22.覚悟
手加減されている。そう気付いたのはそう間もない事であった。
まず一歩もそいつは動かず、小銃や大砲を使って俺達を攻撃してくる。一歩も動いていないという点もそうだが、何よりこの程度ではケラケルウスと同格などとは決して言えるはずもない。
しかし俺達が勝つにはあまりにも強過ぎる。瞬殺がされていないだけで、攻撃は一切届いていないし、こちらの防戦一方だ。
きっとレベル7だとか言っていたあたり、本気を出せば今頃俺達は死んでいたはずだ。
つまりそこに勝機がある。何故か俺達を襲ってきているが、何かしらの制限が元々あるのだ。
「……一回引くわよ、アルス! ここから動けないなら、逃げるが勝ちだわ!」
「分かった!」
俺は炎の翼を大きく広げ、それをそのまま残して俺自身だけを分離し、この部屋から飛び出た。エルディナもその頃には部屋から出ていた。
俺達が部屋から出るとそれは動きを止め、その場に静止した。
しかしその目は未だ赤く染まっており、俺達が初めて立ち入った時のような機能停止とは違いそうだ。
「すまん、二人とも。こんな事になって。」
「いいわよ。私も賛成したし。」
「僕も構わないさ。取り敢えずは、なんとかなったから。」
この状況をなんとかなったと言ってよいかは、微妙だがな。
打開策になる可能性があった七大騎士の
「エルディナ、外の様子はわかるか?」
「わかるけど……まだ、出れそうにはなさそうよ。百を超えるドラゴンを蹴散らす力があれば話が別だけど。」
「魔物を呼ぶ臭いってのは、そこまで凶悪なのかよ。」
それなら適当な国にばらまけば、国を滅ぼす事だって簡単だろう。
「いや、多分だけどここで使うからそれぐらいの効力があるんじゃないかな。」
「ここで使うから?」
ガレウが頷き、そのまま説明していく。
「ここら辺は竜の巣窟だって聞いてたし、誘き寄せやすかったんだと思うよ。」
まあ、流石にそうか。そうでなくてはもっと凶悪な物質として人の耳にも知れ渡っているだろう。
しかしそれを踏まえた所で、この状況が最悪な事には変わりない。前門の虎、後門の狼とは正にこの事だ。
「取り敢えず、何か策を練るか。」
「いや、だけど、ケラケルウスなら大丈夫でしょ。だって、あんなに強いじゃないか。」
ガレウの言い分も一理ある。というか、ケラケルウスが勝つ可能性の方が高いとも思う。
しかし何よりずっと気がかりなのが、あの自害した女が名も無き組織の一員なら、他に組織の奴がいないのか、という事だ。
もし、ドラゴンと戦い、疲弊したケラケルウスが幹部クラスと戦えば負ける可能性は高い。
「絶対に後悔しない選択をする。それが俺の生き方だ。何よりここでただ待っていて助かっても、俺は自分が情けなくて嫌いになる。」
そういう油断で、死ぬ時だってあるからな。それは今までの戦いでよく分かっている。
「打開策を練るぞ。絶対に何か、この状況を有利に進められる策があるはずだ。」
アルスとエルディナは、あーでもない、こーでもないと策を練っては議論をしていく。そしてそれを、ガレウは遠目から見るだけだった。
(僕は、何もできなさそうだな。)
優しい、というのは美徳である。それは違いないし、人に好かれる大きな要因であるだろう。
だが優しさというのは、片側が折れることによって生まれるものだ。折れるような事を行えるからこそ、その人は善人と呼ばれうる。
人は、互いの最大限の利益を求めて妥協していくものである。優しいというのはその妥協のラインが人より深く、人より利益を得られない行為だ。
だからこそ、先頭に立つにはあまりにも向かない。
自分の後ろにいる悪人を簡単には振り払えず、何も失わずに物事を得ようとする。これはあまりにも大きな欠点とも言える。
そんな欠点が、ガレウにも存在していた。
自分には何もできない。何もなす事などできようはずがない。
そんな無意識化の深い自己嫌悪が、『自分が何を考えても、何をしようともこの状況を打破できない。』という考えへと行きつかせる。
幼い頃から暴食の罪を持つ者として生きて来たガレウにとって、それは最早、外れることのない枷のような物であった。
(――本当に、そうか?)
心の中の何かが、ガレウ自身へとそう囁く。
今までには無かった感情であった。定められたルールの中で、より最善の行動を追求してきたのがガレウ・クローバーという人間だ。
決してルールに疑問を抱き、例え届かなくても足掻き続けるアルスとは大きく違う。
(それで、いいのか?)
エルディナの言葉が、脳裏を走る。
実はガレウの頭にはずっと策があった。だがその危険な策に踏み込む勇気は彼にはなく、もっと良い策が二人なら思いつくと思って、言えなかった。
(ケラケルウスなら、ドラゴンを平気で倒して、帰ってくるかもしれない。だけど、もし、そうならなかったら。僕はそれで良かったと言えるのか?)
ケラケルウスがもし無事に帰ってこれるなら、成功が確実でない策は完全に裏目に出る。もしかしたら死者が出るかもしれない。
(言えるわけ、ないだろ。)
生まれて初めてガレウは、『覚悟』の感情を抱く。
今まで確実に通れる道を通り、絶対にみんなが得になるように立ち回ってきたガレウにとって、その決意は抱いた事のない感情だった。
「二人とも、聞いてくれないか?」
二人の、アルスとエルディナの視線がガレウへと集まる。
ガレウの喉が渇く。手汗も出て、どことなく緊張する。しかしそれでも、しっかり前を見て、話し始める。
「一つ、策が思い浮かんだんだ。絶対に成功する確証はないし、僕じゃなくて、アルスとエルディナが危険に晒されるような策だ。」
自己犠牲なら、ガレウは厭わない。しかし他ならぬ親友であるアルスと、憧れに似た感情を抱くエルディナの命を扱うのに、抵抗を覚えないはずがない。
「それでも、聞いてくれるかい?」
沈黙は無かった。
「当たり前だ。何年も一緒にいたんだ。俺がどう言うぐらい分かるだろ?」
それは想像できていた答えではあったけども、それでも、ガレウは安堵する。
「さっさと話しなさいよ。あんまり時間がないんだから。」
「――分かった。僕の推測も混ざっているから、間違っていると思ったら言ってくれ。」
そう言ってガレウは自分の策を話し始めた。
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