第五章〜魔法使いは真実の中で〜

1.あの時の誓いを

 空から降り注ぐ光が、ただただ無感動に俺の肌へ刺さり続ける。湿気も高くなっていき、ただでさえ運動が嫌いなのに余計に嫌になってくる。

 冬では憎悪すら感じる曇天が、この時に限っては恋しい。

 しかし逆に言えば、この時期だからこそ、俺は全力で戦わなければならないのかもしれない。


「久しぶりだな、闘技場。」


 俺は王都に存在する巨大闘技場の前で、それを見上げた。

 四年前のあの時、俺は完膚なきまでに敗北した。あの時はまだ、俺の方が圧倒的に格下だった。

 その為の、四年間だった。


「今度は俺が、立ってやるさ。」


 乾いた地面を踏みしめ、肌を撫でる風を抜け、決戦の地へと足を踏み出した。






 学内大会は一年、五年が死力を尽くして頂点の座を争う戦いである。

 武術部門、魔導部門に分かれており、二日間でフルにやるビックイベントだ。王族も見るという事を考えれば、その規模は想像できるであろう。

 場所は王都バースに存在する国立闘技場であり、二日間のみに限定して、学園と闘技場を繋げる転移門が展開される。


 まあ、前回と同じという意味だ。

 一日目に一年、二日目に五年がやるから初日は比較的暇だが、一応予選がある。

 百人ぐらいの五年を二十人へと絞るのだ。

 一年とは違って、五年の魔法はレベルが高い。両者のレベルが高い以上、長期戦になりやすく、余計にトーナメントへの出場は減る。


「勝者、アルス・ウァクラート!」


 しかし俺の敵にはなりえない。

 レベルが高いと言っても歳にしては、という話であり、当然のことだが賢神クラスには程遠い。

 ならば賢神クラスの強敵と戦うこの俺が、この程度で躓くわけにはいかないのだ。


「……ちょっと早く終わりすぎたか?」


 闘技場内にある小型闘技場にて予選は行われているのだが、俺以外は殆ど終わっていない。

 早く終わらせるつもりでやったが、もう少しウォーミングアップしておけば良かったかもしれない。


「お、アースもかなり健闘してんな。」


 周りを見てみると、一番最初にアースが目につく。

 相手は派手で広範囲の魔法を使ってアースを追い詰めているが、アースは魔法すら使わず、相手の攻撃を先読みして避けている。

 アースは魔力が少ないから打ち合いになったら不利。全ての技能が軒並み低いアースだが、この四年何もしていなかったわけじゃない。


「――見えた。」


 ほぼ無意識下に零れ出た声だろう。しかし声を出したからといって咎められる段階ではない。

 アースがその声を発した瞬間、勝利は決定していたのだ。

 いくらこの超人集まる世界であれど、急所は急所だ。それにアースの目の良さと頭の回転があれば、格上の勝機さえも作り得る。


「勝者、アース・フォン・グレぜリオン!」


 人体の急所、後頭部への全魔力をかけた無属性の射出。つまりは回転を織り交ぜた弾丸状の魔力が頭に当たったわけだ。

 未だに闘気の習得が不十分な生徒では、一撃で敗北を突きつけることができる。

 実戦魔法と練習の魔法は全然違う。どれだけ魔法が上手かろうが、実戦で適切な魔法をノータイムで出せるかはまた別の話というものだろう。


 アースが疲れたように浅くため息を吐いた後に、俺としっかり目が合う。

 すると嫌そうな顔をした後に、追い払うようにして手を振った。きっと見てほしくないのだろう。誰だって自分の不出来な部分は隠すものだ。


「さーて、一回学園に戻るとするかな。」


 明日がトーナメントだ。であれば必ず、俺とエルディナは戦うことになる。

 初戦か、最後か、どこでもいい。絶対に倒せるように全力で準備を整える。二度と四年前のようにはしない。

 互いに全力だし、手など抜こうはずもない。それに今回に関しては、俺に奥の手がある。


「ガレウもまだかかりそうだし、それ以外のやつは別会場だし分からんが、エルディナはもうちょっとかかるか。」


 エルディナはこういう時は大体、相手の全力を引き出させようとする。

 つまりはほぼ無意識上に少し加減するのだ。今まで格下としか戦ってこなかったが故の悪癖ともいえる。


「最後の追い込みでもしましょうかね。」


 意表をつく手札は用意した。届きうる力はこの四年で掴み切った。後は最後のピースを揃えるだけ。


「……」


 闘技場の通路を歩く。硬質な音がやけに耳の中で響き、精神が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 そして、もう一つの音が向こう側から聞こえてくる。予選は何人かが集まったトーナメント形式であり、1位だけが本選出場なので、早く終わるところはとことん早く終わる。

 しかしその中で、終わった後に真っ先に学園への転移門の所に来るやつなんて、俺は一人しか知らない。


「そうか。」


 いつも通りぶっきらぼうに、無表情でそう一言だけ言った。

 友達とか全くいなさそうだ、という的外れな思考の後に、こいつらしいという信頼に近しい感情が出てくる。

 元より、ここで負けるなんてどっちもおもっちゃいない。故に結果など聞こうはずもない。


 俺達は何も言わずに、学園へと通じる転移門の前へと進んでいく。

 無論、鍛錬の為だ。俺はかつての雪辱を果たすため、フランは再び頂点へと辿り着くため。

 だがそこに、一つだけ要素を付け足す。

 あの日、朧げに交わした誓い、それを確たるものとする。


「フラン、俺は頂点に立つぜ。ありとあらゆる塵芥を容赦なく吹き飛ばして、格上さえも腹の底から喰い破ってな。」


 あの時とは逆だ。逆でなくてはならない。

 俺たちはどこまでも対等な仲間であり、一度引っ張られたなら、俺が引っ張り出してやらなくてはいけないからだ。


「だからお前が来い。俺は悠々と頂点でお前を待ってる。」


 あの時と同じように、勝利の誓いを。


「当然だ。その為に、四年待ったのだから。」

「ああ、待たせて悪かったな。」

「御託はいい。結果で返事をしろ。」


 人は約束をする。それは約束に、不思議な力があるからだ。

 時に約束は人を殺しうるほどの力を発揮し、逆に人の命を救うほどの力を持つこともある。

 故に人は誓いを立て、前を向くための力へとする。


「それならお前も見るといいさ。お前ならどうせ直ぐに終わるだろ。俺が優勝するのをお前に見せてやろう。」

「俺が行く前に負けてなければいいがな。」

「それこそありえない。」


 これは慢心ではない。自信だ。俺が今まで積み重ねてきた全てが、それを証明している。


「そのための、今日だ。」


 もし、これから俺がやる鍛錬が、勝率をほんの僅か、それこそ億分の一、遥か那由他の先をあげる程度のものであっても、今の俺には十分すぎる。

 そのほんの僅かの勝機が、俺を明日の勝利へと導いてくれるとも。


「頂で会おう。」

「ああ、頂でな。」


 勝負は時の運だとか、勝負は始まる前から決まっているだとか、勝敗について言及する言葉は意外と多い。

 だがそれの大体は、見ている側の人間だけがほざいていいセリフだ。

 本当に勝つために死ぬ気で努力して、勝敗が決まるまでのその一瞬まで闘魂を散らした奴が、自分の勝負が終わってそんな冷静なセリフを吐けるはずがない。


 事実俺はもう、勝つことしか考えられなかった。

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