂なんて、殆どが間違った噂さ。それに噂話をするほど、今はみんなに余裕もないからね。」
ただの噂と一蹴するには早いかもしれないな。特に王城が光り出したというのが気になる。魔法的な何かであるだろうが、想像があまりつかない。
だが未だに何も決定打らしきものが見つかっていないのだから、きっと勇者ではないのだろう。
それより新しい兵器が爆発した、という方が自然だ。人であれば必ず何らかの形で情報が漏れ出るだろうし、ここまで隠し通すのも難しいはずだ。
「なるほど、情報提供感謝する。もう二度とこんな事をするなよ。」
そう言ってイデアの蔦を解いてやる。
「待て。」
「何だ、まだ何かあるのか。」
「あんた、この国の事をどう思う?」
突拍子もない質問だ。この国をどう思う、なんて来たばかりの旅人に聞くことではない。
「好きではないな。この国は、終わる寸前だ。」
「なら僕に手伝ってくれないか。僕はもう手段を選ぶ余裕もない。」
「……断る。犯罪に手を貸す気はない。」
「ならせめて、これを王女に渡せないか?」
そう言って懐から一冊の本を取り出した。
こんなものを服の下に隠していたのか。全く気付かなかった。
「いつも持ち歩いてるんだ。僕の好きな本でね。」
「それを、何で渡したいんだ。」
「僕にとっては宝物だから。読んで欲しいんだ。」
少し訝しげに本とイデアを見た。しかし魔力も感じないし、取り敢えずは受け取る。
要望を聞くかどうかは別として一考するぐらいはいいだろう。話を聞かせてもらった礼に届けてみるのも悪くない。
「覚えてたら届けるよ。覚えてたらな。」
「ありがとう。」
俺は体を風変え、その場から即座に離れた。きっとイデアからは消えたように見えただろう。
俺は一冊の本を持って、王城に戻った。
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