2.蠢く闇
世界最大の国家、グレゼリオン王国の王都バース。グレゼリオン大陸の中心であり、世界有数の商業都市でもある。
世界の全てが集まる場所、そんな異名があるほどにこの王都にはありとあらゆる物が集まる。
物が集まるならば当然人も集まり、人が集まるなら都市が繁栄し、栄えていくのも当然の結果といえるはずだろう。
そして当然の事であるが、そういう繁栄と酒というの切り離せない関係にある。
王都バースでもその例には漏れることはなく、夜の街では街灯と店の光、そして人の声が絶えることなく降り注いでいた。
ここはそんな酒場の一つである。
「いやあ、今日の大会も中々凄かったな。」
一人の男が酒を呷りながら、やけに大声でそう言った。
その顔は分かりやすく赤く、見るからに酔っぱらっているのがすぐにわかる。しかしそれは、同じテーブルを囲む他の二人にも共通することだった。
「確かに凄かった。五年の前の前座だけど、あれはあれで見応えがある。」
「そりゃあな。そもそも俺ら平民で第一階位すら使えっこねえんだから。」
「それな。第零が限界だっての。」
魔法の中での区分、階位の内で一番下。それこそが第零階位である。
平民であれど、これを使えない人はいない、つまりは一般教養に近いのだ。故に生活魔法と呼ばれることが多く、一般的にこれを魔法と呼ぶことはない。
「その点、武術は微笑ましいもんだぜ。子供のチャンバラに近いからよ。」
「その代わりに、五年は化け物しかいねえじゃねえか。今年優勝した一年も、いつかああなると考えると怖い。」
「……俺もガキの頃に受験しとくべきだったかな。」
「ばっか、お前じゃ無理だよ。その余分な脂肪を落としてから言えよ。」
「お前、俺だってガキの頃には痩せてたんだぞ。産まれてきた時から太ってるわけじゃねえよ。」
何かイベントがあるというだけで、人は浮足立つものだ。
自然にいつもより酒を飲む量は増え、注意力は散漫になり、いつもなら疑問に思うことでさえ、違和感を感じなくなる。
「……ん、子供?」
「どうしたんだ?」
「いや、さっきこの酒場に娘ぐらいの子供がいた気がして。」
「お前の娘っていくつぐらいだよ?」
「まだ十ぐらいだよ。」
「流石にそれぐらいのガキは店主が入れねえよ。」
「……まあ、そうだな。」
男達はつまみを食べながら、再び酒を飲んだ。
興味がない話であるか故に直ぐに忘れられ、元の話に戻っていく。
「そうそう、今年の五年は凄いらしいな。」
「四年前の決勝戦は凄かったからなあ。今年も多分すごいぜ。」
「……四年前の決勝ってなんかあったのか?」
「オイオイ、アレを見逃したのかお前。勿体ないことしやがって。」
「仕方ねえだろ、仕事が忙しかったんだ。で、何があったんだ?」
「しょうがねえな、教えてやる。」
一人の男がジョッキを置き、説明するように口を開き始めた。
「四年前の魔導部門の決勝で、本職の魔法使いが素足で逃げ出すレベルの攻防を、一年生がしたんだ。はっきり言って五年より凄かったな、アレは。」
「マジで?」
「マジだよ。一人は『悠久の魔女』の曾孫で、もう一人はヴェルザード公爵家の才女らしいぜ。」
「そりゃまた、ビックネームだな。」
グレゼリオン王国に住む者なら、国王の次に権力を持つ四大公爵を知らないはずがない。そして悠久の魔女こと、オーディン・ウァクラートは生ける伝説として名が知れている。
平民とはいえ、このクラスの人を知らないはずがない。
そしてその血縁のものであるなら、それ相応に想像と期待が膨らむのは当然のことだろう。
「きっと今回はあの時より更に派手になるぜ。絶対見とくべきだ。」
「ま、今回はしっかりと休みとってるし、家族で行くさ。」
「そうしな、そうしな。子供は喜ぶし、俺達も楽しいしで損がねえ。後は嫁を怒らせなきゃ、完璧だ。」
一家を担う主であっても、どうやら嫁は怖いらしい。それは全員の共通認識らしく、揃って深いため息をはいた。
「……その話でちょっと怖くなってきた。今日は早めにお開きとするか。」
「そうしようぜ。おーい、店員さん! 勘定を……あれ?」
一人の男が勘定をしようと、辺りを見渡した辺りで違和感に気づく。
酒場にいる人間が全員寝ているのだ。さっきまで騒ぎ声でうるさいぐらいであったのに、突然に。それは客だけでなく、店員さえも同じであった。
「酔いつぶれ、いや、え?」
男が疑問に思う内に、同席しているもう二人の男も眠る。
そして間もなく、強力な睡魔が最後の一人である男を襲った。生理現象的な眠りではない。明らかに不自然で、脈絡のない眠りである。
そして最後に、男の目が一人の幼い少女を捉える。
「こど、も?」
男は、深く、深すぎるほどの眠りについた。
それを一人の少女がぼーっと、見ていた。いくつもの装飾が施された、ゴスロリと呼ばれる純白の衣服で身を包み、それが白い目と白い髪と驚くほど合っている。
手には黒い、随分と雑な作りのウサギが大切に抱えられている。
「キャハハ、みんな寝ちゃったね。」
「……そう?」
「もう眠いのかい?だけど頑張ってくれよ。これさえ終われば、最低でも一年は眠れるから。」
「……ん、頑張る。」
少女の後ろから同じぐらいの背丈の少年が現れる。ニコニコと明るそうな笑顔が顔に張り付いているものの、不思議と恐怖が湧き出てくる笑みだ。
気が付けば辺りは相当に静かである。まるでここにいる全ての人が、眠ってしまったかのように。
「さて、それじゃあ仕事を始めようか。」
少年は椅子に座って眠りこける男を蹴り飛ばし、その椅子に座る。
血の匂いがした。
木製の床へ血が染み込んでいき、その上には葡萄酒のような、葡萄酒であってほしいほどの血液が満ちていた。
この酒場には既に人はいない。
いるのは人であったはずの、体が雑巾のように絞られ、原型を失った人だったもの。そして、人とは認めてはいけない狂人が二つのみである。
「キャハ、キャハハハ。いいね。やっとだ。僕ら名も無き組織が、やっと表舞台に出れる。」
いつも通り照り輝く月明かりの下で、少年は狂気的に笑う。
「まずは、一歩目だ。」
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