21.決着

 既に日は沈み、月明かりと会場の明かりだけが俺を照らし続ける。

 俺はゆっくりと体を起こした。目の前には目を閉じて俺を待つエルディナと、一度会場内が見えなくなったのにも関わらず熱狂に包まれている観客席が映った。

 俺はゆっくりと息を吸い、そして自分自身を世界に溶け込ませるように息を吐いた。


「どれだけ、私を待たせるつもり?」


 エルディナは眼を開いて、そう俺に毒気づいた。


「すまねえな。俺の体は、どうやらかなりの厄介者らしい。」

「自分でも把握できていないのはどうかと思うわよ。」

「確かにそれはそうだ。俺だって全部教えてくれるなら教えて欲しいさ。」


 俺という人間は、謎が多すぎる。

 そしてそれは前世、俺が草薙真だった頃からある謎なのだろう。転生してしまった今、その正体を追うのも難しくなったわけだが。


「ただ、俺の中に何がいようと、俺という存在がどこから生まれても、俺がここにいるという事実は変わらない。」


 エルディナの背後にいる大精霊が迫力を増す。戦闘態勢に入ったのだろう。

 だが、負ける気は微塵もしない。俺には今まで積み上げた全てがある。何より俺は、夢の世界で、その背中を押されて来た。

 それだけで、俺は後ろに下がれない。


「俺には母親がいる。俺には父親がいる。」


 母親は俺に生き方を教えてくれた。前に進む勇気をくれた。この世の不条理へと挑む、その手助けをしてくれた。

 なら、俺は父親は俺に何もしてくれなかったのか?

