22.次の舞台へ

「……終わったな、フラン。」

「一筋縄では終わらなかったがな。」


 大会が終わって表彰式も終えた後に、俺とフランは校舎の屋上でのんべんだらりと過ごしていた。

 俺とフランが優勝し、約束は果たされた。

 その祝勝会、というには大袈裟過ぎるが、大会を二人で振り返っていた。


「まあ、取り敢えずは二人同時優勝が果たせたわけだ。喜ぼうぜ。」

「それは、そうだな。色々とあったが、楽しいものだった。」


 大会までの張り詰めた空気が嘘みたいに、俺は力が抜けていた。

 いつもならまだエルディナを倒しただけだぞ、と自分を激励し、修練を行うべきところではあるが、今日ばかりは許されるだろう。

 四年間も突っ走ってきた。そろそろ一度は止まらないと、転んでしまう。


「となると、後は卒業するだけだな。」


 俺はそう呟いた。

 学園最大にして最後のイベント、学内大会が終わってしまえば、もう卒業までひた走るしかない。

 そして卒業を迎えれば、各々進む道も異なってくる。


「フラン、お前は卒業したらどうするんだ?」

「竜の国に行こうと、そう考えている。俺の剣は未だに弱い。強くなるには、強い奴と戦った方が良い。」

「なるほどね。」


 竜の国、ホルト皇国。そこには鬼や竜という種族が集まっている。

 特に鬼は魔力は低いが、身体能力が強い種族だ。となればそこでは武芸者が集まるというものだろう。

 最強の剣士を目指すフランなら通らなくてはならない道だろう。


「逆にお前はどうするんだ、アルス。」

「俺かぁ……」


 賢神になるという目標と、冠位を得るという目標はある。

 ただ、その道筋の辿り方は簡単ではない。賢神というのは推薦式であり、賢神からの推薦を受けねばならないのだ。

 身内以外、という条件がついている以上、学園長からの推薦は受けられないし、師匠には自分で探せと言われた。

 となれば、適当な所から賢神を見つけ出して推薦してもらう必要がある。


「ロギアに行って、推薦者探しかな。賢神には早めになっておきたい。」

「……そうか。となれば、当分は会えないだろうな。」

「そうなるな。」


 それに新しい道に進むのは俺達だけじゃない。


「アースは次期国王として、国政に参加し始めなくちゃいけないらしいし、エルディナも一人娘だから公爵家を継がなくちゃいけない。俺ら全員が集まれるのも、卒業したらそうねえぜ。」

