21.七大騎士の一角

 階段を降りて一、二分ぐらいたった頃に、やっと底へ辿り着いた。

 ちょっとした広場のようになっており、三人ぐらいなら余裕で入れる。灯りはないが、それは降りて来た時と一緒で、光属性魔法を使えばどうとでもなった。


「……大変な事になっちゃったね。いや、アルスと一緒に行くわけだからある程度は予想してたけど。」

「ああ、やめてくれ。そう言われると俺のせいみたいに感じる。」

「こんな事に、誰のせいもないでしょ。それより、死体を見たのにやけに冷静ね、二人とも。」


 そうエルディナに言われてちょっと言葉が詰まる。

 いや、そうか。普通は死体を見たら気持ち悪くなるものだ。俺は子供の頃からベルセルクと一緒に魔物を殺してたし、村の奴の死体ならたまに見ていた。それにここ四年間でも、色々あったしな。

 かなり毒されていたのだろう。心底気分の悪い表情をするエルディナを見てそう思った。


「……大丈夫か、エルディナ。」

「大丈夫よ。ちょっと見ただけだし、ほとんど目を逸らしていたから。」


 普通そうだ。というか、それが普通であるべきだ。誰も彼もが、血を出してくたばっている死体を見て平然としていたら、世の中はそれほど腐っている証拠である。


「それより、これからどうするの?」


 エルディナにそう聞かれ、少し悩む。

 普通に考えればこの場でジッとしている他ない。手助けするにしても、ケラケルウスの言った通り俺達は邪魔になるだけだろう。

 だが、この状況において、もう一つの選択肢が存在する。


「アレを、どうするかって事か?」

「……そんなつもりはなかったけど、確かに、それしかないわね。」


 自然と全員が一点を注視する。

 この地下空間は二つの部屋のようにして区切られている。ここを一つ目の部屋とするならば、もう一つの部屋があるわけだ。

 二つ目の部屋と一つ目の間に扉はない。扉の代わりに、人が二人入れるぐらいのスペースがあり、そこには半透明な結界があった。

 部屋の中にいるのは軍服を着込んだ、短い銀髪と赤い瞳を持つ女性であった。部屋の真ん中で彼女は仁王立ちしている。


「あれが、本当に機械人間ヒューマノイドか? 人間にしか見えないが。」

「数百年前にしては完成度が高いけど、間違いないと思うよ。ほら、足の所とかちょっと欠けているだろう?」


 そう言われて足の方を見ると、確かに表面が取れて中の金属やらコードが見えている。


「開放すれば、きっとケラケルウスも楽に勝てると思うんだがな。」

「だけど、勝手に出していいのかな。」

「それが気がかりなとこではあるな。」


 結界の解除はガレウができる。だが、ケラケルウスがいないと敵認定されて襲い掛かってくる、なんて事もあるかもしれない。


「開けるべきよ。ここでただ待ってるなんて、そっちの方が嫌だわ。」

「同感だ。勝機が高い賭けなら、賭けてみた方がいい。」


 それに状況も状況だ。ドラゴンは強い。一対一であれば俺が勝てる自身もあるが、あの数ともなれば無理だ。

 ケラケルウスは俺達より数段強いのは理解している。しかしあの焦りようからして、楽に勝てる相手でもないはずだ。

 そしてケラケルウスが死ねば、ドラゴンが階段の上に残ることになってしまう。あの数のドラゴンが全員帰ってくれるというのは希望的観測だろう。


「じゃあ、結界を解除するってことかい。僕はちょっと嫌な予感がするけど。」

「多少ならなんとかなる。第二学園の卒業生が三人もいるんだからな。」

「僕を二人と並ぶ戦力として数えない方がいいと思うけどなあ。二人がそう言うなら、開けるけど。」


 ガレウが結界を右手で触る。触るだけなら何ともなさそうで、弾かれたりもしない。


「壊すよ。」


 そう言って呆気なく、結界はガレウの手のひらに吸い込まれ、消えてなくなった。