 そんなはずがない。俺の師匠はレイだ。俺の先生はアルドール先生だ。だけど俺に、魔法の世界を伝えてくれたのは、他ならない父親だ。


「今でも二人が、俺の肩を押してくれるんだ。」


 何もない所から、一冊の本が現れる。

 古びた本だ。表紙にも何も書かれていない本。俺の父親が書いた魔法の本であり、こういう風な空間魔法が付与された魔導書でもある。


「俺が勝つぜ、エルディナ。戦いは、もうじき終わる。」


 俺はその本を右手に持つ。

 この本は父親が俺に託した魔法の教本だ。しかし、それだけじゃない。収納の魔法が使える事すらも、この本の力の一部に過ぎない。

 これは俺への、親父の最初にして、最後の、最高のプレゼントだったのだ。


「邪神を殺した七人の英雄、七星が一人、120代目鍛冶王にて『神匠』クラウスター・グリルが生み出した最高の作品。お前も知らないわけじゃないだろう?」

「まさか……!」


 鍛冶王とは、その時代の最高の製作技術を持つ職人に与えられる称号だ。

 200代以上の継承が行われる鍛冶王の中でも、やはり飛び抜けた天才は存在する。

 それこそが『神匠』と呼ばれた鍛冶師だ。


 その鍛冶師は神器に並ぶ武器を作ろうとした。

 神器と呼ばれる、神が作り、人に与えた物を超えるなど、普通の人なら考えようとすらしない。

 だが、いたのだ。そんな馬鹿みたいな天才が。

 そいつは神を超える為、生涯をかけ、千の道具や武器を作り出した。


千魔人器せんまじんぎ、『無題の魔法書』。」


 その一つが、俺が持つこの本だ。

 本は俺の手のひらの上で浮き、幻想的にページがめくられ続ける。そして本からは文字が溢れ出て、本の内容が書き換わっていく。

 この本は名前がない本だ。故にその意味を持ち主が決めれるという特性を持つ。

 だからこその仕掛け。

 俺の親父は俺が成長したら、本の内容が書き換わるように仕組んでいた。


「人器開放」

「キャルメロンっ!!」


 風が俺を襲うが、それは俺には届かない。

 俺から生えた焔の翼が、俺を守っていたからだ。炎の翼は大きく開き、そして俺の手にある魔法書は輝きを発する。

 焔鳥は手札の一つ、切り札は別にあった。

 焔鳥は戦う為のもの、この本は勝つ為のもの。この二つが、俺の勝利への自信そのもの。


「『天翔あまかける』」

「『天風グランド・エア』」


 炎の鳥と、風が真正面からぶつかる。

 さっきは押し負けた。だが、さっきとは条件が違う。


「親父、力を貸してくれ。」


 魔法書には、親父の魔法の全てが書かれていた。

 親父が編み出した、賢神第3席に到れるほどの究極の魔法の数々と、その使い方だ。

 俺には未だにそれは扱えない。

 しかしこの人器は、俺を届かない領域に、一瞬だけ届かせてくれる。


「焔の剣よ。」


 俺は火の鳥の姿から人間へ戻る。そして手に一つの炎の剣を持ち、それで風を斬り伏せた。


「『巨神炎剣レーヴァテイン』」


 北欧神話にて、ラグナロクの時に全てを滅ぼした神、スルトが所持していたとされる剣。赤黒く、マグマのようにも感じ、太陽のようにも見える炎の剣。

 触れた全てを燃やし尽くし、消滅させる終末の剣であり、俺の親父が使っていた魔法の一つ。


「全身全霊を、この一撃に。」


 初見の魔法であり、まさか大精霊込みの魔法をこんなに簡単に壊されると思っていなかったのか、エルディナの反応が遅れた。

 その隙があれば、俺はもうそこまで行ける。

 これが最後だ。最後の一撃だ。一太刀目が必殺である以上、二太刀目はありえない。


「まだよッ!!」


 一瞬にして魔力が収束する。

 それは風の咆哮にして、殲滅の波動。全てを終わらせる風の砲撃。だが、俺の炎は、親父の炎は、俺が憧れた最高の魔法使いの魔法は、その程度じゃ止まらない。

 この一瞬に、この一撃には、俺の全てが詰まっているのだから。


「『大精霊の息吹リカオン』」

「『最後の一撃ラスト・カノン』」


 風と炎が、真正面からぶつかった。

 エルディナは強い。間違いなく、同世代の中でも最強だろう。俺の全てを捧げたとしても、こうやってエルディナと対等に戦うのがやっとだ。

 だが俺にも、エルディナに勝っているものが確かにある。


「ぁぁぁぁあああああああ!!!!」

「ッ!?」


 勝利への渇望だ。

 俺は今まで、一度も一人で勝った事がなかった。俺にとって、この勝利は目から血を流して、糞尿を撒き散らして、腕の一つをくれてやってもいいぐらいの価値がある。

 今まで負けた事がないエルディナに、俺の四年前の悔しさは絶対に分かりやしないし、俺ほどの執着があるはずがない。


「力が、上がってる!?」


 全身が悲鳴をあげている。この剣では、エルディナの攻撃を全ては弾けない。逃した魔法は、俺の体を抉り続けている。

 それでも、前に進んでやる。絶対に手を伸ばしてやる。

 俺が欲しかった景色は、直ぐ目の前にあるのだから。


「斬れェッ!!!」


 本能を剥き出しにして、ただただ純粋なイメージを叩きつける。

 魔法とは想像力により生まれた無限の可能性を持つ力。命をかけるほどの想いに、魔法は応えてくれる。


「ぁ」


 遂に俺の剣が風を切り裂き、エルディナへと、届き得た。

 炎の剣はエルディナにぶつかり、そして会場の端まで大きく吹き飛ばした。そして結果を証明するかのように、風の大精霊は光となって散る。

 俺の剣も手から消え失せ、ただ会場に立つのは、俺のこの身一つとなった。


『け、決着ッ!』


 そして高らかと、戦いの終わりが告げられた。

 今直ぐにも崩れ落ちて、休んで寝てしまいたいが、踏ん張って立ち続ける。俺は勝者だ。立っていなくてはならない。


『アルス・ウァクラートの勝利!』


 溢れんばかりの歓声が、会場に響き渡る。

 俺は右腕をあげた。叫びはしなかった。もうそれほどの力はなかった。それでも俺は、空を見る。

 自然と笑顔が浮かんだ。


「やっぱり、綺麗だな。」


 零れる涙を左手で拭い、俺はそこに立ち続けていた。

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