「元々、こういう学び舎の他で貴族と会うことは無理だ。公爵家ともなれば、天上の存在に近い。」


 俺達の中でも、平民は3人もいる。貴族はそれに対し四人だし、ティルーナが子爵家で、それ以外は全員公爵家以上。

 今考えれば、かなり不思議な風に集まっていた。

 それでも全員が仲良くなれたのは、一人残らず身分をあまり気にしない人間だったからだろう。


「しかし、俺とガレウは別として、お前はフィルラーナの騎士なのだろう?」

「一応、な。俺の扱いはちょっとややこしい事になりそうだから。」


 公爵家の騎士、それも専属の騎士ともなれば、余程の功績を立てねばなれるものではない。だから当分の間は副騎士のままだ。

 それまでは王家と契約し、王家から直接依頼を受ける魔法使いとして過ごせと言われている。

 幸いにも俺はアースとも関わりがあるし、アースからの指令を受け、依頼をこなすのが卒業後にはメインになるだろう。

 それで、王家から依頼を受ける為にも、賢神になる必要があるわけで。


「……卒業したら、俺らが会えるのはいつだろうな。」

「俺は俺の夢を追う、お前はお前の夢を追う。だか、俺達が友であることには変わるまい。」

「そりゃそうか。ならいつか会える。その時はもっと強くなって、だ。」


 強くならなくてはならない。まだ、足りない。

 七つの欲望と呼ばれる名も無き組織の幹部達を倒すにも、俺の中のツクモと戦うにも、俺はまだ実力不足だ。


「きっと次会う時は、お前の力に頼る事になるだろうしな。」


 俺はそういう運命にあるのだと、そう思うようになってきた。

 必ずこれからも、俺は何かに巻き込まれ、命をかけて戦わなくてはならない。

 その時にフランは絶対に頼りになる。


「友の為ならば、俺は迷わず剣を握ろう。どこにいても、いつであっても、お前の頼みなら断れない。」

「なら頼むぜ、フラン。」


 俺達は立ち上がり、屋上から降りていった。






 アースは学生寮の中を進んでいく。そこは女子寮である為、少し悪目立ちをするが構いはしない。

 そしてとある部屋の扉をノックもせずに開け放った。

 無論、王子として教育されたアースが、そういう礼儀を知らないわけがない。守っていないだけである。


「おいエルディナ。随分としみったれた顔をしてんじゃねえか。」

「……マナーが悪いわよ、アース。」

「幼馴染みの、しかもそんな酷い顔してる奴にマナーなんて考えたって仕方ねーだろ。」


 エルディナの顔には泣き腫れた跡があり、いつも明るいエルディナにしては珍しく、分かりやすく不機嫌だった。

 対してアースは、いつも自分を振り回すエルディナが弱気なのを見てニヤニヤしながら部屋の中へ入っていく。

 そして、適当な椅子に深く座り込んだ。


「随分と悔しかったみたいじゃねーか。」

「そりゃ、悔しいわよ。負けたことなんて一度もないんだから。」


 エルディナにとって、勝利とは常に手の中にあるものであり、日常にあるものだった。

 それを失うという事が、いかにエルディナにとって悔しい事であったか。それは負け続けてきたアースには分からなかった。

 しかし、勝者の友であり、敗者の幼馴染みとして、やらなくてはいけない事があった。


「……俺様は誰かと競い合った事なんてない。俺様は生憎とそこまで優秀じゃないんでな。だから正確には、お前の考えは分からねーよ。」

「何、慰めに来たの?」

「そんなわけ無いだろ。俺様は、お前がどれだけ萎れてるか見に来て、笑いに来ただけだ。」


 それは紛れもない事実だ。確かにアースはエルディナを笑いに来た。

 しかしそれは一側面であり、それ以外の目的もあった。


「あいつがこれから先、自分の道を突き進むっていう中で、15にもなって大泣きしてるお前をな。」


 15歳とは、この世界での成人に値する。仕事を始め、社会の一員へと移り変わる年齢だ。

 アースは泣くのが悪い事だとは思わなかった。実際これも、単純にそれを面白がっているだけだ。

 ただ、意味のない停滞を、アースが嫌っただけだ。


「お前に勝つ為に、お前の為に、アルスはプライドをズタズタにされても、戦う事を選んだ。」


 好きなだけ涙は流せばいい。誰も止めやしない。誰であっても、それを咎める権利を持たない。

 しかしその先の、前へ進む勇気を持たないものを、アースは臆病者と罵る。


「もう全部が終わったみたいな顔をしてるみてーだけどよ、お前はこれからだぜ、エルディナ。」

「だけど私は、負けて……」

「なら次勝てばいいだろ。お前はかつて、自分が経験した苦しみを、アルスに味合わせるつもりか?」


 その言葉にエルディナはハッとする。そして、こんな所でいじけてる暇はないという事に気が付いた。

 今度は自分が挑む番なのだ。その勇気に自分が応える番なのだと。


「人生ってのは敗北の連続だ。負けて、負けて、負け続けて、やっと勝利を掴める。お前はまだ、一回負けただけだぜ?」


 エルディナは何も言わず、部屋の出口に向かう。

 興奮を抑えられなかった。自分の想いを抑えられなかった。

 今直ぐにでも、魔法を練習したかった。


「どこに行くんだ?」

「校庭よ。私はもっと強くなれる。」


 緑の髪を揺らせ、エルディナは部屋を出た。

 部屋には沈黙が響き、椅子に座るアースだけがその場に残った。


「そんなの、俺様が一番よく知ってるっての。」


 呆れたようにそう言って、溜息を吐いた。


「ええ? エルディナ様の部屋に男が?」

「そうなんです! もしも何かがあれば……」

「大抵の人なら返り討ちにしそうだがねえ。」


 扉の前が騒がしくなる。寮母と生徒の声だろう。

 許可を取ってここに来ていない事、知名度の低さ故にアースの事を知る人が少ない事。二つの事が重なり、真面目な生徒が寮母に報告したのだろう。

 その当の本人は丁度入れ替わりで出て行ったわけで。


「……逃げるか。」


 アースはここが5階であるのにも関わらず、窓から飛び出した。

 その先で魔道具を使って着地をするが、足を挫き、アルスとフランに醜態を晒すハメになるのは、また別の話である。

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