 結界が壊れたが、中にいる機械人間ヒューマノイドが動く様子は見せない。俺達は顔を見合わせ、その部屋の中に入っていった。


「動かない、な。魔力切れか。」

「いや、魔力炉心があるから尽きないはずだけど……」


 だが動かない理由としてはそれぐらいしか考えられないだろう。

 俺はそのまま近付いていき、もう三歩ほどで届くだろう距離で、魔力が突然溢れ出し始めた。


「は――」

「魔力物質の接近を確認。起動開始……失敗。緊急時につき自動迎撃を開始。」


 言葉が地下に響く。その一言一言が何故か異様にゆっくりと聞こえ、その言葉を言い終えた瞬間に、その眼が赤く光り輝いた。

 それとほぼ同時に、右腕をこちらに向け、数え切れないほどの魔力の弾丸を構えた。


「『焔鳥ほむらのとり』ッ!!」


 放たれた無数の魔法弾を焔の翼で受け止める。燃やし尽くすのにもかなりの魔力を使った。相当の高純度魔力砲だ。


「何だよ……味方じゃなかったのかよ!」


 ガレウが吠えるが、だからと言ってそれは攻撃の手を緩める事はしない。


「『砲撃展開キャス・パーゼ01ゼロイチ』」


 こちらへと照準を向けられた右腕は変形し、まるで大砲のような筒状のものへと変化していった。

 魔力が収束していき、その腕に弾が装填される。


「エルディナ・フォン・ヴェルザードの名において顕現せよ! キャルメロン!」


 だが、黙ってやられる程こちらも弱くはない。ここには賢神が二人いるのだ。例え古の時代、最強とも謳われた騎士であっても、そう簡単にやられるものか。


「『天風グランド・エア』」


 荒れ狂う暴風と、全てを消し飛ばす純粋な魔力砲が衝突する。大気は揺れ、魔力は狂うように暴れ果て、しかしそれでも互いの攻撃は止まない。

 威力は互角。拮抗したそれは、消滅という形で結果を迎えた。

 大精霊は気付けばエルディナの隣におり、俺もそこまで下がっていった。


「ガレウ、前の部屋に戻っててくれ。なんとかしてみせる。」

「だけど、こんなの……」

「解除すると決めて、近付いたのも俺だ! 責任は取る!」


 ガレウが下がっていくのを魔力で感じながらも、横目でエルディナの事を少し見る。ギロリと睨み返されたので、俺は見るのをやめた。

 どうせこんなんで引くだなんて言う人間じゃない。


「『砲撃展開キャス・パーゼ03ゼロサン』」

「来るぞッ!」

「言われなくてもッ!」


 右腕は元に戻り、代わりと言わんばかりに今度は背中から四丁の機銃が、それを支えるアームと一緒に生え出て、俺達へとその標準を向けた。

 機銃と言っても弾薬はない。魔力を込めれば放てる以上、弾切れを期待する余地など与えられない。


「『焔翼ほむらのつばさ』」


 俺は翼を大きく広げ、その銃撃を体で受け止める。俺とエルディナの魔法の方向性は違う。だからこそ、再生力に優れる俺が壁の役割を担う。

 そして反対に、攻撃の役目は大精霊を使うエルディナ以上に適任な奴はいない。


「『大精霊の息吹リカオン』」


 暴風は形となり、荒れ狂い、この空間の全てを支配して飛び回る。大地を抉り、文字通り風が通るほどの一瞬にしてそいつを飲み込んだ。


「やった!?」

「いいや、全然!」


 土埃が舞っているが、払うまでもない。そこには変わらずそいつが立っているということは、魔力が証明している。

 機械人間ヒューマノイドがどういうものかは詳しくないが、ゴーレムと近いのだろう。そもそも身体の防御性能も違うし、結界は常時展開されているはずだ。


「対象の戦闘能力を再評価。レベル7へと上昇。」


 戦いは熾烈さを増す。

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